二十五話:ハルジオンの死闘
「全員聞いたな!俺達の観測班が糸口を掴んだ!このまま畳みかけろッ!」
ダンパーの檄により、前線部隊の面々が一機、また一機とアンドロイドの首を撃ち抜いていく。何かを感じ取ったのか、時には僅かに足を踏み留める大間抜けもいたが、案の定狙撃班が確実にぶち抜いていた。それを幾らか繰り返し、ようやく静けさを取り戻した……が。どうにも腑に落ちない。
「……全部か?」
横に居た前線部隊の仲間がそう呟く。倒れてるクソッタレ共は八機。
最初の奴は自爆したとして……一機分足りねぇ。
そうこうしている内にトラックの暴れっぷりはどんどん激しさを増していく。もうそろそろタイムアップだろう。冷却材が届き次第、すぐにでも取り掛からなきゃ――。
『ダンパー。トラックの後ろにまだ一機残ってる。』
ボーディがそう言った。
「ヤツは何してる?」
『分からない……動かないんだ。ただ黙って、屈んでるよ……』
「……煙が充満するのを待っているか、或いは」
「本隊様の到着でも待ってんだろーぜー。狙撃班、狙えるかー!?」
「無理だ!流石に角度が厳しい!」
「だってよ親父。どうする?」
そう言って少しの間考えるダンパーだが、諦めてはいないようだった。
「ボーディ。お前は上から先行して本隊の情報をくれ。その間にこっちは回り込んで、奴を仕留める。体勢を立て直して迎え撃つぞ」
『分かった。行ってくる』
「頼むぞー小僧ー。今日の働きに免じて、あたしとトーマンが良い子良い子してやんよー」
『うるさいな!いらないよ、カブトムシとフナムシのなんか!』
そう言って小鳥ちゃんはパタパタと暗闇に中へ飛び去って行った。可愛くねー。
「言った通りだ。ここからは二部隊に分ける。リンクス、そっちのメンバーにはトラックの消火を最優先で頼みたい。技術班と合流次第作業に移ってくれ」
「おー。りょーかい」
「残りはヤツを追い込むぞ。対象をこちらに変えて爆発してくるかもしれん。必ず距離を取れ」
「了解!」
先ずはひと段落つけそうだった。ここからがマジの地獄なんだろうが、休み無しで働き詰めするよりずっと良い。
一服しようとすれば、周りの連中が物欲しそうにチラチラとこちらを見ている。何だ親父共。安かねーぞ。
「……頂戴?」
「酒奢りな」
「高ぇ……まぁ次吸えるか分からねぇから、仕方ないな」
「別に好きに吸えばいいだろがい。死ぬつもりだとかほざいたらやらねぇぞ。あとぶん殴る」
「おーこわ。わーったよ。どの道今日は浴びるほど飲むからな」
「あっ、俺も」
「こっちも頼む」
一人、また一人と煙草を渡して火をつける。何ともガラの悪い最前線部隊ですこと。もう一本たりとも残ってねぇ。損した。やっぱ渡さなきゃ良かったな。
おっさん達と適当にあーだこーだ駄弁ってれば、トラックの後ろから銃声が聞こえた。親父の疲れ切った溜息が聞こえてくる辺り、無事終わって向こうも緊張の糸が一先ず切れたのだろう。何よりなこって。
「おーい!リンクスー!」
入口の方から技術班の面々が大手を振って走って来た。ほいじゃ、さっさと切り替えて仕事しますかね。
おっちゃん達も同感なようで、皆仕事モードになりながら立ち上がる。
そこで気付いた。
トラックの音に掻き消されていた、途切れ途切れのスピーカーの音に。
『——パー!リ――ス!』
「……ボーディ?」
親父たちは気付いていない。いつもよりずっと、ずっとビビってるその声を。
そして――気付いた頃には、もう。
『そいつはブラフだッ!逃げてッ!』
――近くで何かが、爆発した。
「――ク――!リン――!」
耳鳴りがする。あー、眩暈も。
誰か分からない声が、何かを必死に叫んでいた。
……随分と身体のあちこちが痛む。痛ぇんだから、引き摺るなよ。
「リンクスッ!起きなさいほらッ!」
「——パ、フィ?」
驚くほど掠れた声だった。頭がズキズキと痛む。いや、そんな事より……仕事が残ってる……それは、やんなきゃ、ダメだろう……。
「動くんじゃないわよバカ。アンタ、只でさえ壁に叩きつけられてんだから。少し医療班のとこで見て貰いなさい」
「……壁ぇ?何、言ってんだ……?」
「トラックが狙われたのよ。ボーディが言うには、あいつら、狙って砲撃を叩きこんだらしいわ。恐らくこっちの情報を本隊に送っていたんでしょうね」
「……他の……連中は?」
「アンタよりも重症よ。特に、技術班がもろに破片や爆風を食らって……何人かは――ごめんなさい」
「……そうかよ。本隊の数は?」
「観測上は四十近いらしいわ。今度は丸腰なんかじゃない。徹底的にこっちを潰しに来てる」
そこまで聞いたところで、額から何か、ねっとりしたものの垂れる感覚がある。太腿や肩も、激痛と共に、身体の中に硬い異物感があった。左手は……何だ、おい。どっち向いてんだ。指一本動かねぇ。
これより重症と言われれば――あまり、見られたもんじゃない。
「……パフィ。ここで良い。他の連中を、頼む」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。ここでアンタを置いていったら、どうせガトリングぶっ放すでしょうが。早死にするような真似しないで頂戴。アンタは――」
「うるせぇなぁ……!こっちは1人で立てるんだよ!それすらできない奴がゴロゴロ転がってるだろうが!医者が優先順位を間違えるんじゃねぇ!ダンパーの娘だって理由だけであたしを優先するつもりなら、ここでテメェをぶっ殺すぞッ!」
「……はぁ。ホント、親子そろって……馬鹿垂れよ、アンタら。死んだら地獄まで追っかけて皆殺しよ」
パフィが技術班の所へ走り出す。
ようやく辺りの騒がしさに頭が追い付いてきた。燃えてるトラックの残骸と弾ける火花の音。何発ぶち込まれたのか、すっかり廃墟になった詰め所。あちこちから飛び出し、飛んで来る、曳光弾の光。怒号。怨嗟の声。悲鳴。何もかも、昨日まで無縁だったってのに。
戦況を見れば、親父は怪我をしていたけれど。前線指揮が執れるくらいには元気そうだ。周りの連中も、死に体のクセして銃だけはぶっ放してる。トーマンも、しぶとくライフルで首を撃ち抜いていた。足元に、さっきまで一緒に居た連中の身体が転がってるってのに。本当……バカ野郎ばっかりだ。
残った右手で何とか立ち上がり、ガトリングに弾を装填していく。この状態であんな反動食らったら、流石に痛すぎて泣くかもしれない。でも――やらない選択肢は、絶対に無い。
「……援護射撃。いきまーす」
引き金を引く。身体の事なんて気遣いもしない衝撃と、全身を駆け抜ける痛みに倒れてしまいたい。それでも――引く。そうでなければ、アイとデートが出来ないから。折角ここに居たいと言ったのなら、守らなきゃここに居られないだろう。
どうせ狙いなんかまともに付けられないんだ。殺しきれなくていい。足場を崩せ。身体をぶち抜け。何なら頭に落石も落とせばいい。少しでも連中に、出来うる限りの嫌がらせを。
お前らのせいで、あの子を見る周りの眼が変わっちまうだろうが。ビビりの小僧にも嫌なモン見せやがって。あー、ほら、煙草。全部無くなったのに、奢るやつがいなけりゃ、やっぱり損だ。糞が。やっぱ殺すか。何かハイになってきたかもしれない。自分が自分じゃなくなりそうな、この嫌ーな感覚……あーあ。
戦争……キッツイわ。
「――全員ここで、ぶっ殺してやるからなぁッ!」
光の先で幾らかの破片が弾け飛ぶ。気持ち悪い血液が首から噴き出す。それでも半分減ったかどうか。もう一発、向こうからダメ押しの砲撃に前線が崩れかける。それでも、誰も撃つのを止めない。自分も、ただ、引き続ける。
頼むから……死んでくれ。終わってくれ。帰らせてくれ。
そんな、戦場には過ぎた願いを心に望んだ時……アンドロイドが一機、こちらを見ていた。
「――〈ニューロン識別番号:D067486。個体名称:リンクス・ハーディー。我々はHopes & Technologyです〉」
「あぁッ!?」
銃口を向ける。動じることなく、本隊とは離れた場所に居たそいつは……言った。
「――〈新しい人類。我々は定義された愛の感情を取り戻しに来ました。アイ・バーンズの身柄を要求します〉」
引き金から離れかけた指を何とか留まらせる。
ダメだ、気持ちわりぃ。ワケの分からねー事をベラベラと。うるせぇんだよ。
殺す。こいつらは、何が何でも。
銃声と共に、突っ立っていたアンドロイドの身体に、顔に、穴が開いていく。無抵抗だろうが、奴らは敵だ。アイに近づく脅威でしかない。
だから――止めろ。その表情を映すな。
悲しいなんて嘘っぱちの顔を、あたしに見せるんじゃねぇ。
『リンクスッ!』
「——あ?」
鈍色の身体が横から走って来る。
どこかでボーディの声がした。
リンクスが最後に見たのは、無機質な鉄色の銃床。
そして、子供の絶叫だった。
「――〈おかあさんをかえしてッ!〉」
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