二十三話:出来る事
共同部屋のベッドに腰掛けるが、嫌に部屋が静かだった。センターホールの隔壁は全十箇所全てが閉じられ、今頃各階層は独立下の中、それぞれが対応をしている頃だろう。エレベーターも全てが止まり、そろそろ昼頃になろうかと言うのに、人の声は何も聞こえない、詰まるような空気だけが満ちていた。
本当は膝を抱えてしまいたい。戦いが始まるのだ。本物の、命を奪われるか、守り抜くかの戦いが。そしてその最前線に、二人は居る。最後に見た笑顔が、不安で堪らない。こんなにも怖いものだとは思わなかった。昨日までの日常が侵食され、一方的に壊されていくのが、こんなにも。
大人達が関わりたくないのも良く分かる。こうして家族を失った人間が、過去に囚われたまま戦いを選ぶのも。もし最悪の結末にでもなろうものなら、きっと自分は、奴らを許せない。〈アルバトロス〉もだ。禁忌に関わる何もかもを、きっと。
手が繋がれたまま、隣の彼女の距離が近付いてきた。その顔を見れば、やっぱり目線がズレていて。光の無いその眼には――意志が、宿っていた。
「ボーディ、さん。皆、大丈夫です。きっと……きっと、大丈夫です」
「アイ……」
「……私は。戦争の事がよく分からないですけど……でも……ボーディさんも、リンクスも、アニキさんも⋯⋯私がその戦争を始めたお父さんの娘だって分かってたのに、優しくしてくれて」
「……だって、君は……悪くないだろ」
「怖いものかも、しれないのに……ですか?」
禁忌――その言葉を口にしなかったのは、彼女なりの配慮だろうか。或いは、それに対する感情を悟られてしまうぐらいに震えてしまっていたのか。
言葉に詰まる。君は悪くないだなんて、あまりに軽い言葉だった。
さっきまであんなにも後ろ向きな考えばかり浮かんでいたヤツがどの面下げて悪くない、怖くないだなんて言えるんだ。この子の事を何も知らないのに。
一拍置いて、彼女は続ける。
「大丈夫です。昔からそうだったので。皆、怖がりました。私が変だから。エリオラだって、最初はそうだったんです。でも――手は、握ってくれていたから。だからボーディさんは、きっとエリオラと同じなんです」
「……僕は……違うよ。エリオラさんはきっと、凄く大事で、家族みたいで、温かい人だったんでしょ?」
「尚更同じです。ボーディさん……今日、アニキさんに、ボーディさんのお花を見せてもらいました」
あの殺風景な物を勝手に見せたのか。トーマンらしいと言えばらしいが、どうにもやり切れない気恥しさもある。
「イカリソウ……『君を離さない』。あれを教えて貰った時、私、思い出した事が有るんです。とっても大切で、忘れちゃいけなかった事。あれは……エリオラが、私に言った言葉でもあって……ボーディさん。私は……」
口元をきゅっと結んだ彼女は、渾身の作り笑いで、言った。
「私が――エリオラの人生を、壊しました」
不思議と耳鳴りがしない。もしかしたらしていたのかもしれないが、よく分からない。そんな事はどうでも良い。
ただ笑いながら、泣きそうで、言葉を絞り出す彼女から、眼が離せなかった。
「私、がっ……生きて……いるから。エリオラは、きっと、ずっと、苦しんでいたんです……それでも……」
「……うん」
「それでも――ここが、いい」
そう、言い切った彼女の手をゆっくり解く。
「……少しだけ、待っていて」
もう……良い。難しい事、分からない事、全部後回しでも構わない。今やらなければならない事だけが今は必要で、それは分かりきっている。ゴーグルを装着し、鞄からRu-liを取り出す。
「アイ。今の言葉は……自分で、エリオラさんに言わなきゃ。一人が怖いなら、僕も、リンクスも、トーマンも。皆で一緒に、会いに行くから」
「ボーディさん……」
「だから……全部終わらせて、また皆で探しに行こう。約束する」
壁の向こうから爆発音が轟いた。
振動が部屋をガタガタと揺らし、壁に掛かっていた工具が何本か音を立てて落ちる。
「――やるよ、Ru-li。僕達の仕事を」
青い羽根がひとつ落ちる。
第二次領土戦争――その火蓋が落とされた。
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