十八話:頼む
過去類を見ないほどの速さで休暇を消費した気がする。今日から仕事だと思えば、不思議と習慣化した生活リズムで目が覚めた。
あちこち欠けた洗面所に行って顔を洗い、歯を磨いて、癖毛の激しい頭のちょっと跳ねた寝癖を直す。いつも通りだ。ベッドに戻ってデバイスを開けば、流石にまだ朝早いからか指示は特に無いけれど。コロニー間の共通サーバーに掲載されたニュースを流し見る。これも特段めぼしい物は無い。少なくともこの数日の自分達以上に強烈なニュースなどまぁ無いだろうが。
リンクスのベッドの上では、アイが引っ付いて寝ている。珍しくリンクスの方が唸っていた。とりあえず、ざまあみろと言ってやりたい。
エリオラさんの捜索は仕事の合間で続けようと思っているものの、少し問題がある。仕立て屋で聞いた情報はどちらも第二地区の人間だ。ただエリオラさん本人かどうかを判断できるアイは、立場上迂闊に連れて行くことも出来ない。
二人に来てもらうという事も考えたが、好き好んで第三地区のような無法地帯に来る人間など居ないだろうし、高齢のエリアンナさんなどは当てが外れた時に博打過ぎる。戦争を思い起こさせてしまうかもしれない。
アイの為に出来る事をと思って口にしたエリオラさんの捜索だが、思いの外簡単に頓挫してしまった。何か策を考えなければならないだろう。
「……そうだ。アイのお父さんはアンドロイドを調整出来たんだよね。なら少なくても研究者か、開発に携わってるかも。その娘のアイと一緒に居たのがエリオラさんなら、ダンパーやイザベラはもしかして知ってるんじゃ……ジェイクだって、娘のアイの事をテロ――」
自分で口にしておきながら、言葉が詰まった。穏やかに眠っている彼女を見て、出掛かったものを飲み込む。
何も知らない、初めてだらけの女の子。ダンパー達に協力を頼めば、彼らに戦争の事を思い出させてしまうかもしれない。エリオラさんと出会えた後の事も考えなくちゃ駄目だ。頭の中でぐるぐると思考が回り続け、朝から疲労感に苛まれる。先ずは順番に考えなければならない。自分達が仕事に行けば、アイは一人だ。だから――。
「朝から随分な顔だな、弟」
「急に出てくるなよ……近いし……あっ、ほら!何考えてるか忘れたじゃん!」
「何?それは悪かった!じゃあ一緒に考えるか!」
「いいよもう……忘れる」
トーマンはゲラゲラ笑いながら、すまん、と言いたげに手を合わせた。謝ってるのか笑って誤魔化してるのかどっちだ、それは。
「でもな、ボーディ。俺が思うに……お前は考えるより突っ込んだ方が合ってると思うぞ」
「僕のどこ見て言ってんだよ……こんな性格なのに」
「自分の事なんて、存外自分じゃ分からんさ。ほら起きろ妹達!ダンパーから臨時の休暇だぞー!」
相変わらず掴み処の無いヤツ……休暇?急に、何で。
デバイスが震える。今朝のニュースが更新されたようだった。
―—壁面の落書き。〈We wanna be with "LOVE"!〉。新手の宗教流布か?
……何だ、これ。
デバイスをベッドへ放り投げ、大きく伸びをした。
◇
臨時休暇を得た事で、朝からリンクスはご機嫌だ。
鼻歌混じりに、ガレージ内でパソコンを弄っている。そろそろ本格的にブリキの凹んだ頭を直してやらなければならなかったから、丁度良い機会ではあるだろう。
アイは植物園が気に入ったようで、昨日の今日なのに自分の蒔いた種がどうなったか気になっていたようだったから、トーマンへ預ける事にした。いつもよりウキウキで植物園に向かっていったが、余程あそこを気に入ったアイが居てくれる事が嬉しかったのだろう。
「いやーしかし身体が痛ぇー。アイ、寝てる時は意外と力強いのな」
「今日は随分大人しかったじゃん」
「は?いつだって大人しいだろ」
「馬鹿言うなよ。騒音公害並みのいびき掻いておきながら」
「なんだー。やるかこらぁー」
溜息が出る。気楽なものだ。
そりゃあ昨日は真っ先に風呂へ行ってぐっすり眠った側からすれば、気持ちよくて、かつ予想してなかった休暇だ。気分も良いだろうさ。
こっちはトーマンと一緒にパフィに半殺しにされかけたというのに。アイが楽しそうだからの一点張りで何とか許して貰ったんだ。気疲れだって起こすに決まってる。
「おー、ボーディ。そういやさー」
「何だよ」
「アイの傷、知ってるかー?」
リンクスの方を向けば、机に足を乗せながら椅子を揺らしている。
……そう言えば、一緒に入浴したならリンクスも見たのか。
いや、そもそも――最初にアイを見つけたのは。
「……知ってる。ナスティが、採寸の時に教えてくれた」
「そか」
「ねぇ……知ってたの?」
リンクスは足を下ろし、背もたれを抱えるようにして座りなおした。軽口を叩いてたクセに、似合わない真面目な顔をして。
「おう」
「……何で、教えてくれなかったんだよ」
「すまん」
ケロッとそう言ってのけるリンクスに、少しだけ腹が立った。
「……それだけ?」
「おう」
「何だよ、それ」
「いや、マジな話……お前がジェイクに啖呵切るまで、あたしもアイをどう扱ったらいいか分からなかったんだよ。悪ぃ」
溜息を零しながら、彼女は突っ伏した。
「これでも凹んでんだぜー。あの子に酷い事しちまったってよー。外面に引っ張られて、テロリストの娘だとも言われてさー……親父達の事考えたら、なーんにも言えなくて」
「それはっ、だって……」
「で、昨日風呂入って分かったわけ。ボーディ……」
リンクスは顔を上げる。
「——アイな。相当ヤバいぞ」
「……何がっ」
「あの子は泣けなくなったって言ってた。泣けば他人が苦しむから、そう教え込まれたってよ。あたしらが苦しんだ耳鳴りと気持ち悪さ……恐らくあれは、あの子の感情が制御されてる副作用だ」
「っ……!」
「根本的なものは分からねー。何であたしとお前だけなのかも検討つかん。ただ、条件に当てはまる人間が他にも居るなら、間違いなく脅威になる。そん時ぁ、あたしは自分の役割を果たす。トーマンもあんなだが、あたしより線引きは明確だ。いざとなりゃ、アイツは引き金だって引くだろ」
「……なんだよ、それ。あの子はただ、そういう風にしなきゃいけなかったんだろ。事情だってあるじゃんか。なのに……何で、危険物を処理するみたいな扱いされなきゃならないんだよ!」
ハッ、とした。
大声を出してしまったが、これをリンクスに言ってどうする。彼女は何も間違えていない。ただ自警団としての仕事を全うしようとしているだけだ。
悪い、とでも言いたげに、彼女は笑っていた。
「だから、お前も役割を全うしてくれ、観測係。居場所を与えられただけのあたしより、悩んで迷ってを繰り返して出した、お前の答えが一番効くんだ。何かが満たされなかったのは、多分あたしも同じでよ。でも……あたしはもう与えられちまった。満たされないものを、《《与えられたもの》》で埋めちまうとな――もう何も選べねぇ。何も入れられねぇ。気付いた時には、戻れもしねぇ」
「リンクス……」
「満たされなさを自覚出来てるお前が羨ましいよ。迷うのも、悩むのも当たり前。それはお前が、慎重になって選ぼうとしているだけなんだから。是非とも反抗して来いよ、思春期坊主」
ズルい奴だ。普段ずっとアホみたいな事ばっかり言って、軽口叩いて、すぐ手が出るのに。急にダンパーみたいに、無理くり笑ってるみたいな顔して。
「……分かったよ」
「まぁ仕事中に思春期拗らせて足引っ張ったら、ぶち殺すけどな」
「本当に何なんだ、もう!ブリキの調整しないのかよ!」
「おー、元気なこって。頭撫でてやろーか?」
「……うるさいフナムシ」
飛んできたレンチがブリキの頭部に命中した。
「ブリキーッ!?」
「チッ、外した」
『ピー!コングラッチュレーショーンズ!』
言わんこっちゃない。顔の凹んだポンコツロボットは、床に転がったままバタバタと暴れ出す。いつかの様に、意味不明な単語を羅列させながら。
『アイスクリーム!ガトーショコラ!ツツミヤキ!マカロニグラターン!』
「ほらぁ、始まったー!」
『プリン!ロールキャベツ!トンピー!』
「ちょっとウルセェな。どれ、もう一発」
「もう止めろって!絶対止まらないんだから!」
『コンビーフ!ルーローハーン!ジッコー!ジッ――』
ブリキは沈黙した。眼のライトが点滅してる以上、機能を停止させたわけではないだろうが……次の一手がまるで読めない。
かと思えば、ブリキは立ち上がり――。
『フンガァーッ!』
切れた。……多分。
「どーしたー。文句あるかー」
『モンク!モンク!フンガ!チガウ!フンガ!』
「お、落ち着いて、ブリキ……ね?何が違うの?リンクスの解釈?」
「おい」
『チガウ!フンガ!チガウ!ハナシ!イミ!ゼンブ!テイギ!フンガ!』
ブリキは止まらない。ただ、今しがたレンチをぶつけたリンクスに矛先は向いていないようにも見える。ぐるぐるとその場で回り、何度も執拗に床を叩いていた。控えめに言わずとも怖い……が、このままにはしておけない。
「ブリキ、教えてくれる?ほら、対話が大事……ね?何がそんなに違うのかな?僕らも一緒、にぃッ!?」
襟元を勢いよく引っ張られた。対応出来ずにむせ返ってしまう。何だ急に。
今度こそリンクスに文句を言ってやろうとしたが、彼女がブリキを見るその眼に委縮してしまう。何でそんな……睨むような眼を、向けている。
「ブリキ」
『フンガ!イミ!テイギ!ハナシ!ソンザイ!リンクス!トモダチ!』
「お前を助けてやる。だから答えろ。今、何が起きてる」
動きが止まった。
反動のせいか嫌に静まり返った部屋で、ブリキの駆動音と瞳が明滅する音だけが繰り返されて。
首だけが、ガチャンと、こちらを向いて。
『——〈アルバトロス〉。ダイキライ』
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