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ブリキのアイ  作者: 桐丹穂
ガーネットの章
19/22

十六話:青い鳥

「これ……生き物、ですか?」

 


 アイはぽそっと言う。一拍遅れて、自分に聞いているのだと理解したボーディは、再び彼女の向かいに座る。


「……本物じゃないんだ。仕事の相棒でさ。一応はドローンみたいな括り。あぁでも、野生のルリビタキの習性を模してるから、疑似生物って言うか」

「ルリ、ビ……?」

「……青い羽根の小鳥——あっ。えっ、と……ゴメン、人に説明するの……苦手で」


 頭を掻きながら、申し訳なくなった。彼女に色の説明をしてどうする。見えない物を説明したところで、彼女は色を知らないのだ。残酷な事実を突きつけるような真似をしてしまってばつが悪い。

 対して彼女はあまり気にしていないのか、手の中でRu-liを撫でたり、指先で小突いたり、何とも絵になる姿を見せている。


「小鳥……私、初めてなんです。こうして感じたの。声も聞いた事、なくて」

「……いなかったの?近くに」

「いたかもしれないし、いなかったかもしれないです。私、お外に出た事、ないので。お外がどんなだったか、分からないんです」


 手の中からRu-liが飛び立つ。花々の間を抜け、ドーム状の壁をぐるりと回りながら、青い流星みたいに。


「相棒——あの子、ボーディさん、みたいです」

「……どうして?」

「……温かかった、から」


 自分が単純な奴だと思う。その言葉があまりにも純粋で、真っ直ぐで、気恥ずかしくも思えてしまったから、思わず眼を逸らした。箱入り娘と言うべきか、この場合は籠の中の鳥と言うべきか。

 その空気に耐え切れなくなって、思わず上ずった声で彼女に聞く。


「そっ!そういえば、それ、その袋って、どうしたの?」

「これ……アニキさんが、私に。手伝いたいって言ったら、ピッタリなのがあるからって渡してくれました」


 大事そうに握られた小さな麻袋には『インディゴ』と書かれている。どうにもあの筋肉男は普段空気の読めないバカっぷりを見せるくせに、こと植物に関してはうまい事やってみせる。だから兄貴分なのだろうが……どこか釈然としないというか、悔しいというか。


「それ、花の種だよ。藍の花だね」

「……私?」

「えっ……あぁ、ちがくて!その……藍色っていう色の染料に――じゃなくて、だから色は……と、とにかくアイの事じゃないよ!花の名前だから!行こ!」


 立ち上がっていつもの様に彼女の手を握る。本当に単純だ。あんなに不安で仕方なかったのに、二人にされて、お膳立てしてもらい、言葉ひとつでこうやって動けてしまう。いつもこうだ。結局、流されてじゃなければ動けない。恥ずかしい奴。


 曲がりくねった道をゆっくりと歩きながら、二人はドーム端の花壇にやって来た。トーマンが新しい物を育てたいとかで作り上げたもので、近道を掘った際の岩片を繋ぎ合わせている。だからか、作りは確かだがこの植物園の景観に対しては中々斬新で無骨である。


「じゃあここの花壇使おうか。スコップ持ってくるね」

「……あの。手は、駄目ですか?」

「いいけど……汚れるよ?」

「汚れは、大丈夫です。お外、初めてだから……色んなものを、触ってみたくて」

「……そっか。分かった」


 彼女の肩を支えながら、ゆっくりと屈ませる。

 そういえばこの服、医療班からの貸出なんだっけ。不味い。土で汚そうものなら、パフィに殺されるかもしれない。いや、でも、こう言われたら止められないだろう。説明して何とか分かって貰えればいいが……。

 麻袋を代わりに受け取り、ひとつまみ分を手に取る。それを彼女の掌に渡せば、彼女は小首を傾げた。


「……小さい?」

「種だからね。これが何日かすると、大きくなって花が咲くんだ」


 空いている彼女の手と一緒に土の上に手を乗せる。ひんやりと冷たい、ほろほろと崩れるそれをアイは楽しそうに弄っている。本当に初めてなのだろう。まんま小さな子供のそれだった。

 指先で小さな窪みを作り、種を入れ、土を被せる。いつもと言うわけじゃないけれど、何度かトーマンの手伝いをしている中で身に付いたごく単純なこれを、誰かに教える事になるとは思わなかった。一連の作業は普段よりずっとゆっくりだったけれど、彼女にとってはあっという間だったようで。


「……これだけ、ですか?」

「うん。今はこれを繰り返していくだけ。後の管理とかは基本的にトーマンがやるけど、気になるなら話を聞いてみるといいよ。あいつ、多分喜んで長話するから」

「……これだけで、いつか、花が咲いてくれるんだ」


 アイは笑っていた。楽しみが増えたようで何よりだ。自分とリンクスはあまりこういう作業に向いていないから、実は早々に飽きてしまった事がある。今でこそ自分達の出来る事で手伝ってはいるが、本来ここに来る機会は少ない。今後はもう少し増えるかもしれないけれど。

 少し横にずれ、種を蒔く。また少しずれて、蒔く。幾度と繰り返していく中で、アイは段々と感覚が分かって来たのか規則正しく動きながら作業をしていた。楽しさが上達のコツとはよく言ったもので、自分達よりも遥かに筋が良いだろう。

 花壇の三分の一ほど進んだところで、ボーディさん、と声を掛けられた。


「あの……聞きたい事が、あって」

「うん」

「相棒さん、は……どうして……小鳥なんですか?」

「どうして……か」


 どこで羽休めしているのか、Ru-liの姿は見えない。それでも声がドームに反響している。


「……どうしてだろう。もしかしたら、僕も外に出たかったのかもしれない」


 アイは手を止め、ボーディの胸の辺りを見ながら小首を傾げる。言ってる意味は、恐らく伝わっていないだろう。彼女の中で、ここは未知の世界。閉じられた部屋の外なのだから。けれど――。


「ここさ……まだ、地面の下だから。僕も地上に出た事は無いんだよ」

「地面の下……えっ!?」


 始めてみせた驚きの反応があまりにも新鮮で、少し笑ってしまう。


「だ、だって、太陽が温かいし、風だって……!」

「ここにあるのは、植物以外の設備が全部人工物。僕達は今、ドームの中に居るんだよ。太陽、風、気温、湿度……全部トーマンからの情報をもとにリンクスが上で管理してるんだ。隠してたわけじゃないんだけど……期待させちゃってごめんね」

「……そう、なんですか」


 流石に傷ついてしまっただろうか。もっと早くに伝えておけば良かった。てっきり自分が寝過ごしている間に2人が伝えてくれていたとばかり思っていたから。

 けれど彼女は、すぐに落ち着いて、ほっと胸をなでおろしているようだった。


「……本当は、どうしようかなって思ってたんです」

「どういうこと?」

「エリオラと、いつかお外に行きたいって、思ってたから。約束も、したんです。だから、私だけ先に皆とこうして過ごして……エリオラ、残念がるかなって、思っちゃって……」


 何も言えなかった。アイにとってのエリオラ・ガーネットは、本当に大切な家族で、いいお姉さんだったようだ。だからこそ早く見つけてあげたいと思うし、同時に怖いとも思う。どんな結末を迎えるとしても、彼女達が昔のような日々を送るのは難しいと思うから。

 どこからともなくRu-liがやって来た。肩の上で、また鳴き始める。それがなんだか懐かしくて、勝手に言葉が口から出ていた。


「まだ第三地区に来てすぐの頃さ……その、色々あって、トーマンやリンクスと過ごすようになったんだけど。その時もこうして植物園で種を蒔いてたよ。不貞腐れて仕事してたら、急にトーマンとリンクスがやって来て、この子と、この子と繋がる為のゴーグルをくれたんだ。飛んでみろよ、って。そこからなし崩しって言うか、流れでそのままって言うか……いつか、本当の空に飛びたくて」


 アイは黙ってボーディを見ている。何かを期待しているように。答えを待っているかのように。じっと、その眼を向けて。


「——大切なんだ。だから相棒なんだよ。ずっと一緒にいる、僕の」


 彼女の眼が僅かに開かれた。何を求めていたのか、それで満足してくれたかは分からない。ただ、今はとにかく――死ぬほど転げ回りたい。羞恥心で。出会ったばかりの謎の少女に、一体全体何を語っているんだ自分は。


「いっ、今の忘れてッ!あと、絶対内緒!誰にも言わないで!」

「内緒……?」

「内緒!恥ずかしいから聞かれたくないんだよ!あぁー、何でこんな事言っちゃったかなぁーもう!」


 土の上で転げ回るしかなかった。そんな自分の気配を感じてか、あるいは恥ずかしい言葉の数々が面白かったのか、彼女は微笑んでいるだけだった。

 そんなボーディの頭上から、トーマンの不思議そうな声が飛んでくる。


「何してんだお前?汚れるぞ?」

「いいよ、ほっといてくれ……」

「こいつどうしたんだ?」

「……内緒、です。ふふっ」

「ほぅ……まぁ、良いけどよ。お前中々男だな」

「うるさい!何か勘違いしてるだろ!?ほっとけって!」


 上から下まで土まみれの男はニヤニヤとムカつく笑みを浮かべながら、ドームの天井に向かって声を張り上げた。


「おーい、お天気お姉さんや!全部終わったぞー!」


 遠くでのっそりとハンモックから起き上がるリンクスは、その言葉を皮切りにパネルを一枚開く。手にしたレンチを配管にカンカンとぶつけ、拡声器片手に宣言する。



『あー、あー、本日も快晴なりー。ただし、転げ回ってる恥かき前線が雨雲となり、所により雨となるでしょー。冷ましたるから感謝しろー』



 ドームの壁に埋め込まれたスプリンクラーが一斉に起動する。地底の太陽が飛沫を照らし、虹を作り出す。突然の雨に驚きつつも、やはり初めての事だからか、アイは楽しそうに笑って、はしゃいでいた。


「あの、ボーディ、さん」

「……どうしたの?」

「ナスティさんに、連絡って出来ますか?お洋服……決めました」


 雨が止んだ後、彼女にデバイスを貸して連絡をして貰った。アイがナスティに何を話していたのかは、遠くでこっそり電話していたから分からないが……ナスティ曰く、とびきり可愛いシマエナガにしてくれるそうだ。本当に何を伝えたのだろうか。

 とにかく、また少しだけ時間が進んだのは間違いない。色々あったが、ボーディの中にあるのは確固たる意志と任務だった。


 ——どろどろに汚れた患者服の説明。パフィに殺されない理由、それだけを。

よろしければコメント等頂ければ幸いです。

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