十四話:I N.E.E.D
「よーし、カワイ子ちゃん成分補給完了ー。そろそろ死人が一人出てる頃だと思うから、戻ろっかー」
いやにあっさりと物騒な事を言ってのけるナスティ。その顔は事の顛末を理解しているようだった。採寸が終わって下の階に向かうと、ワイヤートルソーの中に男が一人詰め込まれていた。その顔はあちこちが毒虫にでも刺されたのか、紫色に腫れあがっている。そして無造作に転がされたそのオブジェの上で、何ともガラの悪い女が座っていた。
「あらー。強盗かしらー」
「おっ、帰って来たか!見ての通り、仲良くやってるぞ!」
「……その発言が一番怖いよ」
「リンちゃん、どうしたのー?虫の息のオブジェに銃なんか突きつけてー」
「……テメェで兄ちゃんに聞けや」
ドスの効いた声でもナスティは笑顔を崩さない。そんな妹に、オブジェと化した兄は弱弱しく呟いた。
「……リンクスさん……の、お腹……セクシーすぎて、触——」
銃声が鳴る。同じタイミングで、2発分。ラスティの顔の左右、床に大きな穴が開いた。
一発はガラの悪い強盗紛いの自警団。
もう一発は未だ笑みを崩さない妹。
仕事が出来る事と力関係はイコールでは無い。今それが証明された。
「殺すよ兄貴。店の評判に関わる事は止めてくれる?」
「次は外してやらねぇ。もう二度と来ねぇぞ、蛆虫が」
「そういえばエリオラさんの件だけどよ」
「トーマン……」
相変わらず空気の読めない男もいた……が。
今になってハッとした。手を繋いでいる彼女は、この物騒でやかましい日常の事を知らないのだ。そもそも下の階層だってこんな日常を過ごしているわけでは無い。誰が見たって頭のおかしな人間達がドンパチ揉め事を起こしているだけだ。実際、ボーディ自身慣れるまで丸一年掛かったのだから。
「……アイ?ごめん、驚いたよね。でもこれが第三地区って言うか……あの、さっきのはじゃれ合いみたいなもので――」
二人分の銃口がこちらを向いていた。何でだよ。
「とにかく、あの人生きてるから!心配しなくていいからね!」
「うん……大丈夫、です。」
彼女は全く動じていない。それどころか少しだけ微笑んだまま、アニキさん、とどこかに目線を向ける。トーマンはいつかの様に、アイの目線の高さに屈む。
「あの……エリオラの事――」
「おう!ただエリオラさんと確定していなくてさ……悪い。ラスティが、第二地区で見慣れない若い女性を見たそうだ。名前もエリーゼと言うらしい」
「もう一人、エリアンナとか言う婆ちゃんも新顔だってさ。こっち見んな糞虫。死ね」
どちらもエリオラとは程遠い名前だった。それに年齢もバラバラ。恐らく二人は、エリオラさんがあの機械——パフィ曰く『コールドスリープ』に入っていた場合とそうじゃない場合のパターンを考えて聞いてくれていたのだろう。
アイの生きていた時代を考えれば、どちらのパターンにしろ戦争を乗り越えている筈。アイがテロリストの娘として有名人なら、それに関わっていた人間は、もしかすれば偽名を使って生きている可能性は確かにある。
ほんの少しだけ耳鳴りがする。けれど、今回は音だけだ。
アイはアイなりに考えているのかもしれない。何か、情報を絞り込める要素。自分だけが知っていて伝えられる思い出を。
ただ……もし本当にエリオラさんに会えたとして、この子はそれを受け入れられるのだろうか?全てが解決した時、もしかしたら彼女は一人、空白の五十年を叩きつけられる事になるんだ。
それだけじゃない。エリオラさんは、最悪戦争でだって――いや。それを考えるのは絶対に駄目だ。現状エリオラに関わる事は、アイの気分に直結する。下手な不安を煽れば、こちら側があの脳を引っ掻き回される感覚に悩まされるのだ。
そうして次の言葉を出しあぐねていると、アイが言った。
「……あの。私、その人達に会ってみたいです。会えば、エリオラかどうかが、分かるかもしれません」
「それは……どうして?話し方とか、触ってみる……とか?」
彼女は首を振る。耳鳴りは収まった。そうしていつもよりはっきりとした言葉で、彼女は言ったんだ。
「——番号。ニューロン識別番号です」
今度こそ――誰も、何も、言えなかった。
◇
ニューロン識別番号——その言葉が、どうしてか頭から離れない。
あれから仕立て屋では特に何かが起きたわけでもなく、とにかく全員が場を切り上げようとしていたと思う。下層の人間達が禁忌と呼ぶものが、一体何を意味しているのかは分からない。それがどれだけの数存在しているのかも――いや。
そもそも――存在している方がおかしいだろう。
胸の内から起こるざわつきや恐怖、不安感……最初こそ、自分だけだと思っていた。皆があまりにも自然に今日まで過ごしているものだから、自分が臆病なだけだと。
でも……今日アイが言葉を発した時は違う。
彼女の口ぶりは、存在している事が当たり前の前提にも感じた。そしてあの場に居た彼女以外の全員が、聞いてはいけない言葉を聞いてしまった気がしたんだろう。
寝転んだベッドの上で、ボーディは眠れずにいた。
アイは……何だろうか。彼女は人間だ。どこか言葉足らずで、時折冷たい指で、でも温かくて。エリオラさんが大好きで、不器用なりにも笑顔を見せる事が出来て。服の要望だってすぐに決められずに帰ってきた、少し世間知らずな十四歳の女の子。それから……それから?
——ブリキが怖がった……ママ。
身震いした。これ以上は考える事が出来ない。と言うより、考えたくもない。大丈夫。大丈夫だ。彼女は……きっと。
ふと、共同部屋が静かな事に気が付いた。いつもであれば、リンクスがいびきをかいてグースカ眠っている筈なのに。流石にアイと一緒だと大人しいのだろうか。
適当に寝たふりをしながら寝返りをうつ。と、リンクスは天井を見ながら黙っている。その横に、アイは居なかった。
「……リンクス?アイは?」
彼女は何も言わない。ただこちらに一瞬だけ目配せしたかと思いきや、再び天井を見ている。リンクスはリンクスなりに、意味でも考えているのだろうか。技術者の直感とやらで、さっきまでの自分と同じように。
仕方ないので、もう眠る方がいいだろう。何をするのか分からないが、明日もどうせ引っ張り回されるのだから。アイの事は、この時間はリンクスの管轄である。任せた方がいい。
そうして無理にでも寝ようとした時だった。リンクスが小さく溜息を零す。
何かと思って彼女の方へ目を向ければ、今度はそのペリドットの瞳がこちらを見返していた。いつもの様に顎で、入口の方へ行けと指示を飛ばしている。
……約束が違うだろうに。何の為のアイお世話係時間表だ。お前の担当時間は睡眠時間だけなんだから、どうしてこちらに振る。
ボーディは再度布団を被ろうとするが、チッ、と言う地獄のコンロの着火音が聞こえた。行かねばならない。不服であったとしても、明日の我が身が無くなってしまう。
渋々扉の方へと向かうボーディだが、そこでようやく小さな話し声がする事に気が付いた。
「……アイ?」
扉の陰からこっそりと様子を見る。彼女は扉近くの岩壁に寄りかかりながら、楽し気に誰かと会話しているようだった。けれど……誰と?
「うん……大丈夫。皆優しいよ。最初はちょっと、不安だったけど……でも。私、どのみち見えないから。あんまり関係ないよね」
それは普段の彼女からは想像出来ない姿と話し方だった。
「そういえば、今日初めて仕立て屋さん……?っていう所に行ったんだ。ナスティさんとラスティさんっていう人が居てね。新しい服、作ってくれるんだって!そんな事初めて言われて……嬉しかったな」
いつの間にか、ボーディはその場で座り込んでいた。
そういえばパフィが言っていたっけ。現実に思考が追い付いていないって……。彼女は誰かと話をしていたわけでは無かった。本当にただ1人で楽しそうに――或いは。その横に、居るのかもしれない。彼女が探している、とても大切な誰かが。
「皆本当に優しくて、温かくて……エリオラを探すの、手伝ってくれるんだって」
リンクスに視線を送る。何かを感じてくれたのか、小さく溜息をつき、少しだけ優しく笑って――豪快ないびきをかいて寝始めた。お前何なんだよ、マジで。
もうアイに声を掛けるのは忍びなかった。やっぱり彼女は人間で、子供で……普通の女の子だ。
立ち上がり布団に戻ろうとした時、壁の向こうで彼女は笑っていた。
「皆のお手伝い――私達も、頑張ろうね!」
全身に鳥肌が立つ。胸の内から湧き上がるのは、あのざわつき。
違う。
違うだろ。
やめろ、ふざけるな。あの子は人間だ。そうだろう。
だから――。
「……アイ」
「あっ……ボーディ、さん。起こしちゃいましたか?ごめんなさい……」
「アイ。君は、今、誰と話して……」
彼女はこちらを向く。
その視線は相変わらずズレていて。
くすんでいる双眸はどうしてか――右眼だけが、蛍火の様に輝き、動く。
「——N.E.E.D、です」
お前だけは見えてるぞ――そう言いたげに。
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