十三話:異常と異質
第三地区産業エリアは閑散としていた。朝の開業時間が一番人通りの少ない時間帯であり、なるべく目立ちたくない自分達においては好都合だ。
アイは立ち止まって辺りを見回す事が多くなった。時折こちらに目配せするような動きを見せるが、先程の事があって少し気まずい。自意識過剰なのは知っているけれど。
そうして仕立て屋——『New-Ron』の前に立った時、リンクスはそそくさと店の横に逃げていった。宣言通り入口までの様だ。逃げはしないだろうが、店前に居ると自らトラブルを引き起こすと判断したのかもしれない。最後まで入念に、『3人で来たと言え』と釘を刺しながら。
開店直後の扉を開けながら、トーマンが暑苦しく第一声。
「おはようさん!ナスティ、元気にしてたかー!」
「おはようー。朝からホント、バカみたいなテンションだね」
ウェーブのかかった栗毛を揺らし、ナスティは朗らかに笑った。
だが――。
「今日はリンちゃん居ないの?何か仕事――」
明らかに眼の輝きが変わった。その眼はアイと、ボーディと、その橋渡しを担っている一部分を交互に見て。深く深呼吸をして、バタバタとエプロンをはためかせながら店の奥へと走っていった。
「ラスティーッ!ボーディが彼女連れてきたーッ!」
「おいふざけんなよッ!ごめん、アイ!変な人間ばっかりで――」
アイは変わらずキョロキョロ店内を見回している。正直彼女が何をしているのかは分からない。見て、止まって、頷いて。一定の間隔で何かをしていた。
「……どうしたの?」
「うん……繋いでる、の」
「えっ?」
繋ぐ。
何の意味かは、分からなかった。
「いらっしゃい。トーマンさん、ボーディ。それから……」
「この子はアイだ。ちょっと目が見えてないんだが、仲良くしてやってくれ」
「トーマンさんが言うなら……あぁ、勘違いしないで下さいね。仲良くしたくないわけじゃないです。それに、別に自警団の事には口出ししません」
「おぅ、そうしてくれ。悪いな。今日は三人でお出掛けでよ」
キラキラと目を輝かせているナスティに対し、兄のラスティはこちらの事など気にしていないようだった。それどころか、どこか心ここにあらず……勿論、理由は知っている。
ラスティがこちらに向かって歩いて――来る途中で、実に機械的かつ機敏な動きで九十度切り返す。店内のトルソーやマネキンを次々にどかしながら、一心不乱に、壁へと向かう。そして、トーマンさん、と嘆き悲しむ声を出した。
「どうして嘘なんかつくんですか……」
「んー?何の話だ?」
「ここですよ。ここ。この辺りです」
壁に頬を擦り付けたラスティ。ボーディは全てを諦めた。
アイの手を握ったまま、反対の壁に避難する。しなければならない。何故ならば――。
「——リンクスさん。壁越しでも貴女を抱きしめたい」
嵐が、やって来る。
「ぶち殺すッ!テメェは今日ここでおっ死ね糞野郎ッ!」
「ほら、やっぱり――」
「うるせぇッ!」
扉を蹴り壊したその脚が、ラスティの嬉しそうな顔を正面から捉えた。瞬きする間に店内が惨状と化していく。
「口を開くなッ!死ねッ!二度とその気色悪ぃ面見せるんじゃねぇッ!そんで死ねッ!」
「リンちゃんいらっしゃーい。まだお店開けたばかりだから、加減してねー」
「あぁ!?やかましいッ!だったらさっさとコイツを自警団に突き出すか殺せッ!無理なら殺してやらぁッ!」
その本人は既に床でぐったりしている。死んだかな。
「そんなでもウチの職人だから、ゴメンねー。ラスティ、次奇行に走ったらその血で染料作って絶縁だよー。じゃあアイちゃん!早速採寸しちゃおっか!」
「まだ何も言ってないのに、よく分かったね」
「だってそれ医療班のでしょー?こっちも長い事やってるし、色々分かっちゃうんだよねー。それに……ウチはオーダーメイドなんだよー?こんな可愛らしい子におしゃれさせないのは、私の職人魂が許さないんだから!」
そう言ってナスティは、アイの周りを楽しそうにウロウロしていた。
仕事の多くは第二地区からの依頼が多いらしい。第三地区はまだ開発途上であり、危険個所もある。更には他の地区より血気盛んな変人も多いから、ここに来る物好きは滅多に居ない。
アイは自分の周りの空気が変わった事にようやく気付いたのか、ボーディの後ろへ隠れるように動いた。
「ふふん……」
「な、なんだよ……」
「ボーディ。採寸、一緒に行く?」
「必要ないだろ!?」
「アイちゃんは必要みたいだけど?」
手を握る力が、また少しだけ……いや。それなりに強くなった。これを離そうとしたら、振りほどくかリンクス達に任せるしかないだろう。それは……気が進まなかった。かといってこのままでは、自分がナスティに絶対あれこれ事情聴取されてしまうわけで。言わば、絶体絶命。
「行って来いよボーディ。ナスティも仕事人だ。個人的興味は尽きないだろうが、まぁサクッと終わるだろうよ」
「その個人的興味が問題なんだろ……他人事だと思ってさ……」
「そうは言うが、実際アイを知らない場所で一人にさせるのもなぁ。逆にお前、ここ居たらアレに巻き込まれるぞ」
トーマンが指差す場所では未だ嵐が吹き荒れている。
「おい便所コオロギ。何ジロジロ見てんだ」
「採寸中です。イマジナリー・ラスティが」
「もう死んでくれ。頼む。死ね」
「ほら、行った行った兄弟。エリオラさんの事はこっちでも聞いておくからさ」
こちらの意見はまるで無視。
ボーディはアイと共に店内の奥へと連れて行かれた。
◇
「いやー……初見から思ってたけど、ホントに白いねー。髪や肌が凄く綺麗。ねぇ、ボーディ」
「そうだね」
「これはもう神様が何らかの意図を持って作り出した存在だね。最高。最高だよ。ねぇ、ボーディ」
「いいから終わらせてよ……こっちに振らなくていい……」
こじんまりとした二階に連れてこられ、ボーディは自分に出来る精一杯の抵抗をしていた。と言っても、顔を逸らして眼を瞑る事しか出来ないが。
衣服をたくし上げられた時に時折手に当たる支給のワンピースの布ざわり、流石に少しくすぐったいのか小さく漏れるアイの声。眼を瞑っていても、視覚以外が嫌に仕事を張り切っている。勘弁して欲しい。
「いやー、騒がしくてごめんねー。兄さん、リンちゃんの事になるともう手が付けられなくて。しかも数年ぶりなもんだから、今回は特に酷い」
「実際何であんなに執着してるのさ。ヤバい類でしょ、あれ」
「ボーディは知らないか。まだここに来る前だったもんね。まぁ、キモさが振り切ってるのは置いておくとしても……一目惚れした相手が同じ地区に居たのがよっぽど嬉しかったんじゃない?」
「ふーん……一目惚れッ!?」
思わず声を張り上げてナスティの方を振り向いてしまった。アイは身体をびくりと跳ねらせ、何なら少しくびれたお腹も見えてしまっている。ナスティがニヤニヤと何か言いたげだった。
「……ゴメン。叫んで」
「驚くよねー。いや、実際リンちゃん可愛いからさー。ガサツさと暴力性が全部台無しにしてるだけで。まぁ色々あるんだよー、私達。これ以上は本人に聞いてね」
「……止めておく。命が惜しいから」
「ん、懸命だねー。もうすぐだよー」
後ろからカリカリと何やら書き込まれる音がする。トーマンが言っていた通り、仕事に対しては確からしい。もっと色々首を突っ込まれるかと思ったが、存外時間は掛からなかった。
折りたたまれた紙を1枚持ってきたナスティは、それをボーディに渡した。どうやら採寸情報を纏めたものらしく、簡易的な人のイラストに、何か赤い線が見える。思っていた物と違ったが、そもそもこの個人情報をどうしろと。普通は店側が使うんじゃないのか。
相変わらず朗らかに笑っていて、それでいてどこか物言いたげな顔のナスティ。渡された紙を開いて眼を落とせば、ボーディはもう一度叫びそうになった。
赤い線は、背骨から腰の辺りまで真っ直ぐ引かれている。正面側は胸の中央やや左寄り――おおよそ心臓の辺りに、斜めに一本。それらはどれも、血の走った痕のように思えた。
「何も言わない。聞かない。そうした方が自分とお店も安心だからね。だって人生色々だもの。上手に折り合いつけて……大事なものだけは、守らなきゃ」
それはボーディへの言葉か、自分に言い聞かせてるのか……分からない。
ナスティは立ち上がる。何も言えないでいるボーディに答えるように、彼女はただ口を開く。
「さぁアイちゃん!今日はこれでお終いね。またお洋服の要望が決まったら連絡頂戴!私頑張っちゃう!動きやすいのも人に見せたいのも全部叶えちゃうからねー!」
「……ナスティ、さん」
「んー?なぁにー?」
「——ありがとう、ございます」
戸惑って、ぎこちなくて、それでも一呼吸入れて浮かべた、決して上手とは言えない笑顔。だけどアイは、本当に……心の底から嬉しそうで。
ナスティは彼女をぎゅうっと抱きしめた。
―—強く、強く、抱きしめた。
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