守りたいもの
――チュドォォンッ!!
爆音が書斎の空気を激しく震わせた。硝煙が立ち込める中、メアリーの視界が大きく揺らぐ。
絶叫とともに飛び込んできたフランが、メアリーの身体を強く抱きしめ、そのまま二人して横倒しに床へ転がり落ちたのだ。
「……っ……!」
重い衝撃。床に倒されたメアリーの上で、フランが息を荒らげながら、ゆっくりと上体を起こす。
その肩から、とく、とくと赤い液体が滴り落ちた。
メアリーの放った弾丸がフランの右肩を削り取り、その温かい血が、メアリーの真っ青な頬を濡らしていく。
「ふ、フラン……っ! 血が……ッ!」
我を取り戻したメアリーの瞳に、激しい動揺と恐怖が走る。自分の引いた引き金が、誰よりも大切な仲間を傷つけたという事実に、手が激しく震え始める。
「……ふふ……よかった……」
フランは肩の激痛に顔を歪めながらも、メアリーを見下ろし、涙の浮かぶ瞳で悲しく微笑んだ。
「君は……こんなことで手を汚しちゃいけない。……僕みたいに、なっちゃいけないんだよ……」
「でも……っ! でもお父さんが……ッ!!」
溢れ出る涙で視界を濡らしながら、メアリーは身体の上のフランを必死に押し退けようと暴れた。父親を奪われた怒りと、フランを撃ってしまった罪悪感で、心が狂乱の渦に飲み込まれていた。
「トニーさん!! メアリーちゃんを押さえててください!!」
「……ああ」
駆け寄ってきたトニーが、暴れるメアリーの両腕をしっかりと床へ押し押さえる。
メアリーの小さな身体を力で封じ込めながら、トニーは眉間にしわを寄せ、どこか切なく失笑した。
「ハッ……まさかお前を、こんな風に力ずくで押さえつける日が来るとはな……」
普段は誰よりも優しく、殺すことすら拒んできた少女。その少女を救うために力を振るわなければならない矛盾に、トニーの胸が痛む。
その混乱の隙を、アーサーは見逃さなかった。
「……国家への明白な反逆だな。何をされても文句は言えんぞ」
アーサーの目が底冷えする殺意で細められる。彼は床に落ちていた己の大型リボルバーを拾い上げ、無防備なトニーとメアリーへ向けて容赦なく引き金を引こうとした。
だが――それよりも速く。
――バァンッ!!
乾いた銃声が響き渡る。アーサーの手にあった銃が跳ね飛び、乾いた音を立てて床を転がった。右手から血を吹き出し、苦悶の表情でその場にうずくまるアーサー。
煙を吹く銃口を構えていたのは、右肩から血を流したままのフランだった。殺し屋としての冷徹な眼光をアーサーに突きつけ、低く、力強い声で言い放つ。
「僕たちには……国家なんかより、命より大切なものがあるんだよ」
「くそっ……! 害虫どもが……ッ!!」
右手を押さえ、苦虫をかみつぶしたような顔で吐き捨てるアーサー。
一部始終を目撃し、口を大きく開けて唖然としていたのはハーバートだった。
法治国家の弁護士として、連邦保安官への発砲も、正当防衛の範囲を超えた武力行使も、すべてが「完全な違法行為」であることを誰よりも理解している。
ハーバートは冷や汗を流しながら、丸眼鏡をクイッと掛け直し――すっと静かに後ろを振り向いた。
「……ふぅ。ええ、私は今、完全に壁の絵画に見とれておりましたので。何も見ていませんからね」
そう呟くハーバートの背中は、どこか可笑しく、そして不器用な優しさに満ちていた。
フランの手によって手際よくロープで頑丈に縛り上げられたアーサーは、床に転がされたまま憎々しげに床を睨みつけていた。
荒い呼吸を繰り返し、まだ涙で濡れた顔を伏せているメアリー。そのすぐ横に、衣擦れの音を立ててモネがしなやかに腰を下ろした。
「あんた、しっかりしなさいよ」
モネの低く、けれど温かい声が耳に届く。
「フランに、どんな理由であれ人を殺してはいけないって教えたのは……あんたでしょ」
「モネ……」
メアリーがゆっくりと顔を上げる。その視線の先では、右腕の激痛に耐えながら、アーサーの結び目を固く締め上げているフランの背中があった。
「自分の命より大切に思っているあんたが傷つけられて、あいつが何とも思ってないわけないじゃない。……あいつだって、本当ならあの男をぶち殺してやりたいのよ。だけどね、あんたの言葉があったから……ああやって自分を制御できるようになったの」
モネはふっと柔らかく微笑むと、倒れているアーサーの右手へ顎をしゃくった。
「それに、見てみなさいな。あんな風に右手を撃ち抜くなんて……フランの奴、確実に手首の神経をぶち壊したわね。あの手じゃ、もう二度と銃は握れないわ」
「……えっ……」
「殺さずに、二度と誰も撃てない体にしてやったのよ。あの子なりの『不殺』の引き戻し方ね」
モネはそう言って細い手を差し伸べた。メアリーはその手に応え、支えられながらゆっくりと身体を起こす。




