引き金
木製の重い扉が、蹴り破られるようにして吹き飛んだ。
――ドカァァンッ!!
「メアリーちゃんッ!!」
硝煙と木屑が立ち込める大廊下。
フランの二挺拳銃が火を噴き、躍動する。
アーサーが雇い入れた無法者たちが、血走った目で群がってきた。彼らは連邦保安官のバッジの陰に隠れて殺人を貪る、街の無法者どもだった。
「ひるむな! 殺せ、侵入者だッ!」
「邪魔だあぁぁッ!!」
咆哮とともにフランの銃弾が相手の手首と膝蓋骨を的確に撃ち抜く。凄まじい跳弾の音。肉が削げ、悲鳴が廊下に響き渡る。
かつて裏社会を恐怖で震え上がらせた「殺し屋」の動きだった。だが、今のフランの狙いは命を絶つことではない。
『人殺しなんてしちゃダメよ、フラン!』
頭の中で何度も響く、あの可憐で眩しい少女の声。その言いつけを守るためだけに、フランは殺意を極限まで押し殺し、非致死の部位だけを恐ろしい精度で撃ち抜き続けていた。
「ハーバート! 足を止めるな、ついてこいッ!」
トニーの大型ライフルが激しい重音を奏で、襲い来る私兵たちの盾を粉砕する。
その背後を、汗と泥でスーツを汚したハーバートが必死に追走していた。丸眼鏡の奥の瞳は絶望に怯えつつも、手に持った手帳を強く握り締めている。
「憲法修正第4条違反! 違法監禁に対する正当防衛の行使です! 手出しをする者は全員、連邦裁判所で処罰対象としますッ!!」
怒号と叫び声。硝煙の焦げくさい臭いと、刺さるような硝煙弾雨。
モネの投げナイフが敵の腕を穿ち、影から跳躍したベイルの仕込み杖が喉元寸前で敵を打倒する。
暴力と法律が織りなす圧倒的な突破力。幾多の無法者を叩き潰し、血と硝煙の残骸を乗り越えて、一同はついに奥の重厚な書斎の扉へと辿り着いた。
「メアリーちゃん……今助けるよッ!!」
フランが扉を力任せに打ち破る。
だが――室内に踏み込んだ一同は、呼吸を忘れた。
「……なんだ……これ……」
トニーの口から、煙草がぽろりと落ちた。フランの腕が、力なく垂れ下がる。
――そこにいたのは、助けを待つ弱々しい少女ではなかった。
薄暗い書斎の中央。
あの「不殺」を頑なに貫いてきたメアリーが――我を失い、全身を激しく震わせながら、両手で一丁の古いリボルバーを構えていた。
右手は激しくノックするように震え、それを左手で必死に押し殺すように抱え込んでいる。
そしてその銃口は、椅子に深く腰掛けた連邦保安官アーサーの額の真ん中に、狂気的なまでの近距離で突きつけられていた。
メアリーの瞳から、いつもの太陽のような光は消え失せていた。ただ暗く、底なしの殺意と、憎悪の涙だけが溢れている。
かつて、殺し屋だったフランの手を何度も掴み、「人は殺しはダメ」と引き留めてきた少女。
悪人にすら引き金を引くことを拒み、どれほど傷ついても「誰も死なせない」と甘い理想を笑われても抱え続けてきた少女。
そのメアリーが、今まさに、一線を超えようとしていた。
【数時間前――アーサーの屋敷】
手枷の冷たさが、メアリーの体温と心をじわじわと削り取っていた。庭一面に広がる、処刑された者たちの名前が刻まれた石標。
冷酷な狂気を孕んだ連邦保安官アーサーは、怯えるメアリーを館の書斎へと連れ込むと、壁のガラスケースの前に立った。
「……お前のような犯罪者を処分するのは、私にとって最高の娯楽であり、神への奉仕だ」
アーサーは静かに鍵を開け、中に飾られていた「古い一丁の銀色のリボルバー」を取り出した。
使い込まれ、グリップに小さな擦り傷がついた、どこか見覚えのある銃。
それを見た瞬間、メアリーの息が止まった。
「……あ……カ……」
「ん? これに見覚えがあるか?」
アーサーは嘲笑うように、その銃を指先で弄んだ。
「十年前、私に『お前のやっていることは法ではない、ただの私刑だ』と甘い戯言を抜かしてきた無能な保安官がいた。私はその男を処分し、この銃をコレクションに加えた。……確か名前は、トーマス・スペンサーと言ったか」
「……父……さん……?」
血の気が引き、視界が真っ白になる。
行方不明になり、ずっとずっと探し続けていた、優しかった父親。
「……あんた……お父さんを……私の父を殺したの……?」
「殺した? 違うな、『処分』したのだ」
アーサーの目が、不気味な歓喜で細められた。
「お前は『不殺』などという反吐が出るような甘い理想を掲げているそうだな? 悪を前にして命を奪えぬ者は、悪と同義だ。お前の父親もそうだった。だから死んだ」
アーサーは手枷の鍵を取り出すと、カチャリとメアリーの拘束を外した。
そして――冷たくなった父親の形見の銃を、メアリーの手に握らせた。
「ほら、やれよ。仇を討ちたいだろ?」
アーサーは自ら額を差し出し、薄汚い笑みを浮かべた。
「不殺? 笑わせるな。そんな甘い考えでこの荒野が生きていけるか! ! お前がそのくだらない誓いを捨て、怒りに狂って引き金を引く瞬間が見たい。お前が不殺をやめるきっかけになるなら……この命、喜んでくれてやる!!」
【現在――】
「……殺してやる……っ」
メアリーの唇から、血が滲んでいた。歯が折れるほど強く噛み締めている。
「父さんを……父さんを返せぇぇぇッ!!」
カチリ、と槌を起こす重い音が書斎に響き渡った。指が、引き金にかかる。
「メアリーちゃんッ!!!」
フランがなりふり構わず叫び、メアリーの元へと飛び込んでいった――。




