残された者たち
連んで連れ去られたメアリーの残像と、地面に残された土煙の匂い。『サン・ロザリオ』の賑やかな雑踏の中で、残された4人の時間は完全に止まっていた。
「……メアリーちゃん……」
低く、地鳴りのような声。フランの指先が、激しい怒りと恐れでガタガタと震えていた。
先ほどまでメアリーの笑顔を見つめていたその瞳から完全に生気が消え、代わりに底なしの暗い殺意が渦を巻いている。
「僕の……僕のメアリーちゃんを返せぇぇぇッ!!!!」
――ドォンッ!!
限界を迎えたフランの拳が、すぐ横のレンガ壁を力任せに打ちぬいた。パラパラと崩れ落ちる赤い粉塵と、砕けたレンガ。フランの拳からはじわりと血が滲み出していたが、痛みなど一切感じていないようだった。
「殺す……あのクソオヤジ、絶対に許さない……ッ! 家族ごと、あの男の血筋を全員引き裂いて灰にしてやる……!!」
完全に正気を失い、腰の二挺拳銃を引き抜いて馬車が消えた方向へ走り出そうとするフラン。
「待て、フラン! 落ち着けッ!」
トニーが力任せにフランの首根っこを掴み、強引に引き戻した。
「離してください! トニーさんッ! メアリーちゃんが……あの狂った男の手に落ちたんですよ!? 今すぐ追っ払って、あの男の頭を叩き割らなきゃ……ッ!」
「落ち着けと言ってんだろ! 相手は連邦保安官だぞ!」
トニーは苦々しい顔で叫び返し、唾を吐き捨てた。
「国家のバッジをつけた奴だ。下手に正面から突っ込んで殺せば、俺たち全員が本物の連邦指名手配犯になる! それどころか、メアリーまで『お尋ね者の共犯』としてその場で処刑口実にされるんだぞ!」
「くっ……! だからって、指をくわえて待ってろっていうんですか!?」
「誰も待つなんて言ってねえだろ!! ……だが、相手の連れている手下の眼つきを見たか? あれは保安官の部下じゃねぇ。裏社会の荒くれ者……私兵だ。連邦のバッジを隠れ蓑にした、重武装のアジトに乗り込むようなもんだ」
冷や汗を流しながら煙草に火をつけるトニー。その横で、日傘を優雅に閉じたモネが、氷のように冷たい声で呟いた。
「あら、面倒なことになったわね。……ベイル、あの男の屋敷の場所、探れる?」
「はい、モネさん。3分で街の露店商を締め上げて吐かせます」
ベイルが冷酷な手つきで仕込みナイフの柄を弄ぶ。
全員が武器を取り、非合法な突撃の腹を括ろうとした――その時だった。
「ハァ……ハァ……ッ! さ、探しましたよ……ッ!!」
遠くから、情けない悲鳴のような大声と、猛スピードで駆けてくる足音が響いてきた。見れば、泥だらけの高級靴を履き、スーツのネクタイを曲げ、丸眼鏡を汗でズリ落としそうにしながら、一心不乱に走ってくる男の姿。
「……ハァ……メアリーさん……っ! 私の可憐なメアリーさぁぁぁん……っ!!」
「……あ?」
トニーが素で素頓狂な声を漏らした。フランの眉間には、殺意に混じって猛烈な鬱陶しさが跳ね上がる。
「なんでこんなところに居るんだよ、うっとうしいメガネ……ッ!」
「ぜぇ……ぜぇ……追ってきた……に決まっているでしょう……ッ! あなた方が黙って街を出た後、私は馬を潰す覚悟で追跡したのです……ッ! なのに……っ、なのに街に着いた途端、彼女が黒塗りの馬車に連れ去られるのを目撃して……ッ!」
ハーバートは両膝に手を突き、吐きそうになりながらも、必死に眼鏡をクイッと掛け直した。
「フランさん! トニーさん! メアリーさんはどこです!? あの黒い服の男たちは一体――」
「失せろメガネ! 今はお前の相手をしている暇はないんだ!」
フランがハーバートの胸ぐらを掴み上げ、怒鳴り散らす。
「メアリーちゃんは連邦保安官に連れて行かれた! 僕らはこれからその屋敷に殴り込んで、全員撃ち殺してメアリーちゃんを取り戻すんだ! 邪魔するならお前も撃つぞッ!」
「連邦保安官……!?」
その言葉を聞いた瞬間、ハーバートの表情が一変した。息を荒らげていた男の瞳から、一瞬で「情けない弁護士」の色が消え、鋭い知性の光が宿る。
「……待ちなさい。連邦保安官が、令状もなく、何の正当な手続も踏まずに市民を強制連行した……とおっしゃるのですか?」
「手続もクソもあるか! あのオヤジ、問答無用でメアリーちゃんに手枷をはめて連れて行ったんだ!」
「……ほう」
ハーバートは乱れたスーツの襟元をゆっくりと正した。
「それは重罪ですね。連邦職権の著しい乱用、憲法修正第4条不当な逮捕・押収の禁止への明白な違反、ならびに不法監禁罪です」
ハーバートの口角が、すっと上がった。
「トニーさん、フランさん。あなた方が正面から殴り込めば、確かに『国家への反逆』となり、メアリーさんを救うどころか彼女を永遠の犯罪者に仕立て上げることになります。……ですが、法律の観点から見れば、あの男のやっていることは完全な『不法行為』だ」
「不法行為……?」
「ええ。法律は、不法な侵害に対して『正当防衛』および『自己救出の権利』を認めています。……つまり、私があの男の違法逮捕をその場で告発し、法的に拘束を無効化する宣言を行えば――」
ハーバートは不敵な笑みを浮かべ、胸ポケットから弁護士バッジと手帳を取り出した。
「――あなた方があの屋敷の私兵どもを力ずくで叩きのめそうと、それはすべて『違法な監禁から被害者を救出するための不可欠かつ正当な武力行使』として、法的に100%正当化してみせましょうッ!!」
「……は!?」
フランが呆然と口を開ぐ。トニーは煙草を咥え直すと、フッと楽しげに笑い破った。
「ハハッ……おいおい、急に頼もしく見えてきたじゃねぇか、弁護士サンよ」
「当たり前です! 私のメアリーさんの安全と尊厳がかかっているのですから! ……さあ、行きましょう! その狂った保安官に、合衆国憲法の重さを教えて差し上げます!!」
こうして、愛するメアリーを奪われ狂気に走るフランと、国家権力の裏を掻く法律の申し子ハーバートという、「最強に危険で頼もしい(?)救出タッグ」が結成されたのだった。




