黒い庭園
ガタゴトと車輪が軋む音が、暗い馬車の中に空しく響いていた。
小窓の鉄格子越しに外の風景を眺めながら、メアリーは「きっと自分は、この街の地下牢か何かに連れて行かれるのだろう」とぼんやり考えていた。
流れていく風景は、やがて街の賑わいを離れ、荒涼とした木々が立ち並ぶ人里離れた一本道へと変わっていく。
(……なんで……あたしが何をしたっていうのよ……)
手首にはめられた重く冷ややかな手枷。
その硬い鉄の感触が、じわじわと皮膚から熱を奪い、メアリーの身体を芯から冷やしていく。まるで、心臓の奥まで少しずつ凍りついていくような感覚。
いつもなら強気に笑い飛ばし、どんな逆境でも銃を構えて乗り越えてきた。
けれど、理由も知らされず、仲間と引き離され、一人暗闇の中に閉じ込められている時間は、気丈なメアリーの心を容赦なく削り取っていった。
呼吸が浅くなる。唇を強く噛み締めると、かすかに鉄の苦い味が広がった。
「……トニー……フラン……っ」
弱音を吐きそうになる唇を必死に抑え込む。
やがて馬車が速度を落とし、重厚な鉄格子の門を潜る音が聞こえた。
パタンと扉が開かれ、男たちによって乱暴に引きずり降ろされる。
目の前に現れたのは、牢獄でも警察署でもなかった。
鬱蒼とした森の中にポツンと佇む、黒ずんだ木造の巨大な洋館――連邦保安官アーサー・ギルバートの私邸だった。
「歩け」
背後からアーサーの冷ややかな声が落ちてくる。手枷で繋がれたまま、メアリーはアーサーの後に続いて館の裏手へと連れて行かれた。
そこは、広大な敷地に広がる「庭」だった。
だが――その庭を目にした瞬間、メアリーの足がぴたりと止まった。
息をのむ。
そこには、花も、青々とした芝生もなかった。
ただ、手入れの行き届いた黒い土の上に、寸分の狂いもなく几帳面に並べられた無数の四角い石標が、敷き詰められていたのだ。
墓地ではない。
石標の一つ一つには、名前と日付、そして罪名のようなものが細かく刻まれている。
さらにその脇には、小さなガラスケースが置かれ、その中に「銃弾の痕が残るハットの切れ端」「血の跡がついた靴の拍車」「破れたバンダナ」などが、まるで昆虫の標本のように大切に飾られていた。
風が吹き抜け、異様な静寂が庭を包み込む。
「……な、なに……これ……っ」
肌が泡立つような悪寒。メアリーの声が震えた。
「私がこれまでに『処分』した罪人たちの記録だ」
アーサーは静かにハットを脱ぐと、愛おしむように庭を見渡した。
その瞳には怒りも憎しみもなく、ただ気味の悪いほどの平穏と達成感だけが漂っている。
「名と日付、そして彼らの遺品の一部。……彼らがこの世に残した、歪んだ存在の証立てだよ」
「……こんなの……っ! あんた、自分が何やってるか分かってんの!?」
「狂っている、か?」
アーサーがゆっくりと振り返り、メアリーを射抜いた。
「狂っているのは、お前たちのように他人から平然と平穏を奪う犯罪者どもだ。……私が幼い頃、目の前で両親と兄弟が強盗に殺された。法律も警察も何一つ役には立たなかった。だから私は大人になり、法という刃を手に入れて奴を探し出し、この手で処刑した」
アーサーは自分の手を見つめ、どこか酔いしれるように目を細める。
「その時、理解したのだよ。悪をこの世から消し去る瞬間の、あの至高の静寂と達成感をね。……この石の数だけ、救われた無辜の民がいる。これは私の偉大な業績であり、世界への奉仕だ」
「……っ! 誤認逮捕だってあるんじゃないの!? 私みたいに無実の人間だったらどうするのよッ!?」
「関係ない。害虫が混じっているかもしれない草むらは、丸ごと焼き払うのが最も確実だ。多少の『誤り』など、害虫を野放しにするリスクに比べれば取るに足らん」
アーサーは一切の迷いなく切り捨てると、メアリーのすぐ目の前まで歩み寄り、冷たい指先で彼女の顎をすっと持ち上げた。
そして、死人のような無感情な顔に、スーッと狂気の笑みを浮かべた。
「……安心しろ、メアリー。この中にお前も入るんだよ」




