本領発揮
「ここか……僕のメアリーちゃんの写真を勝手に売っている汚い店は……」
裏通りの怪しげな写真館『シルバー・スタジオ』の前。フランは銃のハンマーを落とし、冷酷な笑みを浮かべて扉に手をかけた。
「よしフラン、まずは中にダイナマイトを一個投げ込んで――」
「待ちなさいッ!! 暴力を振るっては彼らと同類です!!」
突如、背後から大声が響いた。
振り返ると、息を切らしたハーバートと、その後に走ってきたメアリーの姿があった。
「トニー! フラン! あんたたち何しようとしてんのよッ! デートの途中で急に消えたと思ったら!」
息を荒らげるメアリーを横目に、ハーバートは乱れたスーツの襟を正し、胸を張ってフランたちの前へ立ちはだかった。
「フランさん、ここは私にお任せください。この国は法治国家です。不当な肖像権の侵害と不当利益の搾取……法律の力で、この男を完膚なきまでに叩きのめして差し上げます!」
翌日。街の簡易裁判所。
写真屋が雇った悪徳弁護士は、高笑いしながら言い放った。
「ハッ! 肖像権だと!? 戯言を言うな! 荒野の公道で撮影された写真にそんな権利が存在するものか! その女は手配書にも載っていたような『有名人』だ! 撮影も販売も完全に合法だ!」
傍聴席でフランが銃を抜こうとするのを、トニーが必死に抑え込む。
だが、原告席に立つハーバートは、一切動じずに眼鏡の縁をクイッと押し上げた。
「……愚かですね。1879年の最新判例、ならびに州民法第74条をお忘れですか?」
ハーバートの凛とした声が法廷に響き渡る。
「たとえ公道であっても、個人の容姿を無断で商業利用し利益を得る行為は『人格権の侵害』に当たります。さらに! 彼女が着ていたのは、危険を賭して店を守った際のドレス姿だ! あなた方は彼女の『美しさ』と『尊厳』を盗み、金に変えたのだ!! 彼女の美しさは、あなた方のような亡者に切り売りされるための公共物ではないッ!!」
熱弁を振るうハーバートの圧倒的な法知識と論理展開に、相手の悪徳弁護士は言葉を失い、冷や汗を流して絶句した。
「判決! 被告は即刻ブロマイドの販売を停止し、原板を没収。これまでの全利益120ドルを原告へ賠償金として支払うこと!」
裁判長がカンカンと木槌を鳴らす。完全勝利だった。
「……すごかったわね、メガネ。あんた、口だけじゃなくて本当にすごい弁護士だったのね……っ」
その夜。街の居酒屋にて。
裁判に勝ち、没収したネガと賠償金を回収したメアリーたちは、ハーバートを囲んで「お疲れ会」を開いていた。
「フッ……当然です。私の愛するメアリーさんのためなら、連邦最高裁判所だってひっくり返してみせますよ!」
ハーバートは上機嫌で、差し出される酒をガンガンと煽っていた。
だが――東部のエリート弁護士である彼は、荒野のきついウイスキーにはめっぽう弱かった。
「めぁりーさん……私は……あなたと……ずっと……」
数杯飲み干したところで、ハーバートは赤ら顔でろれつが回らなくなり、そのままドサッとテーブルに突っ伏して、グーグーとイビキをかき始めてしまった。
「やれやれ。口ほどにもねぇな、弁護士サンは」
トニーが苦笑しながらウイスキーを口に運ぶ。フランはフンと鼻を鳴らしつつも、泥酔して眠るハーバートに上着をかけてやった。
「……行くわよ、みんな」
メアリーが静かに立ち上がった。
荷物はすでにまとめてある。彼を起こして別れを告げれば、きっと彼はまた寂しがり、追ってくると言い出すだろう。だからこそ、何も言わずに去るのが彼らのやり方だった。
「先に表で馬を引いて待ってるぜ」
トニー、モネ、ベイル、そしてフランが、配慮するように先に店を出ていく。
店内には、倒れて眠るハーバートと、メアリーの二人だけが残された。
メアリーはゆっくりとハーバートの横へ歩み寄る。
月明かりが差し込む窓辺で、規則正しい寝息を立てる丸眼鏡の男。
いつも「メガネ」と呼び、煙たがり、照れ隠しで怒鳴ってばかりいた。
けれど、命懸けで守ってくれようとしたこと。自分を全肯定してくれたこと。そして、法廷で自分のために戦ってくれたこと――。
メアリーは静かに腰を落とし、ハーバートの耳元へ、すっと顔を近づけた。
誰も聞こえない、夜の静寂に溶けていくような小さな声で。
「……ありがとう。ハーバート」
初めてその名前を呼んだ。
ふっと柔らかく微笑むと、メアリーは一度も振り返ることなく、カウボーイハットの庇を深く被り直し、夜の荒野へと足を踏み出していった。
「……ん……うぅ……」
眩しい朝日に目を覚ましたハーバート。
頭を抱えながら起き上がると、テーブルの上には「1万ドルの手配書無効の手続き書類」と、メアリーのブロマイド写真が一枚だけ残されていた。
そして、彼女たちの姿はもうどこにもない。
ハーバートは一瞬寂しげに目を細めたが……すぐにメガネをクイッと掛け直し、ニッと不敵に微笑んだ。
「フッ……無言の別れとは、実に彼女らしい。……待っていてくださいね、私の可憐なメアリーさん。このハーバート・チェスター、どこへ行こうとあなたを追いかけて見せますから!」




