嫉妬
壁のレンガに爪を立て、血を吐くような勢いで悔しがるフランの背後から、足音もなくぬっと影が忍び寄った。
「ハハッ……探偵ごっこですか? これ、モネさんからです」
ふいに声をかけてきたのは、モネと一緒に行動していたはずのベイルだった。
いつの間にかトニーのすぐ隣に滑り込んでおり、軽蔑混じりの冷ややかな視線をフランに向けつつ、トニーへ小さく折りたたまれたメモ用紙を手渡す。その背中には、かつて裏社会を震撼させた殺し屋の無駄のない気配が漂っていた。
「ベイル……ッ! お前どこから湧いて出たんだよ! モネさんはどこにいるんだ!?」
「モネさんは『暑いからカフェのテラスで冷たいレモネードでも飲んでるわ』とおっしゃっていました。僕をこんな暑苦しい男どもの付き添いに行かせるなんて……あぁ、モネさんの意地悪なところも本当に愛おしい……」
うっとりと頬を染めて自分の世界に入るベイル。
トニーは呆れ顔で吐息を漏らしながら、受け取ったメモを開いた。
そこに書かれていたのは、モネの流麗で美しい筆跡の短文と、一枚の安っぽい紙きれだった。
「……ほう」
メモと紙きれを目にしたトニーの口角が、フッと楽しげに上がった。
まだ噴水前のカフェで、ハーバートに勧められた高級パフェに「な、何よこれ美味しいじゃないの……っ」と顔を赤くしてパクついているメアリー。
そして、それを物陰から「あのメガネ、絶対に許さない……メアリーちゃんに甘いものを与えて釣ろうなんて甘いんだよ……ッ!」と目を血走らせて凝視しているフラン。
トニーは笑みを浮かべたまま、フランの怒りに震える肩へポンと重い手を置いた。
「そんなお前に、とっておきの仕事だ」
「……は? なに言ってんだよ、トニーさん! 僕は今、あのメガネがメアリーちゃんの手に触れた瞬間にその指を全部撃ち抜く準備で忙しいんだ」
「まあ見ろって。モネからの差し入れだ」
トニーが突きつけたのは、モネから渡されたばかりのその「紙きれ」――手刷りの小さなチラシだった。
そこに印刷されていたのは、なんと色鮮やかなドレスを着て、二挺拳銃を構えながら凛々しく微笑むメアリーの写真だった。
下部には大々的なキャッチコピーが躍っている。
『荒野に咲く一輪の野ばら! 銃撃戦の奇跡! 謎の美少女ガンマン・メアリーちゃんブロマイド! 1枚50セントで大好評発売中!』
「……なに、これ……?」
フランの動きが、ピタリと止まった。
「さっき写真屋の露店で売られてるのをモネが見つけてな。昨日のレストラン『レ・フルール』の銃撃戦の真っ最中に、物陰に隠れてた写真屋が勝手に撮ったらしい」
トニーは面白そうに顎を擦った。昨日の騒動の中、ドレス姿で無双していたメアリーの姿が、バッチリ写し出されていたのだ。
「誰の許可を得て……僕のメアリーちゃんの写真を……商品化してるんだよ……?」
フランの全身から、先ほどの嫉妬どころではない純度100%の殺気が噴き出した。周囲の空気が一瞬で氷点下まで冷え込む。
「モネのメモにはこう書いてある。『この写真屋、メアリーのブロマイドで今朝だけで100ドル以上儲けてるそうよ。メアリーの肖像権とやらで、がっぽり回収しに行きましょう』だそうだ」
「……行く。今すぐ行く」
フランはハーバートへの殺意を一時中断し、バチバチと火花を散らす瞳で街の裏通りを睨みつけた。
「僕のメアリーちゃんの可愛いドレス姿を勝手に写真に撮って、あまつさえ見知らぬ男たちに売り捌くだなんて……万死に値する。その写真屋、店ごと灰にしてやる……!!」
「おいおい、店を燃やすなよ。金が回収できなくなるだろ」
トニーが苦笑いしながら立ち上がり、腰のホルダーの位置を確かめる。
ベイルもどこからか取り出した仕込みナイフを指先でクルクルと回しながら、冷酷な笑みを浮かべた。
「モネさんからのお願いですからね。邪魔する奴は僕が喉笛を掻き切ります」
こうして、メアリーがハーバートとの甘酸っぱい(?)パフェデートを楽しんでいる裏で――
メアリーの写真を勝手に売って大儲けしていた悪徳写真屋のもとへ、嫉妬に狂う美青年、呆れつつも金を回収したい兄貴分、そして冷酷な暗殺者という最悪の3人が殴り込みに向かうのだった。




