初めてのデイト
フランにガシガシと肩を揺さぶられ、みんなの声掛けでようやく「ハッ!」と我に返ったメアリーは、真っ赤な顔を誤魔化すようにバッとハーバートを指さした。
「〜〜〜っ! な、なに言ってるのよあんた!! あたしが欲しいのはあんたの愛じゃなくて、『1万ドルの手配書の撤回』と『5000万ドルの賠償金取り消し』なのッ!!」
ハーバートは丸眼鏡の奥の目を柔らかく細めると、ポケットから高級な万年筆と小さなメモ用紙を取り出した。
「では――私とデートをしていただきたい」
「……へっ!?」
メアリーが拍子抜けした声をあげる。ハーバートはサラサラとメモに何かを書き込みながら、穏やかな口調で続けた。
「それをしてくだされば、手配書の無効手続きも、5000万ドルの損害賠償請求の完全取り消しもお約束しましょう」
「えっ……デ、デート……!?」
動揺して挙動不審になるメアリーの横で、モネが扇子で口元を隠しながらくすりと微笑んだ。
「まあ。それくらいで手配書も賠償金もナシにしてもらえるなら楽勝じゃない。受けておきなさいな」
「モ、モネ!? 楽勝って……っ!」
アタフタと顔を赤くするメアリーを横目に、ハーバートは書き終えたメモを優雅に折りたたみ、メアリーの手にそっと握らせた。
「明日の正午、中央広場の噴水前でお待ちしております」
それだけ言い残すと、ハーバートは優雅に一礼し、颯爽とボロボロのレストランを後にしていった。
その夜。宿屋の部屋。
月明かりが差し込む窓辺で、メアリーはベッドの上に座り込み、膝を抱えて深々とため息をついていた。
「はぁぁぁ〜……。明日のデート、どうしよう……」
いつもの強気な顔はどこへやら、完全に恋に悩む乙女そのものの顔で困り果てている。
鏡の前で夜のお肌のお手入れをしていたモネが、呆れたように振り返った。
「なあにあんたらしくない。今日みたいな格好で行けばいいじゃない! 多少ちゃんとした格好すれば、あたしまではいかないにしてもイケてるんだからっ」
「で、でも……っ」
メアリーは小さく首を振った。
「あれはモネに無理やり着せられたドレスだし……。あたし、普段はあんな綺麗な服なんて着ないじゃない? なんだか、嘘をついてるみたいで……」
自分の本当の姿を見せたら幻滅されるのではないか――そんな不安に小さくなるメアリーを、モネは可笑しそうに見つめていた。
翌日、昼。
カンカンと陽が照りつける中央広場。
ハーバートはビシッと仕立ての良いスーツを纏い、約束の時間の二十分前から噴水の前で待っていた。
そこへ、人の波を割って歩いてくる一人の人影。
フリンジのついた革のベストに、履き古したジーンズとブーツ。腰には二挺拳銃のホルスター。そして頭にはすっぽりと被ったカウボーイハット。
いつもの、荒野のガンマンとしてのメアリーの姿だった。
ハーバートのすぐ横を、メアリーが緊張した面持ちでスッと通り過ぎようとする。
「……?」
一瞬通り過ぎかけたハーバートだったが、ハッと振り返った。
「メアリーさん……っ!?」
立ち止まったメアリーは、カウボーイハットの庇を少し持ち上げ、申し訳なさそうに視線を泳がせた。
「……あたし、いつもはこんな格好だから……」
ドレス姿を期待していたならガッカリしただろう、とメアリーが俯きかけた――その時。
「なるほど……!! 昨日のあの強さの理由が分かりました!!」
ハーバートの顔がパッと輝いた。丸眼鏡の奥の瞳には、失望どころか惜しみない称賛と感嘆の色が宿っている。
「では行きましょうか!」
「え? い、いいんですか……こんな格好で……?」
驚くメアリーに、ハーバートは極上の笑みを向け、優雅に手を差し伸べた。
「いいですとも! あなたと過ごせる時間だけで、十分です!」
「……え……っ」
ド直球な言葉に、メアリーの頬が一瞬でボッと真っ赤に染まる。帽子を目深く被り直して照れ隠しをするメアリー。
――そして、その微笑ましい光景を、広場のレンガ造りの建物の陰から、血走った目で見つめる男たちがいた。
「許さない……絶対に許さないぞあのメガネ……ッ!! メアリーちゃんの横を歩いていいのは僕なんだぁぁぁッ!!」
フランが物陰から身を乗り出し、壁のレンガに爪を立ててギリギリと怒りで震えている。手にはしっかりと拳銃が握られていた。
「あはははは! 落ち着けってフラン! ほら、ジュースでも飲んで頭冷やせよ」
トニーは隣で冷たい水を喉に流し込みながら、ひっくり返りそうになりながら大爆笑している。フランの肩をポンポンと叩いて慰めているが、その目は完全に面白がっていた。
「いやぁ〜、あんな顔するメアリー、初めて見るなぁ!」
人目も憚らず照れまくるメアリーの姿を、完全に他人事として楽しむトニー。
「笑い事じゃないでしょトニーさんッ!! あんな奴のどこが良いの!? 僕の方が100倍美形だし、ドレスだって似合うのにッ!!」




