人助け
――バババババンッ!!!!
直後、頭上を銃弾の嵐が吹き荒れ、背後の木製柱や高級な壁画が激しく弾け飛んだ。硝煙のツンとした匂いと木の粉塵が充満する。
「……っ!!???」
そして、メアリーの腕の中で、ハーバートの思考は完全にフリーズしていた。
視界を埋め尽くす、ドレスの柔らかい絹の質感。
そして何より、露わになったメアリーの豊かな胸元に顔をすっぽりと埋められた状態――。
ふわりと漂う温かい体温と石鹸の香りに、ハーバートの顔は耳の先まで一瞬で大赤面、爆発寸前となっていた。
だが、その天国のような光景を――テーブルの向こう側から血走った目で見つめる男が一人。
「ちょっ……!! トニーさん!! 僕のメアリーちゃんの胸にッ!! 男が……男がぁぁぁッ!!!!」
普段の中性的な面影はどこへやら、フランが髪を逆立て、狂気じみた顔で叫んだ。
「あははは!! やるなぁ、あいつ!!」
トニーは大爆笑しながらテーブルの下に潜り込む。
「笑い事じゃないですよ!!! あの眼鏡、今すぐぶっ殺してやる!! あの顔面を消し飛ぶまで撃ち抜いてやるーッ!」
「いやいや、それより今はこっちだろ!」
トニーが銃を構えて叫ぶと同時に、店内に激しい銃撃戦の火蓋が切って落とされた。
「ふふ、お食事の続きは全員地獄に送ってからね」
「モネさん、僕が弾除けになります! あなたのドレスにホコリ一つつけさせません!」
モネが妖艶に仕込み銃を構え、ベイルが狂愛の瞳でナイフと銃を両手に臨戦態勢に入る。
銃弾が飛び交う『レ・フルール』の店内は、一瞬にして死線と化していた。
「ひぃぁぁぁッ!? 銃弾が! 銃弾が私の高級スーツをかすめたぁぁッ!」
メアリーの胸元に顔を埋めたまま叫ぶハーバートを、メアリーは片腕でガシッと抱え込んだまま、もう片方の手で腰のリボルバーを引き抜いた。
――ババァンッ! バンッ!!
「騒ぐんじゃないわよメガネ! 舌噛んで死にたいの!?」
メアリーの放った弾丸が、給仕用のワゴンを盾にして迫ってきた男の肩と膝を正確に撃ち抜く。倒れ込む無法者の叫び声をかき消すように、今度は店の奥から三人の男が同時にライフルを構えた。
「死ねぇッ、荒野のドブネズミどもがッ!」
「……誰をドブネズミって言ったのかしら?」
暗闇からぬっと現れたのはモネだ。仕込み刀の銀色の一閃が走り、先頭の男のライフルの銃身が、まるで竹かごのように真っ二つに切り落とされる。
「ひっ――!?」
「ベイル、仕上げなさい」
「はい、モネさん!」
モネの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ベイルが影のように躍り出た。手にした二本のディナーナイフが、電光石火の速さで男たちの手首と急所をかすめていく。天才殺し屋の無駄のない動きに、男たちは悲鳴をあげる暇もなくその場に崩れ落ちた。
「モネさん! 僕のナイフさばき、見ていてくれましたか!?」
「ええ、とても綺麗だったわよ、ベイル」
「うれしいです……! あなたの言葉だけで、僕はあと百人は殺せます!」
狂愛の笑みを浮かべるベイルを横目に、一番大きなシャンデリアの真下では、トニーが二挺拳銃を荒々しくぶちかましていた。
――ドォン! ドドォンッ!!
「へっ、成金レストランのシャンデリアも、たまには役に立つじゃねぇか!」
トニーが撃ち抜いたチェーンから切り離され、巨大なガラスのシャンデリアが無法者たちの頭上へ落下する。ガッシャン!! という凄まじい砕裂音とともに、残っていた男たちの半分が悲鳴を上げて下敷きになった。
そして――最も恐ろしい『惨劇』を引き起こしていたのは、嫉妬に狂ったフランだった。
「僕のメアリーちゃんに……あの男の汚い顔面が……触れている……ッ!!」
――ババババババンッ!!
小型ショットガンとリボルバーを両手に持ち、悪魔のような冷酷な笑みを浮かべながら間詰めで弾丸を叩き込む。その圧倒的な殺気と連射速度に、無法者たちは戦意を完全に喪失し、「ひぃぃッ! 悪魔だ! 綺麗な顔した悪魔が出たぞーッ!」と悲鳴を上げて逃げ惑った。
「逃がさないよ……全員、僕のイライラの犠牲になってもらう……!」
数分後。
店内を埋め尽くしていた十数人の無法者たちは、全員が地に伏せる結果となった。
硝煙の匂いと、割れたワイングラスの甘酸っぱい香りが充満する中、静寂が戻ってくる。
「……ハァ、ハァ……! ふぅ、片付いたかい……?」
フランは荒い息を吐きながら、手にした銃の硝煙をふっと吹き消した。そして、その目が血走ったまま、ターゲットのハーバートを捉える。
「さて……締めはお前だ。ぶち殺してやる!!」
銃のハンマーを再び起こし、鬼の形相でハーバートの元へ猛ダッシュで詰め寄るフラン。
だが――。
「……ふぅ。命拾いをいたしました」
いつの間にかメアリーの胸元から抜け出していたハーバートは、乱れた髪を手のひらでサッと整え、埃を払ってパリッとしたジャケットの襟を直していた。
そして、フランが銃口を突きつけるよりも早く、洗練された動作でメアリーの前に優雅にひざまずいたのだ。
「……メアリーさん」
ハーバートは丸眼鏡の奥の瞳を熱く燃え上がらせ、うっとりとした表情でメアリーを見上げた。
「こんなに美しく、強く、魅力的な女性は見たことがない。どうか私の伴侶になってください」
そう言うやいなや、ハーバートはメアリーの右手をそっと取り、その素肌に、誓いを立てるように優しく――チュッとキスをした。
それを見たフランは、思わずゲラゲラと大爆笑した。
「はっはっは! 殴られろ殴られろ! 僕は同じことをして何回も何回も殴られたんだからな!!」
「そうだぞメアリー! その気障なメガネの顔面を拳銃のグリップで殴り飛ばして――」
トニーが期待に満ちた目で叫びかけた、その時だった。
「……あ……っ」
メアリーの手が、ピクッと固まった。
金髪のポニーテールの下、その真っ白な頬が、見る見るうちに熟したリンゴのように真っ赤に染まっていく。メアリーは目を丸く見開いたまま、自分の手首を握られた姿勢のまま、固直してしまったのだ。
「……ちょッ……ちょっとメアリーちゃん!???」
血相を変えてそばに駆け寄るフラン。
「い、いや……だって……っ!」
メアリーは真っ赤な顔で目をあちこちに泳がせながら、蚊の鳴くような声で呟いた。
「そ、そんなこと言われたの……初めてで……っ」
「いやいや!! 僕! 僕は毎日のように『愛してる』とか『綺麗だ』とか言ってきたじゃないか!!」
フランが髪をかきむしりながら叫ぶ。
そんな地獄絵図のような惨状を、モネは仕込み刀をサッと収め、扇子で口元を隠しながら、心底楽しそうにくすくすと笑った。
「ふふ、いつも筋肉むきむきでガサツな男たちに囲まれてると、ああいう繊細なタイプにおちたりすんのよね〜」
「ちょっとモネ、人事だと思って言わないでよ! ていうか僕も繊細だよ! 美少年だよ!?」
フランは半狂乱になりながら、硬直したままのメアリーの肩をガシガシと揺さぶった。
「メアリーちゃん!! しっかりして!! 僕を見てぇ!! こんなに美しい男なんてめったにいないんだよ!? そいつじゃなく、僕をみてよぉぉお!!」
真っ赤な顔のままパニックになるメアリー、泣きつきながら叫ぶフラン、高笑いするトニーとモネ、そしてメアリーの手を取ったままドヤ顔を浮かべるハーバート。
かくして、高級レストラン『レ・フルール』の夜は、銃撃戦以上のカオスに包まれながら更けていくのだった――!




