攻防戦
――バァァァンッ!!!!
高級レストラン『レ・フルール』の重厚なオーク材の扉が、蹴り破られるようにして荒々しく跳ね開いた。
静まり返っていた店内に踏み込んできたのは、十数人の屈強な男たち。全員が手袋をはめた手でライフルや大型リボルバーを握りしめ、ギラついた野良犬のような目を光らせている。
「ヒッ……!?」
「きゃあああああッ!!」
バイオリンの優雅な調べは一瞬で悲鳴にかき消され、ドレスやタキシードを纏った上流階級の客たちは、弾かれたように席を立って我先にと出口へ押し寄せた。悲鳴とグラスの割れる音が店内に満ちる。
「おい!! そこの眼鏡!!」
無法者の先頭に立つ巨漢が、怒号とともにハーバートを指さした。
「お前だろ!! 破格の5000万ドルなんて損害賠償を俺たちのボスに請求したのは!!! お前のせいでボスがお怒りなんだよ!! お前を消して、そのナメた損害賠償も書類ごと消してやる!!」
「わ、私は正当な法的請求をしたまででっ!! あなたがたが、街の店を荒らしたからでしょう……!!」
ガタガタと膝を震わせながらも、ハーバートは歪んだ眼鏡を指先で必死にかけ直し、弁護士としての意地で言い返した。
だが、店内がパニックのどん底に陥る中――ハーバートの目の前のテーブルだけは、時間が止まったかのように静かだった。
逃げ惑う客たちをよそに、メアリー一行は誰一人として席を立たない。
トニーは渋い顔でスープを口へ運び、フランは優雅にフォークを動かし、ベイルはモネのグラスにワインを注ぎ足している。
「ああ……? なんだあ、こいつらは。ビビって動けねぇのか?」
男たちの一人がニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、ゆったりとテーブルへ近づいてきた。
そして、胸元が大きく開いた艶やかなドレス姿のモネの肩へ、馴々しくその汚い手を伸ばし、ガシッと掴みかかる。
「ククク……いい姉ちゃんがいるじゃねえか! 俺たちが可愛がってやろう! こっちに来い」
男の放つ酒と汗の匂いが鼻をつく。
モネは逃げる素振りすら見せず、ふんわりと、どこか愛おしむような瞳で男を見上げ――、
「そんな安い女じゃなくてよ?」
鈴を転がすような甘い声が届いた、次の瞬間。
――チャキンッ。
鋭い金属音が静寂を切り裂いた。
モネの袖口から閃光が走り、男の肩にかかっていた手が、まるで熟した果実のようにぽろりと宙を舞う。
「ぐ、あ……あ、あああああああッ!? 俺の手がぁぁぁッ!?」
「騒がしいわね。せっかくの最高級フィレ肉の味が落ちるじゃない」
モネは仕込み刀に付着した血を、白磁のような美しさの残るシルクのナプキンで優雅に拭うと、ワイングラスを傾けたのだった。
「な……なんなんだ、その女は……ッ!?」
肩から先を失い、血の海で地べたをのたうち回る仲間を見て、男の一人が顔を真っ青にして後退った。
だが、すぐに血走った目で店内の奥を睨みつける。
「――それより、この男だ!! 来い、お前!!」
髭面の男がドカドカと踏み込み、ガシッとハーバートの胸グラを掴み上げた。
「ひっ、ひいいぃっ!?」
――ガタッ!!
激しい音を立てて、メアリーが勢いよく立ち上がった。
テーブルの上のステーキナイフをひったくるように手に取ると、その刃先を一切の迷いなく髭男の喉元へ突きつける。
「おいおいメアリー。落ち着いて食事しようぜ。そんな男なんか、他人だろうが」
トニーがスープ皿に視線を落としたまま、呆れたような声を出す。
だがメアリーはその言葉に一切耳を貸さず、金色の長い髪を激しく揺らし、溢れ出る正義感で男を鋭く睨み上げた。
「この人が嫌がってるでしょ! それに話を聞いたところ、悪いのはあなた達の方じゃないの!?」
華やかなドレスを纏い、胸元を大きく覗かせた金髪の少女。そんな可憐な姿のメアリーを見て、荒くれ者が恐怖を感じるはずもなかった。
「なんだぁ〜? この 可愛い姉ちゃんも一緒に行きたいってことか〜?」
髭男は下品な笑みを浮かべ、あつかましくもメアリーの豊かな胸元へ向かって分厚い手を伸びしてきた。
その瞬間――
――シュッ。
目にも留まらぬ速さで、メアリーの手首が跳ねた。
銀色の刃が流れるような滑らかさで男の首元へ滑り込む。
「つっ……!?」
スッと薄い皮が切れ、首筋からツゥーッと一筋の赤い血が流れ落ちた。
冷や汗が一気に男の額を伝う。
「……これ以上やるなら、もっと痛い目を見るわよ」
背筋が凍りつくようなメアリーの冷徹な眼光に、流石の無法者も完全に怯んだ。
「あ……ああ、分かったよ。行くぞお前ら……!」
男は血を拭いながら、舌打ちをして背を向けた。
ハーバートはその一部始終を、息をのんで固唾をのんで見守っていた。
だが――男の足が止まる。
手榴弾か、隠し銃か。男が狂気じみた顔でガバッと振り返るその瞬間、誰よりも早く異変に気づいたのはメアリーだった。
「しまっ――しゃがみなさいッ!」
メアリーは咄嗟にハーバートの頭を力任せに引き寄せ、そのまま自分の胸元へ抱きかかえる形で、素早く姿勢を低くしゃがみ込んだ。




