過酷なマナー
バディを廃小屋に隠したメアリーたちがやってきたのは、街の景色から浮きまくっている異様な建物だった。
白磁のレンガに磨き上げられたガラス窓。看板には金文字で『レ・フルール』と刻まれている。
鉄道バブルで湧く成金たちが集う、本場ヨーロッパを模した超高級フランスレストランだ。
手配書を訂正できる権限を持つ「鉄道会社の特派員」と「地方裁判所の判事」が、今夜ここで極秘の晩餐会を開いているという情報を掴んだのだ。
だが――。
「止まりなさい。当店は……そのような貧相な格好のお客様の出入りはお断りしております」
入り口に立つ支配人らしき人物が、白手袋をはめた手で制止し、心底汚いものを見るような目をトニーたちに向けた。
店内からは、香水とバターの濃厚な香り、そして上品なバイオリンの調べが漏れ聞こえてくる。
「なんですってぇ!?」とブチギレるメアリー。
だが、ここでフランがすっと前に出た。
「失礼なヤツだな。見た目で僕たちが『ドレスコード』を満たせば問題ないのでしょう?」
数分後。
店内の端のテーブルには、慣れない高級スーツやドレスを無理やり着せられた5人の姿があった。
「ぐ……っ、苦しい……! 首が絞まる……革ジャンに戻らせてくれ……」
トニーは仕立ての硬いシャツの襟ぐりを指で引っ張り、今にも死にそうな顔で息を吐いている。
一方、テーブルの上に並べられたのは、銀色に輝くナイフとフォークの山だった。
「ねぇモネ……なんでナイフが3本もあるのよ? どれでステーキを刺せばいいわけ!?」
メアリーが小声でパニックになりながらフォークを鷲掴みにすると、隣のモネが扇子でペシッ! とメアリーの手の甲を叩いた。
「バカねメアリー。外側から順番に使うのよ。あと、スープを飲む時にズルズル音を立てないこと。そんな豚みたいな音を立てたら、情報収集どころか叩き出されるわよ」
「痛っ! あんたなんでそんな詳しいのよ!」
「ふふ、育ちが良いものでね」
ベイルに至っては、慣れないフォークで細切れの肉と悪戦苦闘し、つるんと滑った肉の塊が、向かいのトニーのハットの上にポスッと着地していた。
「……おいカル、俺の頭に肉を載せるな」
「……すまん。銃より扱いが難しい」
そんなカオスなテーブルで、フランだけが優雅にワイングラスを傾け、通りかかった給仕を呼び止めた。
「ちょっと君。この『1865年産のボルドー』、酸味が強すぎるよ。保存状態が悪くて劣化してるか、ラベルを貼り替えた偽物じゃないかい?」
「えっ……あ、も……申し訳ありませんッ! 確認して参ります……っ!!」
すました顔で店の不正を暴き、店員を青ざめさせるフラン。
マナーのスパルタ指導と高級料理の味に困惑する彼らのテーブルに、コツコチャと硬い靴音を響かせて一人の男が近づいてきた。
バリッと糊のきいた三つ揃いのスーツ。胸ポケットには金鎖の懐中時計。
そして、細い金縁の丸眼鏡の奥から、冷徹で知性あふれる瞳がメアリーたちを見下ろしていた。
「失礼。あまりにも賑やか……いや、品のないお食事でしたので、気になって参りました」
男はそう言うと、手袋をすっと外し、洗練された動作で名刺をテーブルに置いた。
「はじめまして。私は鉄道会社の法務顧問を務めております、弁護士のハーバート・チェスターと申します」
メアリーは身構えた。
「弁護士……? あんたがあの『1万ドルの手配書』を出した奴の仲間ね! ちょうどいいわ、あの手配書は電信の打ち間違いよ! 今すぐ撤回しなさい!」
メアリーが身を乗り出すと、ハーバートはクスッと不敵に笑い、ポケットから一枚の羊皮紙――法律の書類を取り出した。
「おや、お嬢さん。感情論で法は動きませんよ」
「な……なんですって!?」
「仮に電信の打ち間違いであったとしても、公文書として発行され、インクが乾いた手配書は『法的効力』を持ちます。そして……あなた方は先ほど、その1万ドルの容疑者バディ・スミスを匿い、市民の正当な逮捕行為を銃撃によって妨害しましたね?」
ハーバートは丸眼鏡の位置をクイッと直すと、スラスラと難解な法律用語を叩きつけ始めた。
「これは州刑法第32条『重罪犯の秘匿および逃走援助』、さらには不法な威嚇射撃による『公務執行妨害罪』に該当します。……私が今ここで警察を呼び、あなた方を告訴した場合、どうなるか分かりますか?」
トニーが渋い顔で眉をひそめる。
「……どうなるんだよ、ペン回しのお兄さん」
「簡単ですよ。あなた方は全員逮捕。免責のための保釈金および、被害を受けた町民への損害賠償金……概算で一人あたり1,000ドル、計5,000ドルの支払いが命じられます。払えなければ、数年間は連邦刑務所でタダ働きですね」
「「「ご、ごせんどるぅぅぅ!???」」」
メアリーとトニーの顔から、一気に血の気が引いた。
銃で撃たれても平気な顔をする荒野のガンマンたちが、たった一枚の「法律の書類」と「損害賠償」という目に見えない弾丸の前に、完全に白旗を揚げかけた瞬間だった――




