最新文明
乾いた西部の風が、街頭のホコリと馬糞の匂いを巻き上げていた。
メアリーたちの足が止まったのは、新設されたばかりのレンガ造りの建物――『ユニオン電信局』の看板の前だった。
――カタカタカタ! カタカタカタカタッ!!
開け放たれた窓から漏れ聞こえてくるのは、金属が高速でぶつかり合うような奇妙な不協和音。
モールス電信機が吐き出すその音は、荒野のガンマンたちにとって「文明」という名の、どこか落ち着かない異物の音だった。
「なにこの音! 頭がキーキーしてくる!」
メアリーは金髪のポニーテールを揺らし、不快そうに眉をひそめた。
その隣で、電信局の掲示板に貼り出されたばかりのできたての指名手配書を眺めていたフランが、くすりと小さく喉を鳴らす。
手配書の紙からは、まだ生々しい黒インクと湿った紙のツンとした匂いが漂っていた。
「ねぇ、メアリーちゃん。これ、見物だよ」
「ん? なに? ……えッ!?? 1万ドル!!?」
メアリーの叫び声が木造の街並みに響き渡り、通りを歩いていた馬がブルルと鼻を鳴らした。
手配書に印刷されていたのは、おどおどとした情けない顔の男の写真。そしてその下には、目を疑うような数字が躍っていた。
『指名手配:バディ・スミス』
『罪状:不法侵入および窃盗』
『懸賞金:$10,000.00』
「1万ドル!? 1万ドルって言ったら、ちょっとした金鉱が一山買える値段じゃない! このバディってやつ、一体何をやらかしたの!? 銀行でも爆破したの!?」
「いや……罪状の欄を見てみな」
トニーが煙草の煙をふぅーと吹きかけながら、長い指先で手配書を指し示した。
「『農家の鶏小屋より、雌鶏一羽を強奪』……だとよ」
「はぁぁぁ!? 鶏一羽で1万ドルぅ!?」
目を丸くするメアリーの横で、モネが優雅に扇子をパチンと閉じ、あきれたように吐き捨てた。
「……あのおバカなオペレーターね。電信の打ち間違いよ。『$100.00(100ドル)』の小数点を打ち忘れて、そのまま『$10,000.00』で全米に送受信しちゃったんだわ」
カチャリ、と背後でライフルを背負い直す音がした。ベイルだ。緑色の瞳を細め、街の角を警戒している。
「……笑い事じゃないぞ。電信の速度は馬より速い。この『1万ドル』の大誤報は、もう全米中の賞金稼ぎの耳に届いてる」
――ギャアアアアアッ! 助けてくれぇぇぇ!!
突如、街の路地裏から絶叫が響き渡った。
ドタバタと土煙を上げて逃げてきたのは、つぎはぎだらけのオーバーオールを着た、痩せこけた男――手配書の男、バディだった。
その背後からは、血走った目をした数十人の男たちが、つるはしや猟銃、果てはフライパンまで手に持って追いかけてくる。
「待てぇぇ! 俺の1万ドルッ! いや、俺の金脈ぅぅッ!」
「あの野郎の首を獲れば、一生遊んで暮らせるぞーッ!」
熱気と汗、そしてギラギラとした欲望の匂いが街頭に充満する。
「うわあああ! 俺はただ! 夕飯のおかずにニワトリを一羽盗んだだけなんだぁぁぁ!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたバディが、メアリーの足元に滑り込んできた。すがるようにメアリーのブーツにしがみつく。
「助けてくれお嬢さん! 俺、1万ドル分の悪事なんて働く度胸ないよぉぉ!」
「ちょっと、汚い手で触らないでよ! ……あーもう、鬱陶しいわねぇ!」
迫り来る暴徒と化した町民たちに対し、メアリーは両腰の腰縄から二挺拳銃を鋭く引き抜くハメになった。
――バァン! ババァンッ!!
乾いた銃声が空を切り裂き、追っ手たちの足元の土煙が弾けた。
「ひぃっ!?」
「全員止まりなさいッ! このマヌケはただの『100ドル』の鶏泥棒よ! 目を覚ましなさいッ!」
メアリーが叫ぶが、一獲千金に狂った群衆の耳には届かない。
「嘘つけ! 手配書には1万ドルって書いてあるぞ!」
「そんなこと言ってお前が賞金もらう気だろう!!」
と銃口を向けてくる。
「チッ……話が通じねぇな」
トニーが舌打ちをし、バディの首根っこを猫のようにひっつかんだ。
「逃げるぞ! この街の『手配書を発行した元締め』のところへ持ち込んで、手違いを撤回させるのが先だ!」




