トニーとウェイン
その夜。街の酒場で、トニーたちは店主からこの街の「裏の事情」を聞いていた。
「……ウェインの奴か? ああ、真面目でいい保安官だよ。だが……正直、長生きはしないだろうな」
店主はグラスを拭きながら、ため息をついた。
「この街には半年前から、巨大な鉄道会社と手を組んだ密輸組織『ブラック・ダグ』が入り込んでる。町長も、警察の幹部どもも、みんな奴らから甘い汁を吸って買収されてるのさ。……真っ直ぐ正義を貫こうとしてるのは、ウェイン一人だけだ」
「なんですって……!? じゃあ、アイツ一人でそんな組織と戦ってるの!?」
メアリーが目を見開く。
「ああ。上からの圧力で捜査は揉み消され、同僚の保安官たちからも浮いている。奴は『トニー先輩ならこんな不正は許さない』と言って折れないが……このままだと近いうちに消されるぞ」
トニーは黙ってウイスキーを煽った。
ウェインがなぜあんなにも焦り、トニーに「戻ってきてほしい」と泣きついたのか。その本当の理由が痛いほど伝わってきた。
一人で抱えきれない巨悪の前に潰されそうになりながら、それでも憧れの師の教えを守ろうと必死に踏ん張っていたのだ。
「……まったく。あのアホ、昔から不器用なんだよ」
トニーはボソリと呟くと、グラスを置いて立ち上がった。
その頃、街の郊外にある廃製材所。
ウェインは単身、密輸組織の取引現場へと踏み込んでいた。
「動くなッ! 保安官事務所だ! 全員手を挙げろッ!」
リボルバーを構え、凛とした声を上げるウェイン。
だが、暗闇から現れたのは、嘲笑うような男たちの顔だった。
「ハッ、またお前かよ、お坊ちゃん保安官」
影から出てきたのは、密輸組織のボス・ダグ。そして……ウェインの同僚であるはずの保安官たちだった。
「なっ……! ジョン! エド! なぜお前たちがここに……!?」
「悪いなウェイン。俺たちも生活がかかってんだよ。町長からの命令だ」
同僚たちが一斉に銃口をウェインに向ける。
「くっ……正義を売ったのか、お前たちはッ!」
「正義で腹が膨れるかよ! やれッ!」
――ズドン! ズドンッ!!
「うあぁぁッ!?」
不意を突かれたウェインは肩と足を撃ち抜かれ、泥水の中に激しく倒れ込んだ。その拍子にリボルバーが手から滑り落ちる。
「くそっ……うあっ……!」
必死に這い上がろうとするウェインの頭を、ボス・ダグの厚底のブーツが踏みにじった。
「威勢がいいのは口だけか? トニーの弟子だか何だか知らんが、今のこの街で正義なんて気取ってる奴はただのバカだ」
ダグはウェインの胸元に手を伸ばすと、そこに留められていた銀の保安官バッジを、バリリと音を立てて引きちぎった。
「や、やめろ……ッ! それは……トニー先輩から託された……僕の……ッ!」
「知るかよ、こんなゴミクズ」
ダグはバッジを泥の中に投げ捨て、嘲笑いながら靴で踏みつけた。銀の星が泥に汚れ、歪んでいく。
「お前の命も、その自慢のバッジと一緒にここで終わりだ。失せな」
ダグが引き金に指をかけた――その瞬間!
――ガァァァンッ!!!
製材所の木製扉が、凄まじい砲撃のような衝撃で内側へ吹き飛んだ。
暗煙と木片が舞い散る中、緩やかな足音が響く。
「おいおい……俺の留守中に、うちの可愛い後輩をいじめてくれたらしいな」
硝煙の中から現れたのは、深くハットをかぶり、愛用のリボルバーをだらりと下げたトニーだった。その瞳には、普段の脱力感とはかけ離れた、冷たく鋭い殺気が宿っていた。
「ト……トニー、先輩……!?」
血を流しながら目を見開くウェイン。
「な、なんだお前は! 殺せ! 殺してしまえッ!」
ダグが叫び、数人の手下がトニーへ銃を向けた。
だが、トニーが動くより早く――頭上の梁から、黄金の光が舞い降りた!
「あたしの身内に手を出すんじゃないわよーーーッ!!」
――バババババンッ!!!
空中から放たれたメアリーの二挺拳銃が、完璧な精密射撃で手下たちの銃だけを正確に叩き落としていく!
「ひゃあッ!? 上だ!」
「な、なんだこの女は! 早すぎるッ!」
混乱する敵陣の中に、さらに影のように滑り込むモネ。仕込み刀が一閃し、手下たちのベルトが切り裂かれ、ズボンが一斉にずり落ちる。
「あら、失礼。邪魔だから大人しくしてらっしゃい」
「ひ、ひえぇぇぇ!?」
フランが妖しく微笑みながらボスの側近の首筋にナイフを突きつけ、ベイルが隙を見て敵の予備の弾薬を全てスり落としていく。
わずか数十秒で、圧倒的だったはずの包囲網が瓦解した。
トニーは泥の中に横たわるウェインのもとへ歩み寄ると、がっしりとその手を握り、一気に引き上げた。
「立つんだ、ウェイン」
「先輩……っ! でも、僕は……バッジも奪われ……正義も守れず……!」
「バッジが何だ」
トニーはウェインの胸を、ぽんと拳で突いた。
「お前を保安官にしてるのは、そんな金属片じゃねぇ。その胸の中にある『諦めの悪いバカ真面目さ』だ。……だろ?」
「……っ!!」
ウェインの目から、溢れ出る涙がボロボロとこぼれ落ちた。
トニーは足元に転がっていたウェインのリボルバーを拾い上げ、ポンと手に握らせた。
「行くぞウェイン! 昔教えた『ダブル・タップ(二連撃)』……覚えてるな!?」
「……はいッ! 先輩ッ!!」
ふたりは背中を合わせた。かつて何百回と繰り返した、完璧な立ち回り。
「右は俺がやる!」
「左は僕が抑えますッ!」
――ズドン! ズドン! ズドンッ!!
トニーの重厚な一撃と、ウェインの鋭い連射が重なり合う。
メアリーたちの完璧な後方支援も合わさり、街を蝕んでいた凶悪な密輸組織は、ものの数分で完全に鎮圧されたのだった。
事件は終わった。
買収されていた町長と腐敗した保安官たちは拘束され、街には再び静けさと平和が戻ってきた。
朝もやが煙る街の入口。
ウェインは泥から拾い上げ、綺麗に磨き直した銀のバッジを胸に刺し、トニーたちを見送るために立っていた。
ウェインは自分の胸にある、トニーの古いバッジを見つめた。
そして、トニーの隣で誇らしげに胸を張り、眩しそうに遠くを見つめるメアリーと、仲間たちの姿を見た。
さっきの戦いで見せた、彼らの絆。
言葉がなくともお互いの死角を補い合い、トニーの背中を完全に信頼して託していたあの姿。
ウェインは深く息を吸うと、胸の痛みを押し殺し、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「……トニー先輩」
「ん?」
「あなたは……こんな小さな街の、狭い世界に留まっていていい人じゃない」
ウェインの言葉に、トニーは少し目を見開いた。
「あなたが守るべき場所は、この街の小さな執務室じゃない……。あの果てしない荒野で、あの方たちと共に進む場所だったんですね」
「……ウェイン」
「僕はもう大丈夫です。あなたが残してくれた正義と一緒に、この街を命がけで守ってみせます。だから……」
ウェインは背筋をピシッと伸ばすと、メアリーに向かって誇り高く敬礼してみせた。
「メアリーさん! 僕の憧れた最強の師匠を……トニー先輩を、よろしくお願いしますッ!」
メアリーは一瞬呆気にとられたが、すぐにニッと歯を見せて力強く胸を叩いた。
「ふふん! 任せなさい! あたしのトニーなんだから、絶対死なせたりしないわよッ!」
「おいおい、誰があたしのトニーだ……」
トニーは苦笑いしながらハットを深くかぶり直し、ウェインの肩を強く叩いた。
「また会おう、ウェイン。……立派になったな」
「……はいッ! ありがとうございましたッ!!」
馬を走らせ、荒野へと旅立っていく5人。
朝日に照らされるその背中に向かって、ウェインは胸のバッジを強く握り締めながら、姿が見えなくなるまで、いつまでも敬礼を送り続けるのだった――。




