誇りあるバッジ
その街は、西日に赤く染まっていた。
木造の保安官事務所の軒先で、トニーは足を止め、ポケットからくしゃくしゃになった煙草を取り出した。マッチを擦る手の動きが、ほんの少しだけ止まる。
「……トニー? どうしたの? 急に立ち止まって」
隣を歩いていたメアリーが、不思議そうにトニーの顔をのぞき込んだ。金髪のポニーテールが、夕風にそよそよと揺れる。
「いや……なんでもない……」
トニーが紫煙を吐き出した、その時だった。
事務所の扉が開き、一人の青年が出てきた。仕立てのいい茶色のベストに、しっかりと手入れされた革のホルスター。そしてその胸元には、夕日を受けてギラリと輝く銀色の六角星――保安官バッジがあった。
整った顔立ちの茶髪の青年――ウェインは、手にしていた指名手配書の束を抱えたまま、ピタリと固まった。
その緑色の瞳が、驚きと懐かしさ、そして溢れんばかりの感情で激しく揺れる。
「……ト、ニー……先輩……?」
ウェインの声は震えていた。手から手配書がひらひらと数枚こぼれ落ちるのも気にせず、彼は一目散に大股で駆け寄ってきた。
「本当に……本当にトニー先輩なんですかッ!?」
「……久しぶりだな、ウェイン。元気そうじゃないか」
トニーは少し照れくさそうに、ハットの庇を指で押し上げた。
ウェインはトニーの両肩をガシッと掴み、穴があくほどその顔を見つめる。かつて自分が背中を追い続けた、憧れの保安官の顔を。
「元気に決まってます! あなたがこの街を去ってから、僕は一日だって鍛錬を怠ったことはありません! 見てください、このバッジを……!」
ウェインは誇らしげに胸を張った。
「あなたが街を出るあの日……僕にこのバッジを預けて言ってくれたでしょう。『いつかまた、俺が保安官をやりたくなった時まで持ってろ』って! 僕はあの言葉を胸に、血の滲むような思いでこの街の保安官になったんです!」
「……ああ。覚えてるよ」
「町長も、街の連中も、みんな『トニーは街を捨てる気か!』とあなたを責めました! でも、僕は! あなたを信じて、必死で周りを説得したんです! あなたが帰ってきた時に、いつでも胸を張って迎えられるように……!」
ウェインの熱い言葉に、トニーはどこか気まずそうに目を逸らし、煙草を深く吸い込んだ。
「……ウェイン。お前はもう立派な一人前だ。もう俺の影を追う必要は――」
「いいえ! 追います!」
ウェインは食ってかかった。そして、トニーの後ろに佇むメアリーたちへ、初めて険しい視線を向けた。
「先輩……なぜこんな賞金稼ぎの群れの中にいるんです? なぜ、こんな子供の旅のお供なんてしているんですか!? あなたの腕と正義感があれば、どこでだって一流の保安官としてやり直せるのに!」
「なっ……! なによあんたッ! 人のことを『子供』扱いしてッ!!」
メアリーがカッとなって身を乗り出したが、トニーがそっと手を出してそれを制した。
「ウェイン。メアリーはただの子供じゃない。俺が自分の意思で選んだ『相棒』だ」
「相棒……? ああ、そんな……っ」
ウェインの顔に、ショックと悔しさが入り混じる。自分が何年も温めてきた「トニーと共に街を守る」という夢が、目の前の少女に奪われたような感覚だったのだ。
「……納得がいきません。先輩、今夜僕の家に来てください。昔みたいに酒を飲みながら話し合いましょう。あなたが目を覚ましてくれるまで、僕は諦めませんから!」
ウェインは悔しそうに唇を噛み締めると、翻って事務所へと戻っていった。
その背中を見送りながら、モネが扇子で口元を隠し、くすくすと妖しく笑った。
「ふふ……あらあら。トニーを巡る『一途な元後輩』と『今の相棒』の嫉妬劇かしら? 観客としては最高に面白いわね」
「笑い事じゃないわよモネ! なんなのあいつ、あたしたちのことバカにしてッ!」
プンプンと怒るメアリー。だがトニーは、去っていくウェインの背中に漂う「過剰な緊張感」を見逃していなかった。
(……あいつ、肩に力が入りすぎてやがる。一人で何を背負い込んでるんだ……)




