偽物
事件を解決し、次の街『シルバー・クリーク』へたどり着いたメアリーたち。
旅の疲れを癒やすため、一同は街で一番賑わう酒場へと足を踏み入れた。
「はぁ〜! やっぱり旅の後のご馳走は最高ね!」
メアリーがスプーンを口に運び、満足そうに頬を緩める。トニーも煙草に火をつけ、珍しく穏やかな表情でグラスを傾けていた。
その時――酒場の扉がバンッ! とけたたましい音を立てて開いた。
「おいおいおい! どきやがれ、路地裏のノラ犬どもッ!」
大声を上げて入ってきたのは、見るからにガラの悪い5人組の男たちだった。
先頭に立つのは、派手なポニーテール(ただし頭頂部が怪しい)を無理やり結わえ、サイズが全く合っていない赤いベストを着た……丸々と太ったドスの利いた大男だった。
「ひえっ……! で、出たぞ、『メアリー一味』だ……!」
「あいつら、最近この街で暴れ回ってる悪党どもだ……!」
客たちが怯えて蜘蛛の子を散らすように席を離れる。
メアリーの手から、ゆっくりとスプーンがポロリと落ちた。
「……ねえ、トニー。いま、あの客たち何て言った?」
「……『メアリー一味』だとよ」
「……は?」
メアリーの眉間に、見たこともないほど深〜いシワが寄る。
そんな本物の胸中も知らず、ニセメアリーの大男は酒場のカウンターをドカンと叩いた。
「店主! 一番高い酒と肉を全部持ってこい! 当然、代金は……『ツケ』だ! 文句があるなら、この俺――“疾風の二挺拳銃”メアリー様の銃弾を食らいなッ!」
「あははははッ!!」
フランが酒を吹き出し、お腹を抱えて大爆笑し始めた。
「ちょっとメアリーちゃん! 見てあれ! 君のニセモノ、顎ひげ生えたポニーテールのおっさんだよっ!! 」
「あんなの似てないわよッ!! あんな豚足みたいなポニーテールと一緒にしないでッ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶメアリーを、トニーが「落ち着け、声が大きい」と必死に宥める。
「ふふ……でも、他のメンバーも酷いわね」
モネが扇子で口元を隠しながら、ニセモノたちを冷静に観察する。
ニセ・トニー: ただの酔っ払いのヒゲじいさん(ずっと居眠りしている)
ニセ・フラン: 全身ピンクのヒラヒラを着た、無駄にガタイの良いヒゲ面アクロバット男
ニセ・モネ: 竹ほうきを腰に差して「斬鉄!」とか言ってる怪しい東洋風の男
ニセ・ベイル: つばの広すぎるハットをかぶりすぎて前が見えず、柱に激突している男
「……ベイル、あんたのニセモノ、柱と戦ってるわよ」
「モ、モネさん……! 僕、あんなにドン臭くありませんッ! 侮辱ですッ!!」
怒り心頭のメアリーとベイル、大爆笑のフラン、呆れるトニー、そしてニセモノの観察を楽しむモネ。
「あたしらの特徴、ざっとしか知らないみたいね」
モネが不敵な笑みを浮かべてすっと立ち上がった。扇子を優雅に揺らしながら、隣のメアリーをチラリと見下ろす。
「面白そうだから、あいつらと遊んでこよーっと。アンタもいく?」
「いくわけないでしょ!!」
まだ怒りの収まらないメアリーが、腕を組んでプイッと横を向く。そんな二人を後目に、モネは色っぽく腰をくねらせ、ニセメアリーのテーブルへと近づいていった。
「お隣、いいかしら?」
「ぐへっ……!? あ、ああ、いいぜお姉ちゃん!」
鼻の下をデロ〜ンと伸ばし、分かりやすくデレデレした顔になるニセメアリー。
「なんだ姉ちゃん一人か? 俺がたっぷり遊んでやろうか?」
「うふふ、楽しそう。……メアリーさんとおっしゃったかしら? 『二挺拳銃のメアリー様』なら、このリンゴくらい余裕で撃ち抜けますわよね?」
「ガハハ! 当たり前だ、そのくらい! この俺にかかればお茶の子さいさいよ!」
ヘラヘラと鼻高々に胸を張るニセメアリー。モネは「素敵♡」と目を輝かせると、少し離れた席にいるニセベイルへと視線を向けた。
「じゃあ……あなたちょっと、こっちへ来て?」
「へッ!? ボ、ボクですかぁ〜ッ!?」
つばの広すぎるハットをグラグラ揺らし、鼻血を出さんばかりのデレ顔でモネに近づくニセベイル。
その醜態を離れた席から冷ややかに見ていたトニーが、ボソッと本物のベイルへ呟いた。
「……お前、本物も偽物もかわんねえな」
「フッざけんな!! 誰があんなデレデレするかよ……!」
怒鳴り散らすベイル。……だが、その視線はモネの艶やかな後ろ姿に釘付けで、顔は完全にデロッと鼻下を伸ばしていた。
ハッと自分の醜態に気づいたベイルは、顔を真っ赤にして叫んだ。
「も、モネさんの色気が悪いんだぁッ!」
「はいはい」とトニーが呆れ顔で煙草の煙を吐き出す。
一方、モネはテーブルのリンゴを手に取ると、ニセベイルの頭の上にちょこんと乗せた。そして、耳元で優しくにっこりと微笑む。
「それ……落としたら、殺すからね♡」
「はい……って、ええぇっ!?」
「じゃ、それ持ったまま、一番奥の入り口まで行って♡」
「は? は、はい……ッ!!」
死の恐怖に顔を青ざめさせたニセベイルは、帽子の上に乗ったリンゴを落とさないよう、両手で必死に抱えながらヨロヨロと一番奥のドアまで歩いていった。
「はい、撃って♡」
モネが可憐に手を叩き、ニセメアリーへ微笑みかける。
「え!? あ、ああ……っ!?」
ニセメアリーの顔から一瞬で血の気が引いた。ダラダラと滝のような冷や汗が吹き出し、震える手で銃口をニセベイルへと向ける。
「や、やめてくれ兄貴ぃぃッ! 兄貴の腕の下手さは誰もが認めるんだからっ! まだ死にたくねぇっ!!」
「早く早くぅ〜♡」
パチパチと楽しそうに手を叩き、無邪気に急かすモネ。
「くっそ……や、やるか……ッ!」
「いやだぁぁぁッ!! 兄貴ぃぃ!! やめてくれえぇえ!!」
一番奥で、ニセベイルが鼻水と涙を撒き散らしながら大惨叫を上げている。ニセメアリーの震える指が、冷や汗に濡れた引き金にかけられた。
「やれ! やれーッ!」
「メアリー様! ど派手にブち抜いてやれ!」
事の重大さを分かっていない、酒の回った下品な客たちが面白がって大歓声を上げ始める。
「ひぃぃぃ……ッ!」
ニセメアリーが目をつぶり、やけくそで引き金を引こうとした、その瞬間――!
――バァンッ!!!
酒場に重厚な一閃の銃声が響き渡った。
次の瞬間、ニセベイルの頭の上にあったリンゴが、跡形もなく弾け飛んだ!
「きゃあー♡ さっすがメアリー様ぁ!!」
モネが黄色い声を上げて拍手する。
……だが、その瞳の奥で、モネは密かに「チッ」と小さく舌打ちをした。
(……メアリーのやつ、余計なマネを)
ニセメアリーの銃口からは、煙すら上がっていない。撃ったのは彼ではない。
離れた席で、愛用のリボルバーの硝煙をそっと吹き消した本物のメアリーの仕業だと、モネは気づいていた。
「え……? い、いや、俺はまだ撃って……?」
ポカンとするニセメアリー。しかし、周りの客からの大歓声を聞くと、すぐさまドヤ顔になってヒゲを擦った。
「い、いや! そ、そうだろう!! このくらい、目をつぶっていても簡単だ! わはははッ!」
命拾いしたニセベイルは、その場にへたり込んで腰を抜かしていた。
席に戻ってきたモネに、メアリーが冷ややかな視線を送る。
「……あんたねぇ、やりすぎよ。あんなバカでも、一応生きてるんだから」
「あら、偽物の分際で『メアリー』を名乗った罰よ? 死んだって自業自得じゃない」
フンと扇子を閉じるモネ。
モネにとって、自分たちの名前を汚す愚者は死んでも自業自得。
だが、どれほど腹が立つニセモノであろうと、無意味に命が失われることだけは絶対に許せないメアリー。
真逆の思想を持つ二人だが、メアリーはニヤリと不敵に笑い、二挺拳銃をジャキッと構えて立ち上がった。
「ま、弾はあたしが撃ち抜いてあげたんだから……そろそろ本物が『本物の授業』を教えてあげなきゃね!」




