黒い岩山
乾いた風が吹き抜け、赤茶けた砂嵐が舞う荒野の町『レッド・クリーク』。
酒場の掲示板に貼られた「WANTED」の紙を指で弾きながら、メアリーはどこか浮かない顔で溜め息をついた。
「ハァ……今回の依頼、なんか気が進まないのよね」
「珍しいな。メアリーが金を目の前にして渋るなんて、熱でもあんのか?」
愛用の銃の手入れをしていたトニーが、不思議そうに苦笑する。
今回の依頼主は、この地域の巨大開拓企業の社長。
先住民の聖地とされる【黒い岩山】に豊富な金鉱脈が眠っていると判明し、立ち退きを拒む先住民たちを「暴力的な不法占拠者」と仕立て上げ、力ずくで排除するために腕利きの用心棒や賞金稼ぎを買い集めていた。
「だってさぁ……先住民の土地を暴力で奪うなんて、ただの強盗じゃない。……それにね、トニー」
メアリーの瞳に、ふと暗い影が落ちる。
「『先住民』と『人間の失踪』……その言葉を聞くと、どうしてもあの場所を思い出出しちゃうのよ」
「……っ」
トニーの手がぴたりと止まった。
数ヶ月前――ある土地で人々が次々と失踪する事件の調査を引き受けた際、メアリーとトニーは敵に捕らえられたことがあった。
身動きも取れず、死を覚悟した絶望的な状況。
そんな二人を命がけで檻から出し、暗闇の中へと逃がしてくれたのが、一人の少女だった。
言葉もろくに通じず、奴隷として扱われていたその少女は、髪も皮膚も黒い染料で黒く染められ、骨が浮き出るほど痩せ細っていた。自分が捕まれば容赦なく殺されると分かっているのに、少女は震える手で、ボロボロのメアリーたちを庇って逃がしてくれたのだ。
『にげて……生きて……』
たどたどしい言葉と、暗闇の中で輝いていた、驚くほど真っ直ぐで綺麗な瞳。
あの後、その村がどうなったか、どんなに調べてもわからなかった。
「あの時の怪我……お前は右肩をやられたもんな。……あの子が命を懸けて逃がしてくれなきゃ、俺たちは今頃荒野の土の下だ」
トニーが話しながら静かに目を伏せる。
「うん。……あの子、自分の本当の髪の色も、肌の色も隠されて、辛い思いをしてた。……今頃どこでどうしているのかな……」
「まあまあ、メアリーちゃん。そんな暗い顔しないでよ」
しんみりした空気を破るように、フランがメアリーの肩に腕を回して顔を覗き込んできた。
「嫌な仕事なら受けなきゃいいし、その開拓企業の社長が気に入らないなら、僕が今すぐ首を跳ね飛ばしてこようか?」
「やめてよフラン。……でも、現場の様子を見るくらいはいいでしょ。本当に先住民が暴れてるだけかもしれないしね」
「ふふ、そうね。裏がありそうなら、その時は私たちが暴れてやればいいわ」
モネがざっくり開いた胸元を直しながら優しく微笑む。その隣では、ベイルが黒いハットの角度をキリッと整え、「モネさんの行くところなら、どんな地獄でもお供します!」と胸を張っていた。
翌日、黒い岩山の麓。
銃を構えた開拓企業の粗暴な傭兵たちと、伝統の弓や槍を握り締め、命がけで聖地を守ろうとする先住民たちが対峙していた。
「どけッ! この土地は我が社が買い取ったんだ!」
「嘘をつけ! 聖地を汚す者は生かして返さぬ!」
一触即発の緊張感の中、両陣営の真ん中に、一人の少女がすっと足を踏み入れた。
洗練された白のカウガール調のドレス。
太陽の光を浴びてキラキラと眩しく輝く、美しい金髪。そして、生まれ持った透き通るような白い肌。
「双方、武器を引いてください!!」
少女は先住民の言語で一言叫び、続いて流暢な開拓民の言葉で双方を制止した。
二つの言語を完璧に操り、平和的な対話を呼びかけるその堂々とした気品溢れる姿に、殺気立っていた荒くれ者たちも思わず圧倒される。
「なんだあの女は……通訳か?」
後方の岩陰から様子を見ていたトニーが首をかしげる。
「綺麗で賢そうな娘さんだな。先住民側の仲介人をやってるのか」
トニーは完全に「見知らぬ美しい少女」として感心しているだけだった。
だが――
メアリーが驚愕の表情を見せる。
(……え? ……嘘でしょ……?)
肌の色も、髪の色も、着ている服も、あの時のガリガリで弱々しかった姿とはまるで違う。
けれど――双方の争いを止めようとする強い意思。毅然とした立ち振る舞い。そして何より、あの絶望の中で二人を逃がしてくれた時に見せた……真っ直ぐで優しい青い瞳。
「……トニー」
「ん? どうしたメアリー?」
「あの子……ジネよ……!!」
「はぁ!? ジネって……あの時の、全身真っ黒で痩せこけてたあの子か!? 冗談だろ、どこをどう見たらそうなるんだ!?」
驚愕するトニーを置き去りにして、メアリーは弾かれたように飛び出した。
「ジネーーーーーッ!!!!」
緊迫した対話の場に、ポニーテールを揺らして叫びながら飛び込んでくるメアリー。
少女――ジネは驚いて振り返った。
そして、自分に向かって走ってくるメアリーの顔を目に留めた瞬間、その美しい瞳から一気に涙が溢れ出した。
「……メアリー……さん……っ!?」
ーギューッ!!ー
言葉よりも先に、メアリーはジネの細い身体を溢れんばかりの力で強く抱きしめた。
「ジネ! ジネなんでしょ!? よかった……無事だったのね! 綺麗になって……こんなに素敵になって……っ!」
「メアリーさん……っ! トニーさんも……っ!」
ジネもまた、メアリーの背中に手を回し、涙をぽろぽろとこぼしながら抱き返す。
「あの時……お二人を逃がしたあと、保護されて……私、ずっと考えていたんです。二つの世界で傷つけ合う人たちを見て……私みたいな思いをする人を、もう二度と出したくないって」
ジネは涙を拭い、メアリーの目を見つめて微笑んだ。
「だから私、勉強したんです。白人の言葉もちゃんと覚えて……『言葉と心をつなぐ架け橋』になろうって! そう決めたのは、私を救ってくれたメアリーさんたちのおかげなんです!」
「ジネ……っ!」
過去の惨劇を乗り越え、かつての恩人を救うために強く、美しく咲き誇った少女。
その感動的な再会を、トニーは「マジかよ……あんな綺麗な娘に育つなんて……」と呆然と眺め、フランとモネは「最高の再会じゃない」と温かい笑顔で見守るのだった。




