戦慄の羅針盤
男たちが次々と床に沈み、しんと静まり返った大宴会場。
足の踏み場もないほど倒れ伏す刺客たちの中を、5人は何事もなかったかのように歩いていく。自分たちから乗り込むまでもなく、襲いかかってくる敵をただ機械的に返り討ちにしていった結果がこれだった。
「終わったみたいね」
ポニーテールを揺らし、愛用の銃をホルスターへ戻しながらメアリーが呟く。
「そうね、私たちの圧勝みたいね」
ざっくり開いた胸元を軽く整え、モネが余裕の笑みを浮かべて仕込み刀を鞘に納めた。
「そりゃそうですよモネさん! プロの殺し屋、しかも幹部クラスが三人もいるチームなんて他にないですよ!」
黒いハットを誇らしげに触りながら、ベイルがこれ見よがしに胸を張る。
「……ちょっと見て回るか」
そんな惨状を見渡し、タキシードの乱れを整えながらトニーがボソリと呟いた。
「え? トニーさんどこへ?」
カチャリと手慣れた動作で銃に弾薬を込めながら、フランが怪訝そうに首をかしげる。
「ここの船乗りたち、一般市民がケガしてないかだよ。これだけデカい豪華客船なら、船員だけじゃなく料理人や給仕とかたくさんの人間が乗っているはずだろ」
「確かに……私も行くわ」
トニーの言葉にハッとしたメアリーが即座に同意する。元保安官らしいトニーの視野の広さに感心しつつ、危険に巻き込まれた無関係の市民を放っておく気は毛頭なかった。
「メアリーちゃんが行くなら僕も行く!」
「俺、モネさんが行くなら行きます!!」
「はいはい……じゃあ、仕方ないわね」
当然のようにメアリーに付いていこうとするフラン。モネも苦笑しながら肩をすくめた。
まだ意識のある賞金首の生き残りが潜んでいる可能性も考慮し、一行は二手に分かれて船内の索敵と救護へと向かうのだった。
船の最奥、物置の奥にある狭い隙間に、ひっそりと隠された小さな鉄の扉をモネとベイルが見つけた。
ギィと重い音を立てて扉を開けると、そこには肩を寄せ合って震える給仕や船員たちの姿があった。
「もう大丈夫よ、外へおいで」
モネがやわらかく声をかけると、人々は恐る恐る顔を上げ、涙を流して感謝の言葉を口にした。
「あ、ありがとうございます……! 助かった……!」
「お命の恩人です……!」
人々の温かい手に触れられ、感謝をぶつけられたベイルは、その場で棒立ちになった。
幼い頃から殺しと暗殺の技術しか教え込まれず、誰かに害を与えることでしか存在を証明できなかった人生。人に生かされ、礼を言われるという感覚が、胸の奥でどこかむずがゆく、くすぐったい。ベイルは黒いハットを深く被り直し、気まずそうに顔を背けた。
「……フン、俺に礼を言うな。モネさんのおかげだ」
口では悪態をつきながらも、その耳根はほんのりと赤くなっていた。
一方、メアリー、フラン、トニーの三人は最上階の操縦室へと辿り着いていた。
重厚な鍵がかかっていた扉を、メアリーが銃で鍵穴を撃ち抜き、トニーが力任せに蹴破る。
ーーーガンッ!!
「動くなッ!!」
扉が開いた途端、室内にいた数人の船員が一斉にメアリーたちへ銃口を向けた。
その瞬間、フランの瞳から光が消え、凄まじい速度で懐から銃を抜き構える。コンマ数秒で全員の喉元を撃ち抜く体制に入ったフランの前に、メアリーがそっと腕を滑り込ませた。
「フラン、大丈夫よ」
メアリーの静かな一言に、フランの殺気がスッと収まる。メアリーは銃を抜かないまま、ゆっくりと室内へ一歩踏み出した。
操縦室の真ん中で、大きな舵を握る立派なひげの男性。他の船員とは明らかに違う気品と風体を纏ったその男は、メアリーたちが入ってきても見向きもせず、一直線に前方の海を見つめていた。
「あなたが船長さん?」
「出ていけ!! ここはお前たちの好きにはさせん!!」
若手の船員が銃を構えたまま叫ぶ。メアリーは両手を軽く上げて見せた。
「私たちは攻撃をしに来たんじゃないわ! あなたたちの無事を確認しに来たのよ!」
「怪我をした者はいないか!? 船の機関は無事なのか!?」
トニーが前へ出て、切実な声を張り上げる。
船員たちは目を丸くした。人を殺し、奪い、血に飢えた悪党ばかりが乗っていると思っていた船で、自分たち裏方の無事を真っ先に案じる人間が現れるなど、夢にも思っていなかったのだ。
その言葉に、それまで頑なに前を見つめていた船長が、ゆっくりとメアリーたちの方へ振り返った。その顔には深い苦悶と驚きが浮かんでいる。
「ああ、そんな……。私は、なんてことを……」
船長が力なく膝をつきかけると、周りの船員たちが口々に叫んだ。
「船長!!」
「この方々は助けましょう!!」
「まだ、間に合います!!」
あまりの必迫した雰囲気に、メアリーたちは困惑の表情を浮かべる。
「ちょっと、どういうことなの……?」
船長は震える口唇を開き、絞り出すように静かに語り始めた。
「我々は……多額の借金を返す条件として、この船に乗せられたのです。『指定された島へ、船に乗った賞金首たちを送り届けろ』と……」
船長が差し指した窓の先。遥か先の濃霧の中に、不気味で禍々しい巨大な孤島の影が浮かび上がっていた。
「そして……この船には、『行きの燃料』しか乗せられていません」
「な……ッ!?」
トニーの顔から一気に血の気が引いた。メアリーもフランも息を呑む。
引き返すための燃料はない。
目の前に迫る無人の孤島。
そして、そこに集められた数百人の賞金首たち。
最初から「生き残って帰る」ことなど想定されていない、巨大な肉挽き器のようなデストラップ。三人の背筋に、氷のような冷たい戦慄が走った。




