おご馳走
「んぐっ、ん……! 美味しい! このローストビーフ、肉汁がすごいのよ!」
群青色のドレスを揺らしながら、高級料理を豪快に口へ運ぶメアリー。
普段のワイルドな食いっぷりのままだが、フランの手による完璧なメイクと金髪の輝きも相まって、周りから見れば「無邪気に食事を楽しむ高貴な令嬢」にしか見えない。
「あは、可愛いなぁ……。メアリーちゃん、口元にソースがついてるよ」
フランは極上の笑みを浮かべ、シルクのハンカチで優しくメアリーの口元を拭ってあげる。そこへ、人込みを押し分けてようやく追いついたトニーが、肩で息を切りながら辿り着いた。
「ハァ……ハァ……! おいメアリー、頼むから走るなって……ッ!」
トニーが声をかけた、その瞬間。ピタッ、とメアリーの手が止まった。それまでの無邪気な表情が消え、青い瞳がすっと鋭く細められる。
周りは豪華客船ならではの賑わいに満ちていた。高らかな笑い声、グラスの触れ合う乾杯の音、華やかなオーケストラの演奏。一見すれば平和で優雅なパーティーそのものだ。
メアリーは一瞬で表情を作り替えると、隣に立つフランへベタッと妖艶によりかかった。そして、上目遣いに怪しい笑みを浮かべて囁く。
「ダーリン、私もう部屋に行きたいんだけど……♡」
「……!!」
トニーの目玉が飛び出しかけた。
だ、ダーリン!!?? メアリーがフランをダーリンだと!!??
しかし、フランはその言葉に一切の動揺も見せず、まるで日常茶飯事であるかのように甘い声で答えた。
「もちろんだよハニー♡ 今日はたっぷり、熱い夜を過ごそうね……」
そう言うと、フランはメアリーの細い腰をしっかりと抱きかかえ、宝物を扱うかのように大切そうにエスコートを始めた。メアリーもまた、フランの胸元にぴったりと身体をくっつけ、どこからどう見ても『愛し合う恋人たち』を演じきっている。
一人残されたトニーは、目を白黒させて固まっていた。
え……!? ええええ!!?? 嘘だろ、メアリーのやつ、もうお酒に酔っぱらったのか……!? え、じゃあ俺はどうしたら……ッ!? まさか部屋に戻って速攻でおっぱじめられたりしたら、さすがに俺、同じ部屋にはいられないぞ……っ!?
『二人と気まずい夜を過ごすか、廊下で寝るか』という究極の選択に頭を抱え、一人であたふた脱兎のごとくパニックになるトニー。
そんなトニーの背中に、冷ややかな視線が突き刺さった。メアリーを優しくエスコートしながら、フランが首だけをこちらに向け、一切の温度がない『死神』の声を低く吐き捨てる。
「……おら。お前、警護のために呼んだんだからさっさと来い」
「ひっ……!?」
さっきまでの『甘いダーリン』はどこへやら、一瞬で超合金より冷たい声に戻ったフラン。
な、なんだよその態度の差はアァァァ!!
心の中で叫びつつも、トニーは涙目になりながら、ピッタリと密着して優雅に歩いていく二人の後をトボトボと追いかけるのだった。
二人は身体をべったりとくっつけたまま颯爽と部屋に入った。部屋の前で入っていいか、まごついているトニーをフランが腕を引っ張り部屋に入れる。そしてフランが静かに手早く鍵をかけた。
メアリーはそれを確認すると、自分の長い金の髪を持ち上げた。それを合図にするかのように、フランは手慣れたようにメアリーの背に回り、ドレスのチャックを下ろし始めた。
「ちょっ!!! わかったわかった!! お前らがやりたいなら止めはしないから!! せめて俺は外に……!!」
顔を真っ赤にして大慌てで部屋を飛び出そうとするトニー。
そんなトニーに対し、二人は心底あきれた顔を向けた。
「はぁ? どこまでバカなのアンタ」
「トニーさん、何考えてるんですか? ほんとエロしか頭にないんだから」
「は? ……え?」
トニーがポカンと口を開ける中、メアリーがハラリとドレスを脱ぎ捨てると――そこには、しなやかな身体に隙間なく仕込まれた大量の武器がずらりと並んでいた。
太ももには小型ナイフと拳銃のホルスター、腰回りには特製のロープと予備の弾倉。さらには胸元の裏地にまで、緊急用のワイヤーや仕込み針がびっしりと収納されている。
群青色の優雅なドレスは、フランがこの大量の武具を隠し持つためだけに特別に仕立てた「潜入専用の戦闘服」だったのだ。
「誰が裸見せるって言ったのよ? このドレス、武器が重くて肩が凝るのよ」
メアリーは肩を回しながら、ホルスターから愛用の銃を抜き出して手慣れた動作で弾倉をチェックする。
「本当にトニーさんは……。僕が、メアリーちゃんの美しいお肌をトニーさんの眼球に晒すわけないでしょ」
フランは氷のように冷たい眼光でトニーを射抜きつつ、自分もスーツのジャケットを脱ぎ捨てて、袖口から仕込みナイフの動作を確認した。
「あ……いや……その、すまん……」
一人で勝手に勘違いして赤面していたトニーは、身の置き所を失って小さく肩をすぼめた。
「で、どうするのフラン? 外の気配は」
メアリーが声を落とし、部屋の入口へ視線を向ける。フランは手慣れた手つきで部屋の明かりをフッと消し、暗闇の中で静かに微笑んだ。
「廊下に三人、ベランダ側に二人……僕たちの『お部屋』に挨拶に来たいみたいだねぇ」
「うちの部屋に呼んだ覚えはないのにね。ローストビーフの途中で邪魔された恨み、しっかり返してあげるわ」
暗闇の中で、メアリーの青い瞳が肉食獣のように鋭く光る。そして、まだパニックから立ち直れていないトニーの背中を、メアリーがポンと叩いた。
「トニー、出番よ! 私たちの戦いを見せつけてやるから、遅れないでついてきなさい!」
「……ああ……。やるしかねえんだろ……」
トニーも腹を括って重い溜め息を吐き出し、闇の中で静かに銃を構えたのだった。




