下準備
「待った待った待った!! 馬を止めてください!! 二人ともっ!!」
船着き場へ向かって馬を走らせていたメアリーとトニーの前に、フランが馬を滑り込ませて強引に立ち塞がった。
「なによフラン、急がないと船が出ちゃうじゃない!!」
「なんなんだよ、いきなり!!」
不満声を上げる二人に対し、フランは馬の上でハァと深い溜め息をついて二人を指さした。
「そのまま行けるわけないでしょ!! 二人とも、自分の服装を見てください!!」
その言葉に、二人は思わず自分の身体を見下ろした。
さっきのオークション会場での大乱闘のせいで、トニーのジャケットは煤と埃で真っ黒、メアリーの服もあちこちが破れて返り血や汚れが目立っている。顔や手足も泥だらけだ。
「そんなボロボロで汚い格好で、VIP乗船券を出したって『どこから盗んできたんだ』って叩き出されるに決まってるじゃないですか!!
豪華客船のドレスコードを舐めないでください!!
ほんと二人とも世間知らずなんだから!!」
さすがはかつて『死神』として、あらゆる上流階級のパーティーや高級ホテルに潜入してきたプロの殺し屋。説得力が違いすぎる。
「じゃあ……どうすりゃいいんだよ」
正論を叩きつけられ、トニーは少し拗ねたような、怒ったような口調で視線を逸らした。メアリーもむっと頬を膨らませる。
「だって、替えの服なんて持ってるわけないじゃない! これで旅してるんだから!!」
「だから! まずはあっち!!」
フランがビシッと指さした先には、港町の中心部に広がる、色鮮やかな生地や仕立屋の看板が立ち並ぶ活気あふれる街並みが見えた。
「僕が二人を、最高のVIPに見えるようにトータルコーディネートしてあげますよ!
メアリーちゃん、僕に任せて!! 君を世界一最高に綺麗なドレス姿にしてあげるからね♡」
「えっ……ドレス……!? 私が……?」
さっきまで機嫌の悪かったメアリーだが、「ドレス」というワードに少しだけ青い瞳を丸くして素直になった。
「おいフラン、俺の服は適当なスーツでいいからな。安いやつで――」
「トニーはメアリーちゃんの引き立て役なんだから、ビシッと高級仕立てのタキシード着せますよ!!
ほら、行きますよ!!」
フランはノリノリで馬の手綱を引いた。
目的地は、高級仕立屋と美容サロンが並ぶ繁華街だ。
――――――
眩いばかりのシャンデリアが天井を彩り、最高級の絨毯が敷き詰められた豪華客船『サンシャイン号』の大宴会場。
バイオリンの優雅な旋律とグラスの触れ合う美しい音が響く中、会場の扉が開いた瞬間――そこいた全員の視線が、吸い寄せられるように一箇所へ集中した。
「おい……見ろよ、あの女……」
「なんて美しさだ……どこかの国の姫君か……?」
会場中の男たちが息を呑み、振り返る。
そこにいたのは、普段のボーイッシュな面影など一切感じさせない、息を呑むような美貌の令嬢だった。
いつもは乱雑に束ねられている艶やかな金髪は、優雅に波打って肩へとなだらかに下ろされている。フランの完璧な手腕によって施された繊細なメイクは、彼女の大きな青い瞳と真っ赤な唇をこれ以上なく際立たせていた。
群青色のシフォン生地が美しい高級ドレスを身に纏い、歩くたびにその脚線美が覗く。
――言うまでもなく、メアリーである。
……なんなのよ、さっきからみんなジロジロ見てきて。やっぱりこの服、派手すぎたかしら……?
当の本人は、自分の美しさに群がる熱視線など1ミリも自覚していない。ただただ慣れない装いにむっと眉をひそめ、隣のトニーに小さく愚痴をこぼした。
「ねえトニー、このドレスってやつ、裾は踏みそうだしコルセットはお腹が締め付けられて苦しいし、全然動きにくいのよ。これじゃ暴漢が来ても蹴りが入れづらいじゃない」
「お前なぁ……パーティー会場で暴漢が来る前提で話すなよ……」
ビシッと仕立ての良い漆黒のタキシードを着こなしたトニーは、呆れ顔で小声で返す。
だが、その視線はチラチラとメアリーの横顔に向けられていた。不満そうに頬を膨らませるメアリーのドレス姿は、トニーから見ても、直視するのが少し照れくさいほどに美しかったのだ。
そして、そのメアリーの細い腰に、当然のような顔で手を回している男が約一名。
「うふふ……最高だよメアリーちゃん! 僕のメイクとドレスのチョイスに狂いはないねぇ! 今のメアリーちゃんは世界で一番可愛いよ……♡」
フランもまた、仕立てのいい上質なスーツを完璧に着こなし、浮世離れした貴公子の佇まいを見せていた。そして、デロデロに甘い顔でメアリーを絶賛している。
だが――周りの男たちがメアリーの胸元や脚に貪欲な視線を送るたび、フランの瞳の奥が一瞬だけ冷たく光った。
……チッ、群がる蝿どもが。メアリーちゃんの美しさは僕だけのものなのに……全員目を潰してやろうかな。
内心で物騒な嫉妬を燃やすフランを余所に、メアリーの鼻がヒクヒクと動いた。
「ん……? トニー、フラン、見て! あっちのテーブル、お肉が山盛り置いてあるわ!!」
「おい、走るなメアリー! ドレスの裾踏むぞ!」
どこからどう見ても高貴な絶世の美女が、欲望のままに肉の山へ一直線に突き進んでいく。
あまりの中身の変わらなさに、トニーは頭を抱え、フランは嬉しそうにそのあとを追うのだった。




