乱戦
パンパンパンッ!
連打される銃声、跳ね返る弾丸の金属音、割れるグラスと悲鳴。煙草の煙で満ちていた会場は、一瞬にして足の踏み場もない銃撃戦の渦へと叩き落とされた。
「メアリー、伏せろ!」
トニーが愛用の銃を抜き放ち、正確な射撃で立ちふさがる悪党を撃ち抜いていく。メアリーもまた、宝の地図を懐に押し込むと、愛馬たちのもとへ帰るべく銃を撃ち返した。
だが、狭い室内で多勢に無勢。仕込まれていた敵の数が多すぎる。
「チッ、しつこいわね……ッ!?」
側面から襲いかかってきた男のナイフが、メアリーの頬を掠めた。薄い皮膚が切れ、一筋の赤い血が彼女の美しい肌を伝って床へ落ちる。
「あぁ……メアリーちゃん、血が……」
その瞬間、オークション会場の空気が凍りついた。
一滴の血が落ちた音すら聞こえるほどの、底知れない冷たい殺気がフランの全身から吹き出す。彼の瞳から光が消え、まるで死んだ魚のような、漆黒の深淵のような「死神」の目が露わになった。
さっきまでの甘ったるい笑顔は跡形もなく消え去り、男たちの背筋に氷を突き刺すような声が響く。
「……誰に傷つけてんだよ、クソどもが」
「な、なんだコイツ……ひっ!?」
「おい、冗談だろ……こいつ、あの組織の死神……!?」
悪党たちの顔から一瞬で血の気が引いた。かつて裏社会で恐れられた伝説の殺し屋――ターゲットのみならず、その場にいた者すべてを無惨に解体し、血の海に変えた最凶の死神――。
「俺のメアリーちゃんを傷つけたな……。もう許さん……全員、綺麗に切断してやる」
シュッと空気を切り裂く音。
フランの袖口から滑り出た刃が、仕込みナイフの鋭い煌めきとともに走る。男が悲鳴を上げる隙すら与えず、一瞬で首筋と両腕の筋が断ち切られた。血飛沫が舞い散る中、フランは一切の躊躇もなく、群がる敵の中へと死神の足取りで滑り込んでいく。
「ひぃっ、助け――」
「邪魔だ」
冷徹な声とともに、周囲の敵が無惨になぎ倒されていく。もはやバトルではなく一方的な屠殺だ。敵も味方も関係なく巻き込みかねない圧倒的な殺戮空間に、トニーが青ざめた顔で叫ぶ。
「おいメアリー! フランのやつスイッチが入っちまったぞ!! 早く止めろ、会場ごと全員血の海にされる!!」
「ちょ、ちょっとフラン!! 私はかすり傷だから大丈夫! 落ち着きなさいってば!!」
血飛沫が舞い、床が真っ赤に染まっていく。
かつて裏社会を震撼させた『死神』の瞳には、目の前の敵すら映っていない。ただ「メアリーを傷つけた者」を無残に殺めようとする、冷酷無比な殺意だけが渦巻いていた。
「ひぃっ、化け物だーーーっ!!」
「逃げろ! こいつ正気じゃねえ!!」
あれほど威勢のよかった悪党たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。だが、一度スイッチが入ったフランから逃げ切れるはずもない。シュッと鋭い風切り音が響くたび、冷徹な一撃が容赦なく敵の命を刈り取ろうと迫る。
「おいメアリー! 早くあいつを止めろ! このままだと全員殺される!!」
トニーが叫んだ直後、逃げ惑う敵の一人がヤケクソで投げつけた紫色の毒煙瓶が破裂した。
「ガハッ……!? ぐ、息が……ッ!?」
「トニー!? ちょっと、しっかりしなさいよっ!」
毒ガスを吸い込んだトニーが、白目をむいて膝から崩れ落ちる。目の前ではフランが次の獲物の首元へナイフを突き立てようとしていた。
ダメ……! フランにまた、人を殺させたりなんかしない!!
メアリーの脳裏に、以前フランが暴走した時の記憶が蘇る。
不殺を貫くメアリーにとって、フランが誰かの命を奪うことも、その手と心を罪で汚すことも絶対に許せないことだった。
メアリーは血煙が立ち込める中を迷わず突き進み、死神と化したフランの背後から――その腰を力いっぱい抱きしめた。
「がハっ……!?」
正面から胸に顔をうずめ、背中に回した腕にギュッと力を込める。メアリーの柔らかい体温と、ポニーテールから香る甘い日差しのような匂いが、殺気立つフランの五感を包み込んだ。
「……やめて、フラン。戻ってきて……」
メアリーの声が、フランの耳元で優しく震えていた。
「お願いだから……人を殺さないで。私との約束、忘れたの……?」
――しばしの静寂。
突き出されかけたナイフが、ピタリと止まる。
フランの漆黒に濁っていた瞳に、波紋が広がるように「光」が戻ってきた。黒かった深淵がまたたく間に潤み、全身を覆っていた禍々しい殺気が、メアリーの体温に溶かされるように消えていく。
「……め、メアリーちゃん……?」
フランの口から漏れたのは、いつもの甘ったるい声だった。
フランはハッと正気に戻ると、自分を抱きしめてくれているメアリーの温もりに顔をほころばせ、涙目になりながらデロデロに甘え始める。
「あぁ……メアリーちゃんの匂いだぁ……。僕、またメアリーちゃんに抱きしめてもえらえ――」
バシーンッ!!!!
背中を撫でようとしたフランの頭に、メアリーの容赦ない拳が落ちた。
「痛っ!?」
「『抱きしめてもらえた〜』じゃないわよこのバカフラン! 私が殺しはナシだって言ってるでしょ!! これは 約束破りそうになった罰!!」
「うぅ……ごめんよぅ……でもメアリーちゃんに殴られたのも、愛を感じて幸せ……♡」
「悦んでる暇があったら、毒でピクピク倒れてるトニーを担ぎなさい!! 逃げるわよ!!」
メアリーは懐に宝の地図をしっかり押し込み、白目をむいているトニーの襟首を引っ張り上げると、すっかり「僕」に戻ってウキウキとトニーを担ぎ上げた。




