オークション会場
オークションが進むにつれ、会場の熱気は最高潮に達していた。
最初に運ばれてきたのは、見る者の目を奪う巨大なダイヤモンドの首飾りだった。メアリーは青い瞳を爛々と輝かせ、生唾を飲み込んでいたが、じっと見つめるだけで手は挙げない。
次に登場したのは、精巧な銀の装飾が施された最新型のカスタム・リボルバーだ。
ズシリとした重量感が遠目からでも伝わる逸品に、トニーは思わず身を乗り出し、チラリとメアリーに目をやった。メアリーも心底欲しそうな顔をしてガン見している。
だが――やはり手を挙げない。
こいつ……本当に手に入れる気があるのか……?
首をかしげるトニーの横で、フランは目を輝かせるメアリーの横顔をうっとりとした瞳で見つめていた。
ああ、幸せだなぁ……。どんな高価な宝石よりも、メアリーちゃんの横顔の方が何千倍も美しいよ……。
その後も、有名な画家の絵画や、古風で高そうな壺などが次々と出品された。メアリーはその都度「へぇ〜!」と興味深そうに身を乗り出して見ていたが、一向に声を出す気配はない。
なんだ……もうこいつは買う気がないんだな。見るだけで満足するタイプか。なら安心だ……。
トニーがようやく安堵の溜め息をつき、胸を撫で下ろした――その時だった。
ステージ上に置かれたのは、古びて変色した一枚の羊皮紙だった。それを見た瞬間、メアリーがガタッと勢いよく立ち上がった。
「さあ次の出品物だ! これはある未開の地に、大量の金鉱が眠るとされる伝説のお宝の地図!」
司会者の声に、会場が一瞬だけざわついた。だがそれは感動や欲望からではない。完全なる呆れと冷めきった空気だった。
フランの横に座る娼婦が、連れの男の耳元でクスクスと不快な笑い声を漏らす。
「また出たわよ、このオークション主催者の悪い癖」
「ああ、あんな一ドルの価値もない紙くずに高額な値段をつけて、価値があるように見せかけて馬鹿な客に買わせるんだろ」
「あはは、あんなのもうみんな知ってるから、騙される馬鹿なんていないじゃない……」
誰もがそのカラクリを知っていた。
司会者は不敵な笑みを浮かべながら、木槌を叩いてコールする。
「では、開始価格は……十万ドルから!」
しんと静まり返る会場。誰も手を挙げるはずがない。誰もがこの出だしを失笑交じりに見守っていた。
――その静寂を、切り裂く声が響く。
「買う!!!」
メアリーが腕を突き上げて叫んだ。
「はぁ!!?? お前、正気になれよ!!」
トニーの叫び声が裏返る。慌ててメアリーの服の裾を引っ張って座らせようとするが、メアリーの瞳はすでに狂気的な黄金の輝きを放っていた。
するとその時、トニーの右隣にいた例の巨大な男が、太い声を張り上げた。
「……十一万ドルだ!」
「はぁ!? 十二万ドルよ!!」
「十三万ドル!」
「十四万!!」
メアリーが即座に値を吊り上げていく。
トニーはふと隣の大男に目をやり――血の気が引いた。男はタバコを吹かしながら、横目でメアリーを見下ろし、邪悪にほくそ笑んでいたのだ。
違う……! これは罠だ!! こいつ、主催者と裏で繋がってるサクラだ!!
「メアリー待て!! これは値を吊り上げさせるための――!!」
「100万ドルーーーーーッ!!!!」
メアリーが突き抜けるような大声で叫んだ。
――100万ドル。
荒野で城が建つほどのあり得ない巨額に、会場中の空気が凍りついた。サクラだったはずの大男も、一瞬「……え?」とタバコを口から取り落とし、言葉を失って固まる。
「100万ドル……100万ドルでお買い上げだーーーっ!!」
司会者が裏返った声で叫び、カーン! と勢いよく木槌を叩きつけた。
「おいメアリーイイイイ!!?? 100万って何考えてんだ!!」
トニーの悲鳴を余所に、メアリーはニヤリと不敵に笑うと、羊皮紙を受け取るため静かにステージへ歩み寄っていった。
その時だ。
カチャリ、と重苦しい金属音が響いた。
トニーの右隣にいた例の大男が、腰から無骨力な大口径のリボルバーを抜き放ち、メアリーの背中に向けて銃口を突きつけたのだ。
「おい、待て!!」
トニーが慌てて制止しようと身を乗り出す。だが次の瞬間――
ガチャガチャガチャッ!!
会場のあちこちから、一斉に銃を構える金属音が炸裂した。
客として座っていた男たちの三分の一が一斉に立ち上がり、銃口をメアリーたち三人へと向けている。会場中に張り巡らされていた、主催者の「仕込み」の仲間たちだった。
「キャアアアアッ!!」
娼婦たちが頭を抱えて悲鳴を上げ、座席の下へ逃げ惑う。
だが、他のガラの悪い悪党たちは逃げるどころか、ニヤニヤと煙草をくゆらせながら「へっ、始まりやがったぜ」「面白くなってきやがった」と高見の見物を決め込んでいた。
大男はトニーを冷たい目で見下ろすと、煙を吐き捨てて低く吐き捨てた。
「悪いな姉ちゃん。……それはやれねえんだよ」
そう。これは最初から「ハズレの紙くず」などではなかった。そこに書かれていたのは、正真正銘、本物の大量の金鉱が眠る宝の地図。
主催者はハズレだと客に思い込ませて馬鹿な金持ちに高値で競り落とさせ、買い取った客を裏で暗殺して金も地図も両方奪い取る――それがこのオークションの本当のカラクリだったのだ。
「へえ……やっぱりね」
立ち並ぶ銃口に囲まれながら、メアリーはゆっくりと振り返った。その顔に恐怖など欠片もない。むしろ、してやったりと言わんばかりの凶悪で美しい笑みを浮かべていた。
「ハズレの紙くずにしては、インクの匂いが新しすぎたのよ。大事に隠して最近書き写した『本物』だって、遠くからでもバレバレなの」
「なっ……! 貴様、最初から分かってて……!?」
驚愕する大男の横で、フランがしれっと立ち上がった。
その美貌には一切の揺らぎもなく、袖口から暗器を滑り込ませながら、心底嬉しそうに呟く。
「すごいよメアリーちゃん、お買い物大成功だねぇ!
……さて、メアリーちゃんの邪魔をする悪い子たちには、お仕置きの時間かな?」
「お前ら呑気に会話してんじゃねええええ!! 完全に囲まれてんだぞ!!」
トニーの絶叫とともに、オークション会場は一瞬にして大銃撃戦の渦へと叩き落とされた――。




