熱気と欲望の街
――数日後。
地平線の向こうから立ち上る砂塵の先に見えてきたのは、荒野のオアシスと呼ばれる大都市だった。
街に一歩足を踏み入れた途端、荒野の静寂が嘘だったかのように、怒涛の熱気が3人を包み込む。
行き交う馬車が巻き上げる土埃の匂い、露店から漂う香ばしい焼き肉と香辛料の香り、酒場から漏れ聞こえるピアノの不協和音と酔っ払いたちの怒号。そして何より、街全体に充満する「金」と「欲望」の匂い――。
「うわぁ……すごい活気! 見てよあの大きな建物!」
「メアリーちゃん、ホコリで髪が汚れちゃうから、日よけの布を巻こうねぇ。ほら、僕が巻いてあげる」
「フラン、甘やかすな! ……おいメアリー、言っておくが、俺たちの目的はあくまで『賞金首の捜索』だ。オークションなんて冷やかしでも近寄るんじゃないぞ!」
トニーが胃の痛むような思いで念を押すが、メアリーの瞳はすでにキラッキラに輝いていた。
トニーが言うのも聞かず、メアリーの足はオークション会場に向かっていた。
会場の重々しい木製扉を押し開けた瞬間、むっとする熱気が3人の肌を叩いた。
安タバコの煙が白く立ち込め、安物のウイスキーと男たちの粗野な汗の匂いが混ざり合って鼻をつく。幾重にも重なる重厚な赤絨毯の上を進むたび、どこからともなく視線が突き刺さった。
中にひしめき合っているのは、刺青を覗かせた見るからにガラの悪い男たちばかりだ。女の姿もちらほら混じってはいたが、いずれも男の腕にすがりつく愛人か、派手な化粧をした娼婦くらいのもの。身ぐるみを剥がすような、品定めする無遠慮な視線が3人へ一斉に向けられる。胸元に手を伸ばし、隠し持つ銃の感触を確かめるような殺伐とした空気が流れていた。
「おい、大丈夫だろうな……。入り口の繋ぎ場、 俺たちの『我が子たち』に傷一つでもついたら、俺は正気を保てる自信がないぞ……」
トニーはびくびくとして周囲を警戒し、冷や汗を流しながら小声で囁いた。両手はいつでも腰のホルスターに伸びるよう、微かに震えている。
対照的に、フランは周りから向けられる突き刺すような視線などどこ吹く風だ。
「大丈夫だよトニー。ウチの子たちは賢いからねぇ。……それより、こんな汚い煙の中じゃ、メアリーちゃんの喉が痛んじゃうよ」
そう言って涼しい顔を美しい顔に浮かべ、手持ちのハンカチで優しくメアリーの口元を覆おうとする。
そして渦中のメアリーといえば――恐怖どころか、今にも踊りだしそうなほどワクワクと瞳を輝かせていた。固く結んだポニーテールを揺らし、立ち込める煙の先を見渡すと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。そして、トニーとフランの間に身を寄せると、ヒソヒソ声で小さく囁いた。
「ねえ、見て見てトニー、フラン! まるで宝の山じゃない! あの傷だらけの男も、奥で葉巻吸ってる奴も……あちこちに高額な『賞金』が転がってるわよ!」
「お前は悪党を歩くドル箱か何かだと思ってるのか!!」
トニーの決死の低音ツッコミが、ざわめくオークション会場の隅で静かにけれど必死に響き渡った。
三人は、会場の隅にあるギリギリ座れるくらいの狭い長椅子を見つけ、身を滑り込ませた。自然とメアリーを中央に挟み込む形になり、左右を男二人でしっかりとガードする。
右側に座ったトニーのすぐ隣には、彼の倍ほどもありそうな巨大な男がどっかりと腰掛けていた。男はトニーを威嚇するように不快な笑みを浮かべると、燻る安タバコの苦い煙を、これ見よがしにトニーの顔へ吹きかけてくる。
「っ……げほっ!」
顔をしかめ、思わず咳き込むトニー。胸元のガンに手が伸びかけるが、『ここで騒ぎを起こすわけにはいかない』と必死に怒りを飲み込み、拳を固く握りしめて耐えた。
一方、左側に座るフランの隣には、連れの男の腕に胸を押し当てた派手な娼婦が座っていた。女はフランの浮世離れした美貌に目を奪われ、連れの男の腕に絡みついたまま、熱っぽい視線でじっと見つめてくる。
女から漂う安物香水の鼻を刺すような強い匂いに、フランの眉が一瞬だけ不機嫌そうに跳ね上がった。けれどすぐに、完璧に貼り付けた微笑みを浮かべて見せる。
その美しさに女は息をするのも忘れ、完全に釘付けになった。それを見た連れの男が「人の女に色目使ってんじゃねえぞ!」と会場中に響く怒鳴り声を上げる。
……そんな女、興味あるわけないだろ。ウィリーといい、この男といい、どうして男ってやつは女に執着しすぎるんだか。
フランは心の中で心底呆れ果てていた。
それどころか、隣の男の怒鳴り声も、女の不快な香水の匂いすら、今のフランにはどうでもいいノイズでしかなかった。
なぜなら――この狭すぎる座席のおかげで、メアリーの柔らかい肩や太ももが、ぴったりと自分に密着しているからだ。
ああ……なんて幸せなんだろう。メアリーちゃんの体温が直接伝わってくる……。もっと狭い席を選べばよかったな。そしたら、僕の膝の上にメアリーちゃんを座らせることができたのに……
本気でそんなバカなことを考えながら、フランの美しい顔はデロデロに緩んでいく。そして隙を見て、しれっと自然な動作でメアリーの細い腰に手を回した。
普段なら「何すんのよ!」と即座に硬い拳が飛んでくるところだ。だが今のメアリーは、ステージの上に並べられ始めた怪しいお宝の数々に目を輝かせるのに夢中で、全く気づいていない。おまけに席が狭いこともあり、腰に回された手の温もりすら当然のものとして受け入れている。
怒られない……! メアリーちゃんが僕を受け入れてくれている……!
一人で勝手に感動に浸るフランの横で、煙に巻かれたトニーだけが「頼むから早く終わってくれ……」と心中で胃薬を求めて祈り続けていた。




