命を懸けるとき
4人は暗闇の階段を駆け上がり、ついに地上へと繋がる出口付近へと辿り着いた。
――ドォオオオンッッ!!!!
その瞬間、足元の岩盤を直接くり抜くような、二度目の凄まじい大爆発が要塞の底で炸裂した。
轟音と共に、足元の床から新たな紅蓮の炎が激しく吹き上がり、視界を真っ赤に染め上げる。通路の奥からは、逃げ場を失った組織の暗殺者たちの地獄の底から響くような絶望の悲鳴が聞こえ始めていた。
立ち込める黒煙のなか、先頭を走っていたモネがピタッとその足を止めた。
「――この壁の奥に、外の大通りへ直接出られる隠し通路があるわ。そこから今すぐ脱出しなさい」
フランは荒い呼吸を整えながら、ふと、その狭い岩肌の隙間に目をやった。
「ここが……? 3年前、僕が組織にいた頃には、こんな隠しルートは無かったはずだ。……本来の『もう一つの脱出用通路』はどうしたんだ?」
「ええ、新しく作ったのよ。……ウィリーと、私でね。古い通気口のラインを、少しずつ広げてカムフラージュしたの」
モネは煙から身を守るように、衣服の袖で口元をきつく押さえながら、淡々と、恐ろしい言葉を繋げた。
「組織の本来の隠し通路なら、今ごろボスが生き残った警護の人間を総動員して、必死に逃げ込んでいる最中でしょうね。……もちろん、そこには私が、あらかじめ特製の爆弾を隙間なく仕掛けておいたわ」
「何だと……!?」
フランの背筋に、プロの暗殺者として、そして同じ時間を過ごした仲間として、生まれて初めて『寒気』すら覚えるほどの凄まじい戦慄が走った。
「お前……、本当に、この拠点を根こそぎ全滅させる気か……!?」
「ええ。だから早く行って! その本来の通路が爆発したら、連動してこの要塞の岩盤は間違いなく耐えきれずに、完全に自壊して崩落する!」
「待て!! 行ってって、どういう意味だ!? お前も一緒に俺たちと行くんだろ!?」
すでにあちこちの柱が燃え落ち、熱風が4人の衣服を激しく焦がしていた。モネは煙を吸い込んで激しく咳き込みながら、悲しげに首を横に振った。
「……最後の爆弾はね、威力が大き過ぎるから、有線のスイッチをここで直接『手動で』押し続けなきゃ起爆しない構造なの。……だから、あんたたちは早く逃げて!!」
「ふざけるな!! お前が命をかける必要なんて、どこにもないだろ!!!」
フランは叫ぶが早いか、モネの細い腕を、二度と離さないという強い力を込めて力任せにガシッと掴み取った。
「おい、ねーちゃん、本気かよ……っ!?」
後ろにいたトニーが、傷だらけの顔に冷や汗を流しながら絶句する。元保安官として、この爆発の規模がどれほど狂っているか、地盤が崩れかけている振動で誰よりも理解していた。
メアリーもまた、ばらりと広がった金の髪を熱風に掻き乱されながら、モネを真っ直ぐに見つめて叫んだ。
「モネ!! あんた、フランのために死ぬ気なの!?
そんな自己犠牲なんか求めてない……っ!! 一緒にここを出るのよ!!」
だが、モネは掴まれた腕の痛みに耐えながら、ヘーゼル色の瞳に深い哀愁と、そしてこれ以上ないほど美しい微笑みを浮かべ、フランの手を優しく解こうとした。
5年前、自分が場所を漏らしてカトリーナを死なせてしまったあの日。あの夜から止まっていた彼女の時間が、今、フランの大切な『白い世界』を守るための盾になることで、ようやく動き出そうとしていた。
――パァン!!!
突風のような熱風を切り裂いて、一発の乾いた銃声が響いた。放たれた弾丸は、モネの腕を強く掴んでいたフランの指先をミリ単位の精度でかすめ、背後の硬い岩肌へと着弾して火花を散らす。
フランは弾かれたようにその手を離し、銃弾が放たれた方――背後でめらめらと燃え盛る紅蓮の炎を振り返った。
揺らめく火柱の向こうから、一人の男がゆっくりと歩を進めてくる。黒いハットを被り、彫りの深い髭面に不敵な笑みを刻んだその姿。
「……ウィリー……っ」
フランの喉の奥から、乾いた呻きが漏れた。隣でモネが、まるで幽霊でも見たかのように顔面を蒼白に染め、息を荒くする。
「なんっで……っ、眠り薬を飲ませて、手枷だって完璧に施したはずなのに……」
ウィリーは手にしたリボルバーの銃口を平然とこちらに向けたまま、静かな足取りで距離を詰めてきた。
「おい、フラン。……俺の女に、気安く触ってんじゃねえよ」
男の圧倒的な王者の気配に、モネは必死に涙を堪え、フランの背中を強く突き飛ばした。
「早く行って!! フラン、ここは私に任せて、あんたたちは早く――っ!」
「でも、モネ……!!」
「――動くなッ!!」
ウィリーの一喝が響いた瞬間、その場にいる全員が、まるで身体を鎖で縛り付けられたかのように完全硬直した。トニーもメアリーも、その声に含まれる「本物の怪物の威圧感」に指一本動かすことができない。
「モネ。お前は、こっちに来い」
ウィリーの指示に、モネは抗う術を失い、ゆっくりと、彼の元へと歩みを進めた。
モネが自分の手の届く至近距離まで歩み寄ってきた、その刹那だった。
ウィリーは、それまで構えていた愛銃を、まるで不要になった玩具のように床の泥の上へとサラリと滑り落とした。そして、細い彼女の身体を、骨がきしむほどの強烈な力で激しく、強くその胸の中へと抱きしめたのだ。男の衣服から、いつもモネが愛していた、あの重い葉巻の香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
「な、にを……っ、ウィリー……」
「何自分だけ言いたいこと言って、勝手にどっか行こうとしてんだよ、お前は」
ウィリーは彼女の銀髪に顔を埋め、どこか子供のように不器用に笑った。
「不公平だろ。……俺にも、言わせろよ」
その言葉の温もりに、モネのヘーゼル色の瞳から、じわっと熱い涙が溢れ出して止まらなくなった。彼女もまた、自分の愛が届いていたことを知り、ウィリーの広い背中へと、自身の両腕を必死に回し、強く抱きしめ返した。
「――愛してるよ、モネ」
生まれて初めて、この冷徹な怪物の口から紡がれた、剥き出しの真実の愛の告白。モネは驚きにハッとした顔をしてウィリーを見上げたが、その視線が交差した瞬間、ウィリーは彼女の薄い唇へと、深く、深く、己のすべてのぬくもりを注ぎ込むように口づけを交わした。
だが、モネはすぐに瞳を開けた。唇に、微かな違和感が広がったからだ。彼女は力任せに、その顔をウィリーから引き離した。
「ウィリー……あんた……、私に、何を……っ」
そこまで言うと、モネは急激に襲ってきた深い睡魔に抗えず静かに瞳を閉じ、糸を切られた人形のように床へと倒れ込んだ。
「モネ!?」
フランが悲鳴のような叫びを上げる。ウィリーは、眠りについたモネの身体を壊れ物を扱うように丁寧に両腕で抱きかかえると、大股で歩み寄り、硬直しているフランの前へとその身体を差し出した。
「……こいつを頼む」
「え……? どういう、ことですか……」
「こいつが俺に飲ませようとした眠り薬をさぁ、口移しでそのまま、こいつに返してやっただけだよ」
ウィリーはハットの庇を直し、背後の燃え盛る炎の壁を見据えた。
「こんな派手な真似をしておいて、もし組織の人間が一人でも生き残ってみろ。モネどころじゃねえ、お前ら全員、地の果てまで追われてあの世行きだ。……そうならないように、俺がここで、最後にすべての残党を片付けてやるよ」
ウィリーはそう告げると、迷いのない足取りで、メラメラと赤く弾ける炎の渦の方へと静かに去り始めた。
「でも、ウィリー!! そんなことしたら、あなたまで死んでしまう……っ!!」
フランが涙を流して叫ぶと、ウィリーは歩みを止めず、肩越しに軽く振り返って、最高にニヒルで男前な笑みを浮かべた。
「フラン、俺がお前に教えたはずだろ? ――本当に守りたいものは、己の命に代えてでも守り抜け、とな。……その『本当の意味』を今からお前に見せてやるよ」
それが、師匠が遺した最期の言葉だった。ウィリーの黒いハットの影は、爆発の熱風が吹き荒れる紅蓮の
炎の中へと、吸い込まれるようにして完全に消え去っていった。
ガラガラガラ、ミシミシッ!!!
直後、要塞の骨組みが完全に限界を迎え、天井の巨大な岩盤が凄まじい音を立てて崩落し始めた。
「フラン、急ごう!! もうここが潰れるぞ!」
トニーが傷だらけの顔を歪め、メアリーと共にフランの肩を強く叩いた。
「……あぁ……っ」
フランは胸元の四葉のクローバーのネックレスを強く意識し、腕の中の眠るモネの細い身体を、二度と離さないと誓うように強く抱きしめた。
「行きましょう。……俺たちの、あの温かい居場所へ!」
四人はモネが遺してくれた新造の隠し通路へと一斉に飛び込み、光の差す外へと向かって死に物狂いで駆け抜けていった。




