戦いの始まり
フランが驚愕に目を見開いたまま、
「モネ、お前、一体何をして――」
と、口を開きかけた、まさにその刹那。
――ドォオオオオオンッッッ!!!!
屋敷の全壊を予感させるような、凄まじい大爆発の爆音が鼓膜を容赦なく突き抜けた。激しい振動が床を伝って足元を突き上げ、窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げる。
フランは、がばっと立ち上がり、モネの背後――爆音の響いた回廊の奥へと鋭い視線を走らせた。扉の向こうからは、一瞬にして静寂を奪われた組織の人間たちの、狂ったような怒号と騒がしい足音が響き始め、不穏な焦げ臭い煙の匂いが廊下に立ち込め始める。突如訪れた壊滅的なパニック。
だが、フランは正面に佇むモネの顔を見て、ハッと息を呑んだ。モネの美しいヘーゼル色の瞳には、動揺の色彩が一切無かったのだ。
ただ、すべての事態をあらかじめ予測していたかのような、冷徹なまでの『静けさ』がそこにはあった。
「お前……。まさか……」
フランの言葉を遮るように、モネは一歩前に踏み出し、どこまでも真っ直ぐな瞳で彼を射抜いた。
「――行こう。もう、猶予がない」
彼女はそれだけ告げると、迷いのない足取りで扉の方へと歩き出した。フランもまた、彼女の底知れない覚悟のすべてを察し、自動拳銃を握り直してその細い背中を足早に追った。モネは前を向いたまま、ハットを滑らかな動作で手渡してきた。
「……これを被って。顔を伏せて歩きなさい」
「あぁ」
フランはハットを深く頭に被り、ハットの庇でその美しい美貌を完全に夜の影へと隠蔽した。
モネは勢いよく寝室の扉を押し開け、混乱の渦に巻かれた廊下へと躍り出た。
「どうしたの!? 一体何があったの!?」
モネは、消火器やバケツを持って目の前を堂々と駆け抜けていく組織の暗殺者たちに向けて、あえて大声を張り上げた。
突然呼び止められた若い男の暗殺者が、歩調を緩め、赤黒い炎の煙が立ち上る方角を睨みつけたまま吐き捨てる。
「寝室で突然原因不明の爆発が起きたらしいんだ!! 今から火を消す者と、ボスの身柄を安全な場所へ避難させる者とに別れるぞ!!」
「分かったわ!! 私は向こうの消火の掩護へ行く!」
モネの完璧な偽装の指示に、若い男は疑うこともなく頷いた。
「ああ! 気をつけろよモネ! ……チッ、クソが、よりによってこんな、主要な人員が外部の案件で出払っている手薄な夜に爆発が起こるなんてな……!」
男は不吉な言葉をブツブツと呟きながら、熱風の吹き荒れる火元へと猛烈な勢いで走っていった。
「――今よ、付いてきて」
モネは男の背中を見送るなり、一瞬で冷徹な暗殺者の顔に戻った。二人は、右往左往して煙のなかへと消えていく組織の人間の死角を、影のように滑らかにすり抜けながら、トニーとメアリーが囚われている最深部の『地下牢』を目指して、暗闇の階段を足早に下りていった。
モネが地下牢の重い鉄扉を引くと、錆びついた蝶番がギィ、と鈍い悲鳴を上げた 。開くと同時に、フランはほっと胸を撫で下ろす……間もなく、その眼前に広がる光景に息を呑んだ 。
鉄格子で隔てられた冷たい石畳の上。そこには、さっきまで歩くのさえやっとの姿で引きずられていったはずの、トニーとメアリーの姿があった。
だが、彼らはぐったりと横たわってはいなかった。トニーは血の混じった唾を床にはき捨てながら、拘束されていたはずの縄を自身の怪力で強引に引きちぎり、手首を摩っている。
そしてメアリーは、不自由なはずの腕を器用に動かし、どこに隠し持っていたのか、小さなピッキングツールで足枷の錠前をカチリ、と軽快な音を立ててこじ開けている真っ最中だった。
「――遅いぜ、フラン」
トニーが、傷だらけの顔に不敵な笑みを浮かべて顔を上げた。
「あの化け物が、俺たちの五体を破壊しろなんて部下に命令する前に、メアリーが隠し持っていた針金で、あいつらのポケットから地下牢の予備の鍵をスってくれたんだよ」
「そうそう。あの程度の甘い拘束、現役の賞金稼ぎを舐めすぎよね」
メアリーが足枷を床へ放り出し、ばらりと広がった金の髪を片手でかき上げながら、鋭い瞳で笑ってみせた。二人は、ウィリーの裏切りも、自分たちが人質に取られる展開すらも、すべて戦術の内として耐え抜き、この地下牢で自力で反撃の準備を整えて待っていたのだ。
「トニーさん……メアリーちゃん……!」
フランの瞳に、絶望から一転して、本物の仲間への熱い信頼の光が甦る。モネはその二人の圧倒的なタフさと、3人の間に流れる「言葉のいらない絶対的な絆」を目の当たりにして、瞳を濁らせた。
「……さあ、役者は揃ったわね」
モネは腰の銃を引き抜き、二人に地下牢の武器庫から奪ってきた愛銃を手渡した。
「……ボスの首を獲って、この地獄を跡形もなく終わらせるわよ!」
「あぁ、望むところだッ!!」
トニーが銃のシリンダーをガチリと回転させ、メアリーが戦場を支配する狩人の顔に戻る。
「傷はあるのに、骨にまで響くような傷はない。衣服の破れはひどいが、深手はないようだ」
床に散らばった鉄枷を見ながら、トニーが自らの体に刻まれた無数の裂傷を確かめるように呟いた。
その言葉を聞いた瞬間、フランの脳裏を強烈な電流が駆け抜けた。
まさか……始めから、深手を負わないように……?
あの時、ウィリーの部下たちに襲撃され、血塗れになって引きずり出されてきた二人。だが、その傷はどれも、出血の派手さの割に急所を完璧に外された『浅い傷』ばかりだったのだ。
敵は組織の残虐な暗殺者たち。手加減などするはずがない。だとしたら、そんなミリ単位の戦闘コントロールができる化け物は、この世に一人しかいなかった。
――ウィリー。あいつは、最初からトニーたちの命を奪うつもりも、再起不能にするつもりもなかったのだ。
フランを絶望させ、組織へ連れ戻すための『舞台装置』として、二人を最も傷つかない形で生け捕りにするよう、部下たちに完璧な狙撃の指示を出していた。
冷酷な怪物の奥底に眠る、かつての相棒たちに生かされてきた男の、歪んだ、しかし確かな「手加減」の真実。
「……あの髭面の男、本当にどこまでも食えない男ね」
メアリーがほどかれた金の髪を乱暴にかき上げながら、ニヤリと不敵に笑った。
「私たちの腕を見極めた上で、死なない程度に遊んでくれたってわけ。だったら――そのお節介な手加減を、後悔させてあげるわ」
「あぁ、全くだ。これだけ盛大に痛めつけてくれたんだ、利子をつけてきっちり返してやらねえとな」
トニーが腰のホルダーから愛銃を引き抜き、ガチリと冷たい金属音を響かせて撃鉄を起こした。モネは二人の圧倒的なタフさと、傷だらけのまま闘志の火を燃やすその姿に、目を丸くして言葉を失っていた。
「……さあ、ぐずぐずしている暇はないわよ」
フランは胸元の四葉のクローバーのネックレスを強く握り締め、瞳の奥に昏い死神の火を、今度こそ本物の「生きるための闘志」として爆発させた。
パニックに包まれた要塞の最奥。四人の最強のガンマンたちによる、運命の、そして最後の【大逆転の総力戦】の引き金が、いま静かに引き絞られた。




