作戦決行
闇に包まれた組織の本拠地。潜入は不気味なほどスムーズに進行し、フランたちはついに、最奥にあるボスの執務室の重厚な扉を開け放った。
豪華な椅子に腰掛けるボスの姿を捉えた瞬間、フランは迷うことなく腰の自動拳銃を引き抜き、その脳天へと銃口を突きつけた。
――これで、メアリーちゃんたちの脅威は消え去る。
そう確信し、引き金に指をかけた、まさにその刹那だった。
カチリ、と冷たい金属音が、フランのすぐ真横から響いた。
「……悪いな、フラン。俺たちの今回の『本当の仕事』は、そのボスの首じゃねえ。――お前だったんだよ」
「っ……!!??」
フランが弾かれたように視線を横に向けると、そこには、暗闇のなかで冷酷な笑みを浮かべ、自分のこめかみへ真っ直ぐに銃口を向けているウィリーの姿があった。
驚愕に目を見開くフラン。そのすぐ後ろで、モネはかけるべき言葉を持たないように、ただ苦しげに長い睫毛を伏せて沈黙していた。あの夜、ウィリーの首元にナイフを突き立ててまでフランを守ろうとした彼女の覚悟すら、この怪物の前ではすべて筒抜けであり、利用されていたのだ。
部屋の奥から、ボスの低く濁った笑い声が響く。
「久しぶりだな、フラン。お前という最高傑作の力が、組織にはどうしても必要なのだ。……また俺の、組織の優秀な猟犬に戻れ」
すべてが最初から仕組まれた罠だった。自分の浅はかさと、ウィリーという男の底知れない底意地の悪さに、フランの瞳から一瞬で温度が消え失せ、昏い死神の眼光へと切り替わった。
彼は突きつけていた銃口を滑らかに反転させると、躊躇なく、自分の顎の下へと突き立てた。
「……なっ、何するのよ、フラン!?」
モネが悲鳴のような声を上げて一歩前に踏み出す。
「――解決法は、最初から一つだけだったようですね」
フランの口調は、不気味なほどに落ち着いていた。
「俺は、あなたたちの仲間に戻るつもりは毛頭ない。だが、あなたたちはどうしても『僕という戦力』が欲しい。だったら……すべてを完璧に解決する方法は、これしかありません」
自分がここで死体になれば、組織の目的は消え去り、メアリーたちに牙が向くこともなくなる。
溢れそうになる涙をグッと堪え、リオールとのあのネックレスの約束を裏切る痛みに胸を締め付けられながらも、フランが引き金にかけた指にぎゅっと力を込めた――まさにその瞬間。
バタンッ!!! と、背後の重い扉が乱暴に押し開けられた。
「――メアリーちゃん!? トニーさん……っ!!??」
フランの叫びが、部屋の空気を完全に切り裂いた。
扉の向こうから引きずり出されてきたのは、大勢の組織の暗殺者たちに捕らえられた、メアリーとトニーの二人だった。
二人の衣服はズタズタに引き裂かれ、全身は酷い打撲と生々しい鮮血に塗れており、自力で歩くことすらやっとの状態で床へと無様に転がされる。
フランたちの後を完璧に追跡していたはずの二人の裏をかき、ウィリーはさらにその外側に、圧倒的な捕縛の網を敷いていたのだ。
「はははっ……! 見事な覚悟だ、フラン」
ウィリーは銃口を向けたまま、ハットの影から地鳴りのような、愉しげな笑い声を響かせた。
「お前がそうやって『自分が死ねばすべて解決する』と、お涙頂戴の自殺を選ぶことくらい、この俺が最初から想定していないとでも思ったか? さあ、銃を捨てろ。お前が引き金を引いた瞬間、その傷だらけの仲間たちの頭を、同時に消し飛ばしてやるよ」
完璧に支配された絶望のチェス盤。床に転がるメアリーたちの荒い息遣いと、血の匂いが部屋全体に立ち込めるなか、フランは引き金にかけた指を震わせ、今度こそ、本当の地獄の淵で立ち尽くすしかなかった。
ウィリーはハットを傾け、自嘲と愉悦の混ざった低い笑い声を、部屋の冷たい静寂に響かせた。
「――弱くなったなぁ、フラン」
彼は銃口を床の二人へ向けたまま、ゴミを見るような冷徹な瞳でフランを見下ろす。
「お前という最高の傑作がさぁ、守るものなんていう下らねえゴミを抱え込んだ結果がこれだ。こんなにも無様に、簡単に指一本動かせなくなる。仲間なんてものはな、暗殺者にとってはただの重い足枷にしかならねえんだよ」
その言葉を撥ね退けるように、フランは「……メアリーちゃん、トニーさん……っ!」と、ボロボロの二人の元へ一歩を歩み出そうとした。
ガシッと、その腕を冷たい指先が横から強く引き止めた。フランが弾かれたように隣を見れば、そこには、今にも泣き出しそうな、耐え難い激痛に耐えるような悲痛な顔をしたモネが立っていた。
彼女は何も言わず、ただ、いま動けば本当にあの二人が消し飛ぶと伝えるように、必死に小さく首を横に振るだけだった。
言葉にならない彼女の悲鳴が、フランの身体をその場に硬直させる。
ウィリーは満足そうに顎をしゃくり、背後の暗殺者たちに冷酷な命令を下した。
「さあ、その二人の身柄を、奥の地下牢へ連れて行け」
「……っ、待て!! 二人に、何を、何をする気だ……っ!!!」
フランの細い喉から、血を吐くような鋭い怒号が迸る。ウィリーはそんな猟犬の咆哮を鼻で笑い、不敵にほくそ笑んだ。
「安心しろよ。乱暴な真似をして、その二人の息の根を止めるようなヘマはしねえさ。それをやっちまったら、お前は俺たちの言うことを聞く前に、自ら進んで命を絶っちまうだろうからな?」
フランの自己犠牲の精神すら、すべて計算の式の中。
「……ただ」
ウィリーの瞳から、完全にすべての光が消滅する。
「あのお利口な元保安官と賞金稼ぎのお嬢さんがさぁ、二度と俺たちの邪魔をできない程度には――五体のどこかを、綺麗にブチ抜いて壊させてもらうがな」
「……っ、貴様ァァッッッ!!!」
フランの背筋に、今まで経験したことのない巨大な戦慄と絶望が走った。
ぐったりとしたまま、床をずるずると引きずられて闇の奥へと連れて行かれる、トニーとメアリーの身体。引きずられる衣服の摩擦音と、彼らの流す血の匂いだけが、冷たく床に残されていく。
「さあ、フラン」
ウィリーは銃をホルダーへ収めると、何事もなかったかのようにフランの肩へと太い腕を回し、ニヤリとニヒルな笑みを浮かべた。
「お前が地獄という我が家へと戻ってきた、最高の祝杯をあげようじゃないか」




