重なる出会い
窓からの月光を浴びて、ばらっと机の上に広がるメアリーの美しい金髪。ウィリーはその髪を大きな指先で弄びながら、酷く残酷に微笑んだ。
「……俺はさぁ、こうやって結んでない方が好みなんだがな」
「それ以上……彼女に触るな……ッ!!!」
怒りが限界を超えたフランが、我を忘れて腰の自動拳銃へと右手を伸ばした。だが、それよりも早く、トニーの分厚い手のひらが上から覆いかぶさり、フランの手を力任せに銃のホルダーへと押し付けた。
「挑発に乗るな! ――いつもの、冷徹なお前に戻れ!」
トニーは男の殺気を正面から受け止めながら、フランの耳元で、命がけの低い囁きを叩き込んだ。
「がはは! いいぞ、抜け、抜いてみせろよ、フラン!!」
ウィリーはトニーの制止を鼻で笑い、チラリと楽しそうに周囲の賑やかな客たちに目をやった。
「お前はよく知っているだろう、過去に俺に向けて銃を抜いた奴らが、どんな姿に変わっていったか。……もっとも俺はさぁ、このくだらない酒場が、今から一瞬で血の海に染まったって全く構いやしないんだがな?」
トニーの低く鋭い囁きは、フランの脳髄へとまっすぐに突き刺さった。
「……っ、……ふぅ、――」
フランは大きく一度、深く深く、冷たい空気を肺に吸い込んだ。その瞬間、さっきまで全身の血を沸騰させて取り乱していた姿が嘘のように消え去る。
彼はゆっくりと右手を銃から離すと、何事もなかったかのように優雅な動作で、元の椅子へと静かに腰を下ろした。
唇の両端を滑らかに吊り上げ、この世の誰よりも美しい、しかし一切の温度を持たない「死神の笑み」を浮かべてウィリーを見つめる。
「……それで? 一体何のご用件ですか、ウィリー。わざわざ僕たちの席にまで乱入してきて、あなたほどの怪物が提示する『要求』とは」
驚異的な速度での精神の立て直し。ウィリーはそのフランの変貌を、まるで極上の玩具を見つけた子供のように、愉しげに目を細めて眺めていた。
――なるほどな。今のこいつには、暴走を寸前で引き留める、上等な『ストッパー』が付いているわけか……
ウィリーはトニーの存在を認めながらも、くつくつと低く笑い、ふたたびその太い指先をメアリーの無防備な鎖骨へと滑らせた。
「要求なぁ~……。そうだな。じゃあ、まずは小手調べに――一晩、この可愛いお嬢さんを俺に貸してもらおうかねぇ?」
男の口から放たれた、あまりにも下卑た、しかし明確な敵意。トニーの隣で、フランの微笑みを湛えた瞳の奥の「殺意の波形」が、ピキリと音を立てて再び鋭く尖るのが分かった。
「――もぉ、ダーリンっ!!」
張り詰めた結界のような沈黙を、場違いなほど甘ったるい女の高い声が暴力的に切り裂いた。
次の瞬間、背後から滑り込んできた銀髪の影――モネが、その豊満な胸を惜しげもなくウィリーの背中へとぴったり密着させ、彼の首元へしなやかな両腕を絡めつかせた。
漂うのは、あの夜の酒場でトニーの理性を狂わせかけた、あの濃厚な大人の香水の甘い匂いだ。
「モネ……っ!?!?」
フランがこの夜二度目の、裏返った驚きの声を上げる。モネはウィリーの首を抱きしめた姿勢のまま、ゆっくりと顔を上げ、フランに向けて冷徹な視線を向けた。
「あら……フラン。あんた、そこにいたの?」
感情を完璧に削ぎ落とした、氷のような冷たい声。だが、彼女はすぐにガラリと声音を変え、艶めかしく熱い吐息をウィリーの耳元へと吹きかけながら囁いた。
「もう~、全然部屋に帰ってこないから心配しちゃったじゃない。ベッドで一人きりは寂しいから早く戻ってきてって、あれほど言ったのに~」
フランの美しい睫毛が、信じられないほどの驚愕に大きく見開かれる。
「まさかお前……。お前の、今の『相棒』って……」
「そうよ!」
モネはウィリーの頬に自分の頬をベタベタと寄せ、これ見よがしに勝ち誇った笑みを浮かべた。
「あんたが突然組織から消え去ってからさぁ、私の仕事もプライベートも、ずうっとこのウィリーと一緒なのよ?」
「まさか……そんなことが……」
フランは眩暈を覚えるほどの戦慄に、奥歯を強く噛み締めた。組織の絶対的な鉄の掟――『任務は必ず二人一組で動くこと』。
だが、圧倒的な殺戮の技術を持つウィリーの相棒に指名された者は、例外なく、任務の途中で呪われたようにすぐ死に至る。だから裏社会の誰もが、あいつと組むことだけは死んでも嫌がったはずだった。それを、モネが自ら引き受けているというのか。
「さあ、ダーリン。私たちのベッドに戻りましょ。……そんな泥臭い小娘に触らないでよ、汚らわしいから!!」
モネは嫉妬に狂った女を完璧に演じきり、ウィリーの手をメアリーの身体から強引に引き剥がした。ウィリーはハットを深く被り直すと、モネの柔らかな肉体の感触に身を任せるようにして、クスクスと低く笑いながら、二人並んで酒場の雑踏の奥へと去っていった。
――その時、フランはある決定的な『指先の動き』を見逃さなかった。トニーが、遠ざかる二人の派手な後ろ姿を見送りながら、深く息を吐き出して呟く。
「ふぅ……。生きた心地がしなかったぜ。良かったなフラン、偶然あのイカしたねーちゃんが通りかかって、場を引っかき回してくれてさ……」
「……いえ。トニーさん、あれは偶然なんかじゃありませんよ」
フランの視線は、まだ二人が消えた暗闇の先をじっと見つめていた。
「モネが去り際、ウィリーの背中の死角で、僕にそっと『ハンドサイン』を出したんです。……あれは、組織の暗号にはない、かつて僕たちが相棒だった頃に味方にすらバレないように二人だけで作った秘密の合図。
……『あとは私に任せろ』という意味のサインです。あいつには他にも、『行け』『逃げろ』『助けて』『OK』……色んなサインを教えてあった。モネは、僕たちの危機を察して、あえてあの怪物の懐に飛び込んできてくれたんですよ」
己の過ちでフランの過去を壊した少女が、今度は命を賭して、フランの大切なものを守るための盾になったのだ。フランはテーブルの上にそっと横たわっているメアリーの細い身体を見つめ、静かに、しかし二度と離さないという強い力を込めて、その暖かな身体を優しく、しっかりと抱きしめた。
張り詰めていた氷のような結界が解け、フロアには再び周囲の客たちの下品な笑い声やジョッキのぶつかり合う喧騒が戻ってくる。
だが、3人の座るテーブルの上に残されたビールの泡は、すでに完全に消え失せて冷え切っていた。フランは腕の中のメアリーをそっと椅子に横たわらせると、その切れ長の瞳に冷徹な光を宿し、低い声で呟いた。
「……トニーさん。おそらく、あの列車強盗を裏で操っていたのは、ウィリーです」
「――何だと?」
トニーがグラスを握る手に力を込め、身を乗り出す。
「あいつは、組織を逃げ出した僕が今どれほどの強さになっているのか、そして……新しい『仲間』であるあなたたちと、どのように連携して戦っているのかを、すべて正確に調べるために、あの強盗団を焚きつけて列車を襲わせたんです。
あの屋根の上の男が、僕の動きを完璧に先読みしていたのも、ウィリーが裏で僕の戦術を教えていたからに違いありません」
トニーは深く息を吐き出し、ぽつりと溢した。
「……だから、あの連中は一味違ったのか。ただのならず者じゃねえ、戦術が妙にプロのそれだと思ったぜ。
……ちっ、チェスの駒みたいに、俺たちをまるごとテストしてたってわけかよ」
トニーの背筋に、元保安官としての嫌な冷や汗がにじみ出る。
「ええ。あいつは僕たちの『呼吸』をすべて、あの列車の中で観察し尽くした。……そして、僕のストッパーがトニーさん、あなたであることも、すでにすべて筒抜けです」
フランは胸元の四葉のクローバーのネックレスをきつく握り締めた。ウィリーという怪物の恐ろしさを一番よく知っているからこそ、その冷たい鉄の重みが、今は恐ろしく重い警告のように感じられた。




