再会
宿屋の一階にある酒場は、今夜も大勢の客たちの笑い声とジョッキのぶつかり合う音で、耳が痛くなるほどの活気に満ちていた。
「わぁ〜! 見てよこの銀貨の山! これだけあれば、マロンに最高級の乾燥人参を一年分買ってもお釣りがくるよ!」
テーブルの上に山と積まれた報奨金を前に、メアリーは目をキラキラと輝かせ、これ以上ないほど上機嫌に笑っていた。
旅の汚れを落とし、冷たいビールを喉に流し込んだ彼女は、「ちょっと行ってくるね!」と、弾むような足取りで席を外していった。
彼女の姿が見えなくなったのを見届け、トニーがふぅと深くため息をつき、グラスを傾ける。
「……それにしてもフラン、今回の列車の件は、本当に危なかったな。敵の連携といい、あの屋根の上のスナイパーといい、どうにも一筋縄じゃいかなかった」
「ええ、多少はね」
フランもまた、いつもの過保護な顔のまま静かに応じる。
「僕たちの活躍が裏社会に広まれば広まるほど、次からの相手もそれなりに構えて、強い手駒を送り込んでくる。僕たちも、もっと腕を上げなければ、メアリーちゃんを完璧に守り通すことは難しくなるかもしれない……」
トニーが「あぁ、全くだな」と頷こうとした――まさに、その刹那だった。
フランの耳元、髪の隙間に忍び込むようにして、低く、どこか艶のある、しかし脳髄を直接凍らせるような男の声が滑り込んできた。
『――よお。随分と久しぶりだな、フラン。相変わらず、反吐が出るほど綺麗なツラをしてやがる』
「っ……!!??」
ガタァン!!! と、椅子を跳ね飛ばすほどの勢いで、フランが弾かれたように飛び退き、がばっと身体を離して立ち上がった。
その中性的な美貌は一瞬で血の気が引き、瞳には、あの『炎の死神』が初めて見せる、底知れない驚愕と恐怖が張り付いていた。
フランが座っていたすぐ隣の椅子。そこには――いつの間にか、黒いハットを目深に被り、立派な髭を蓄えた、ニヒルな風貌の男が、どっしりと腰を下ろしていた。
男の身体からは、まるで戦場をいくつか丸ごと潰してきたかのような、重々しい硝煙と上質な煙草の匂いが、静かに漂い出ている。
トニーは座ったまま、全身の血が逆流するような衝撃に硬直した。
誰も気づかなかった。元殺し屋のフランの嗅覚も、数々の修羅場をくぐってきた元保安官である自分自身のレーダーも、この男が背後に立ち、椅子を引いて腰を下ろすその瞬間まで、呼吸の気配すらも感知できなかったのだ。
周りの客たちは泥酔し、どんちゃん騒ぎを続けている。この3人のテーブルだけが、世界から完全に隔離されたかのような、息の詰まる氷の結界に包まれていた。
トニーは心臓が早鐘のように激しく脈打つのを感じながらも、ごくりと乾いた唾を飲み込み、あえて立ち上がらず、椅子に深く腰掛けたまま、極限まで落ち着かせた低い声を絞り出した。
「……フラン。どうした? ――そちらの『お客様』は、お前の知り合いか?」
トニーの目は、男のハットの影に隠れた不気味な眼光を鋭く見据えていた。下手にここで銃を抜けば、この賑やかな酒場は一瞬にして一般客を巻き込んだ凄惨な屠殺場に変わる。元保安官としての冷徹な理性が、トニーの身体を座席に完璧に縛り付けていた。
「……この人は。……僕に、戦い方のすべてを教え込んだ、師匠のウィリーです……」
立ち上がったままのフランの声は、今までにないほど冷たく硬直していた。
ウィリーがハットの影から向けた冷酷な視線を向ける。それをまともに浴びたトニーの背筋に、ガタガタと凍りつくような凶悪な戦慄が走る。
フランは立ち上がった姿勢のまま、脳裏を過った最悪の予感に、ばっと周囲の雑踏を見回した。
「トニーさん……ッ!! メアリーちゃんは!? メアリーちゃんはどこですか!?」
「え……? さ、さっきまであそこに……」
トニーが視線を泳がせた、まさにその瞬間だった。
ウィリーは低く、喉を鳴らすように不気味に笑いながら、自分の真横に置かれていた、後ろ向きのままの椅子の背もたれに、大きな手をかけた。
「ああ、これのことか? ――お前が派手にやらかした、落とし物ってやつは」
くるり、と静かに回された椅子の正面。そこに座っていたのは――ぐったりと上体を預け、静かに瞳を閉じているメアリーの姿だった。
「メアリーちゃんに……何をしたァァッ!!!」
フランの全身の血液が、一瞬にして怒りで煮えたぎるような激しい熱さに包まれた。
「俺はお前に、耳にタコができるほど教えたはずだぞ、フラン?」
ウィリーは動こうとするフランの殺気を完全に無視し、周囲の泥酔した客たちからは見えない絶妙な死角で、ギラリと光るナイフを抜き放った。
そして、目を閉じたままのメアリーの白い頬へと、冷たい平刃をペタペタと押し当てる。
「大切な物は、己の命と引き換えにしてでも守り抜け、とな。なんだこの無様なザマは。街で妙な女に入れ込んでいるとは聞いていたが……こんな腑抜けたガキ、ここで殺されても文句は言えねえよなぁ?」
ナイフの冷たさがメアリーの皮膚を脅かす。フランは、指一本動かせなくなった。
ウィリーはそのまま、メアリーが普段、後ろで髪を一つに綺麗に結んでいた紐の隙間に、スッとナイフの鋭い刃先を通した。
プツン、と軽い音がして、バサッ――と、金の髪が乱暴にほどかれた。




