謎の人物
「シルバーグレイグって……知ってる?」
メアリーが息を呑み、仲間たちの顔を見回す。その中で、いつも軽口を叩いているフランが、珍しく歯切れの悪い顔でぼそっと呟いた。
「……知ってはいるけど……」
「えっ!? 本当に!?」
フランのその言葉に、メアリーは身を乗り出すようにして食いついた。だが、フランはどこか言いにくそうに視線を泳がせている。
「うん……。なあ、モネとベイルも知ってるだろ?」
フランに促され、モネが優雅にカップを置き、ベイルが真剣な表情に切り替える。
「ええ、私たちは幼い頃から裏の世界で殺し屋として育てられ、生活してきたから……ねえ?」
「はい! 幼い頃からモネさんを見てきましたが、それはもうお美しくて……」
「その話はいいから!!」
モネが手に持っていた扇子で、バシッとベイルの頭を完璧なタイミングで叩いた。ベイルが「いたっ」と小さく頭を抑える。モネがクスリと苦笑いしてから、スッと真面目な瞳に戻ってメアリーに向き直った。
「シルバーグレイグ……表の世界では絶対に耳にしない名前だけどね。裏の業界、それも『最高峰』の人間たちの間じゃ、畏怖と伝説を込めて語られる名前よ。トーマスさんがその男を追っていたっていうなら……話のスケールが大きすぎるわね」
「ねえ! この人のこと、もっと教えて!!」
フランの歯切れの悪い言い方、そしてモネの言葉の端々に滲むただならぬ緊迫感に、メアリーの胸のざわめきが大きくなる。
フランは重いため息をつくと、意を決したようにメアリーの目をまっすぐに見据えた。
「この人はね……もう、死んでいるんだ……」
「え……」
酒場の空気が、一瞬にして凍りついたように静まり返った。
十年前に父親が残した「決着をつけに行く」という手紙。その相手であるはずの男は、すでにこの世にいない――。
じゃあ、父さんは一体誰を追っていたのか? 十年前、彼らの間に何があったのか?
新たな謎が、メアリーたちの前に深く重く立ち塞がるのだった。
「死んでるって……どういうこと……?」
思わず声が震える。手紙に書かれた父の筆跡を見つめるメアリーの頭の中は、巨大な混乱で渦巻いていた。
「メアリーちゃんのお父さんが失踪したのは10年前だっけ?」
フランが腕を組み、いつになく真剣な目つきで言葉を紡ぐ。
「その頃には確かに生きていた、と思う。僕も直接会ったことがないから確信はもてないけど……裏社会じゃ伝説みたいな怪物だったんだ」
「ええ」
モネが扇子をゆっくりと閉じ、重々しいトーンで引き継ぐ。
「『シルバー』って名前の通り、白髪頭のおじいさんってことは聞いたことがあるわ。裏社会のすべての悪事を取り仕切ってる、闇の真の首領だって噂もあった。……ただね」
「ああ、だけど……」
ベイルもあごに手を当て、首をかしげながら続ける。
「その、お父さんがシルバーグレイグを追って行った時、生きてたはずだけどもう第一線にはいなかったと聞いてる。もう伝説とか昔話レベルの話なんだ。その男を追っていくだろうか……よぼよぼのくたばりそうな爺さんなんか……」
「よぼよぼの……おじいさん……?」
ベイルの素直な疑問に、メアリーは言葉を失った。
10年前、屈強で誰よりも強かった父トーマスが、村や家族を置いてまで決着をつけに向かった相手。それが「現役を退いた、よぼよぼの老兵」だったというのだろうか?
「……おいおい、お前ら。話を勝手に完結させるなよ」
今まで静かにタバコを吹かしていたトニーが、グラスをコトンとテーブルに置いた。紫煙の向こうで、その渋い瞳が鋭く光っている。
「裏社会の奴らが『死んだ』だの『引退した』だの言う時は、大きく分けて二つだ。本当にくたばったか……あるいは、表舞台から完全に姿を消して、さらに深い闇に潜ったかだ」
「トニー……?」
「トーマスほどの男が、ただの『昔話の爺さん』を追って姿を消すわけがねぇ。……そのシルバーグレイグって男、生きているかどうかはわからない。……何にせよ、トーマスが命を懸けるだけの価値がそこにあったってことだ」
トニーの言葉に、酒場にいた全員の表情が引き締まる。
10年前の真実、そして「シルバーグレイグ」という名の影。父が残した手紙の言葉は、単なる過去の記録ではなく、今なお続いている巨大な謎への挑戦状だったのだ――。




