父の痕跡
静かに納屋をあとにした二人は、母屋の奥にある父トーマスの書斎へと足を進めた。
「ねえ、メアリー」
アーシュが周りを気にしながら、声をひそめる。
「父さんがいなくなる直前、この部屋の床下に『何か』を隠してるのを見たんだ。あの時は怖くて誰にも言えなかったんだけど……父さんが生きてるなら、今こそ開けるべきだと思う」
「床下に……?」
二人は書斎の扉を閉じると、埃のかぶった絨毯をめくった。アーシュの手を借りて古い床板を外すと、そこには頑丈な金属製の小箱がひっそりと眠っていた。
鍵を外すと、カチリと静かな音を立てて蓋が開く。中に納められていたのは、一冊の古い日記帳と、黄ばんだ一通の手紙だった。
「これ……手紙だ」
メアリーが手紙を開き、そこに走りがきされた文字を目で追う。
『シルバーグレイグと決着をつけに行く』
「シルバーグレイグ……? 誰……? アーシュ、知ってる?」
「いや……聞いたことないな。裏社会の奴か……それとも……」
メアリーが首をかしげながら手紙を持ち上げると、その隙間からサラリともう一枚の小さな紙片が床へと滑り落ちた。
先にそれを拾い上げたアーシュが、そこに書かれた宛名を見て、ハッと息を呑む。
「……これは、お前あてだ、メアリー」
アーシュから受け取った紙には、懐かしい、けれど力強い父の筆跡でこう記されていた。
『小さな保安官。この手紙を見つけたということは、俺はこの村にはもういないのだろう。母さんとアーシュを頼むよ。父より』
「父さん……!? こうなることまで読んでたってこと……!?」
メアリーの分厚い動揺に、アーシュは静かに頷いた。
「そうなるな……」
「だって、父さんがいなくなったのってもう十年くらい前なのに……。この手紙は、十年間ずっと私に見つけてもらうのを待っていたっていうの……?」
十年前、まだ幼かった自分を「小さな保安官」と呼び、未来で自分がこの場所まで辿り着くことを信じて託された言葉。
父は自分を捨てて消えたわけじゃない。いつか娘が自分の意志で立ち上がり、この手紙を開く日をずっと信じて待っていたのだ――。
手紙をぎゅっと胸に抱きしめるメアリーの瞳に、あたたかい涙と、決して揺らがない確かな決意が宿るのだった。
父からの手紙をぎゅっと手に握りしめ、二人はメアリーの実家でもある宿屋へと向かった。
扉を開けると、そこにはもういつものようにテキパキと厨房とホールを往復しながら指示を出す母親の姿があった。さっきまでの静かな涙が嘘のように、活気に満ちち溢れたその背中に、メアリーとアーシュは顔を見合わせてホッと胸を撫で下ろす。
「アーシュ! メアリー! あんたたち何ぼーっとしてんの、手伝って手伝って!」
「わかったよ、母さん!」
いつもの我が家の光景。アーシュが明るく声を返すと、メアリーの耳元へそっと顔を寄せ、こそっと耳打ちした。
「……メアリー。仲間にその手紙のこと、早く聞きたいんだろ? こっちの手伝いはそれが済んでからでいいから、行ってこいよ」
「……うん、ありがとうアーシュ!」
宿屋の一階、昼下がりの陽光が差し込む酒場のテーブル席には、旅を共にしてきた大切な仲間――トニー、フラン、ベイル、モネの姿があった。
「あれ? ダンおじさんは?」
ぐるりとあたりを見回すメアリーに、トニーが咥えタバコの紫煙をくゆらせ、グラスを傾けながら答える。
「ああ、ダンなら久しぶりに村へ帰ってきたから、あちこち見てくるって出て行ったぞ」
「そっか……」
優雅に紅茶のカップを手にしていたモネが、メアリーに視線を向けて華やかに微笑んだ。
「メアリー! あんたの実家、宿屋だったのね! あんたのお母さんがね、『娘がいつもお世話になってるから、宿代も飲み代も全部タダでいい』ってさっき言ってくれたわよ! 本当にありがたいわねぇ」
「えっ……! 母さんたら……」
気持ちの整理がついて、急にテンポ良く働き始めた母。感謝と嬉しさをそんな形で表現しているのだと分かり、メアリーはちょっぴり恥ずかしくも、胸がキュッと温かくなるのを感じた。
そんなメアリーの様子をじっと見ていたフランが、首をちょこんと傾けて尋ねる。
「ねえメアリーちゃん、さっきからその手に握りしめているのはなぁに?」
「あ……そう、これなんだけど……」
メアリーは手の中の手紙を見つめ、アーシュと二人で父の書斎の床下からこの手紙を見つけ出した経緯を、ひとつひとつ丁寧に仲間たちへ話し始めた――。




