変わらぬ愛
数ヶ月ぶりの再会。号泣するほど大袈裟な別れだったわけじゃない。けれど、メアリーの手を引いて家へと歩き出そうとしたアーシュの顔には、どこかホッとしたような色が滲んでいた。
「……あ、ただいま、お母さん」
宿屋の扉を開けると、奥から出てきた母親が足を止めた。
10年前、父トーマスがそうやってふらりと家を出たきり、二度と帰ってこなくなった――。あの日の記憶がトラウマのように焼き付いている母親は、メアリーが旅に出てからというもの、毎日祈るような心地で帰りを待ち続けていたのだ。
「メアリー……っ! おかえり……よく帰ってきたわね……!」
目元を潤ませ、震える手でメアリーを抱きしめる母親。
「もう、お母さんったらオーバーねぇ! たった数ヶ月じゃない」
メアリーは明るく笑ってみせたけれど、抱きしめてくる母親の体の震えから、その胸の内にあった不安と痛みが痛いほど伝わってきて、胸がキュッと締め付けられた。
リビングに落ち着き、ダンやトニーたちを紹介し終えた後――メアリーは母親の前に座り直し、まっすぐにその目を見つめた。
「お母さん……あのね。あたしたち、お父さんの手がかりを見つけたの」
「え……? トーマスの……?」
「お父さんは……生きているかもしれない。……ううん、絶対に生きてる!」
「――ッ!?」
その瞬間、母親の時が止まった。見開かれた瞳。言葉を失い、呼吸さえ忘れたかのように固まる顔。
長年、「死んでしまったのかもしれない」と自分に言い聞かせ、なんとか諦めをつけて心を保ってきた。それなのに突然突きつけられた『生きている』という事実。喜びよりも先に、感情の整理が追いつかない巨大な波が母親を襲っていた。
「あ……あの……わたし……ちょっと……すみません……っ」
声を絞り出しなんとかそれだけ言い残すと、母親は立ち上がり、すがるように自分の部屋へと駆け込み、扉を静かに閉めてしまった。
「あ……お母さん……っ」
あまりの反応に、メアリーは差し伸べた手を空中で止めたまま、どうしていいか分からずに戸惑ってしまう。あたしの言い方が良くなかったのかな、余計に傷つけてしまったのか――急な罪悪感と不安が押し寄せる。
そんなメアリーの肩を、アーシュがそっと叩いた。
「大丈夫だよ、メアリー。……おふくろ、ただ驚いてるだけだ。ずっと『いないもの』として気持ちを抑え込んでたからさ……すぐには受け止めきれないんだよ」
双子の弟の落ち着いた声に、メアリーは少しだけ肩の力を抜き、閉ざされた扉を静かに見つめるのだった。
「お母さん……どこに行っちゃったのかな。あたし、言い方間違えちゃったのかな……」
急に部屋を出ていってしまった母親の背中を思い出し、メアリーは不安そうに眉をひそめた。胸の中で広がる罪悪感に押しつぶされそうになっていると、アーシュがそっとメアリーの袖を引いた。
「こっちだよ、メアリー。おふくろの居場所、たぶん分かる」
「え……?」
アーシュに導かれて母屋を抜け出し、向かったのは敷地の端にある古びた納屋だった。ギィ……と錆びたヒンジが小さな音を立てる。
「なんで納屋に……?」
首を傾げるメアリーに、アーシュは声を潜めて囁いた。
「あそこが……最後に父さんと会話した場所なんだってさ」
「え……」
「あの日、父さんが旅立つ直前、おふくろはここで作業をしてたんだ。『すぐに帰ってくる』って父さんが言うから、外まで見送りにも行かなくて……作業しながら『いってらっしゃい』って言っただけだったんだって。それをずっと……ずっと後悔してたんだよ」
アーシュが納屋の隙間から、そっと奥を指さした。
「……あそこだよ」
干し草の匂いが満ちる静かな納屋の奥。差し込む夕暮れの光の中で、母親がぽつんと藁の上に座り込んでいた。その手には、一つの小さな銀のペンダントが強く抱きしめられている。
「あれはさ……結婚した時に、父さんがおふくろにプレゼントしたって言ってたペンダントだよ。あとにも先にも、父さんがおふくろにプレゼントしてくれたのは、あれ一つだけだったんだってな」
アーシュの低く静かな声が、メアリーの胸に染み込んでいく。
「……あなた……本当に生きているの……? 本当に……うっ……ううっ……」
手の中のペンダントに額を押し当て、押し殺した声で涙を流す母親。
長年、「諦めること」で自分を納得させ、塞ぎ込んできた想い。それが「生きていた」という現実によって溢れ出し、喜びと途方もない安堵、そして過去の後悔が混ざり合って涙となって溢れていた。
言葉にならない母親の背中を見つめながら、メアリーの目からも自然と温かい涙がこぼれ落ちた。アーシュもまた、視線をそらしながら静かに鼻をすすらせている。
「……行こう、メアリー。今は一人にしてあげよう」
「……うん」
母親の胸に秘められた深い愛と痛みを確かめた二人は、足音を立てないようにそっと納屋を後にするのだった。




