仲間からの言葉
特訓初日の朝。宿屋の薄暗い一室で、ベイルはテーブルの上に広げた布の上にメアリーの愛銃を丁寧に分解し、並べていた。
「メアリーさん、ちょっとその手を貸して」
「うん、ベイル」
ベイルはメアリーの右手の人差し指と手のひらの豆をじっと観察し、小さな精密ドライバーを手に取った。
裏社会にいながら、メカニックの凄腕をもつ彼の手にかかれば、どんな銃も使い手の肉体に完璧にフィットする「相棒」へと生まれ変わらせることができる。
「ダンの奴は、長年使い込んだ大型拳銃の重みと、自分の筋力だけで圧倒的な早撃ちを見せつけてきた。……だが、人間はコンマ数秒の焦りで指の力がわずかにブレる。そこを突くんだ」
ベイルはシリンダーの回転軸を極限まで滑らかに研磨し、撃鉄を起こすハンマーのコッキングにかかる負荷を削っていく。さらに、トリガーの遊びをミリ単位で調整した。
「トリガーを引く指に、余計な力を入れなくていい。ただ『触れる』だけで撃ち出せるようにカスタムした。銃は道具じゃない。自分の指先の神経の延長線上にある『もう一つの神経』。重みを感じず、同化するような感覚だ」
ベイルに言われた通り、メアリーが新しく生まれ変わった銃をホルスターから引き抜いてみる。
――シャランッ!
以前とは比較にならないほど滑らかに、吸い付くように銃が手に収まった。手首への負担が消え、指の動きと銃弾が完全に直結したような感覚に、メアリーは思わず目を見開く。
「……すごい、まるで自分の手が伸びたみたい……!」
「ふっ、上出来だ。これで『抜くスピード』の差は完全に埋まった」
「ありがとう! ベイル!!」
「いやいや、これくらい……」
恥ずかしそうに下を向くベイル。
二日目。荒れ果てた廃坑の広場。ギラギラとした太陽の下で、モネとフランによる実戦的な回避と早撃ちの訓練が始まった。
「甘いわ、メアリー」
モネが優雅に日傘を杖代わりにつきながら、冷徹な視線を飛ばす。彼女は元殺し屋としての鋭い眼光で、メアリーの立ち姿を一刀両断した。
「正面からただ速く抜くだけじゃ、ダンのような百戦錬磨のガンマンには絶対勝てない。あいつは銃口を向ける相手の『視線』と『重心の傾き』をミリ単位で読んでるの。撃つ前に、お前の身体の癖でどこに弾が来るかバレてんのよ」
「じゃあ……どうすればいいの、モネ?」
「重心を爪先でも踵でもなく、常に『ゼロ』にしなさい。相手が引き金を絞るその瞬間――ほんの一瞬前に、風の抵抗をすり抜けるように半身をずらすの。……ほら、フラン、お手本で見せてあげて」
「はいはい。 見ててね、メタリーちゃん!」
フランがニカッと笑い、メアリーの前に立った。普段のメアリーに対するデレデレした態度とは打って変わり、次の瞬間――フランの纏う空気がガラリと変わった。元・凄腕の暗殺者としての、凍てつくような殺気と圧倒的な体幹のブレなさ。
モネが合図の石を放り投げる。
――カランッ!
音が鳴った瞬間、フランの姿がまるで残像のように揺らぎ、その石を紙一重でかわしながら、正確無比な抜き打ちの構えへと移行していた。無駄な力が一切入っていない、極限の美しさすらある動き。
「メアリーちゃん、見てた? コツはね、『避けてから撃つ』の意識を捨てること。敵の銃弾が通る空間を、あらかじめ『空けておく』んだよ。今まで幾多の銃撃戦をくぐり抜けてきた君なら、絶対にできる!」
「う、うん……! やってみる!」
モネの容赦ない理論的な指摘と、フランの背中で見せるプロの技術。
メアリーは何度も何度も砂埃にまみれながら、ダンの殺気を想定した「死線を潜る体捌き」を体に叩き込んでいった。
三日目の夜。ランタンのオレンジ色の灯りが照らす薄暗い部屋で、トニーはウイスキーのグラスを傾けながら、静かにメアリーに向き合っていた。
「……なぁ、メアリー。昼間の動きを見てて思ったんだがよ」
トニーは咥え煙草を指で摘み、煙の向こうから鋭い眼光でメアリーを射抜いた。
「お前……相手が『ダンおじさん』だからって、無意識に手を抜いてねぇか?」
「えっ……!? そんなこと――」
「隠したって無駄だ。今までの戦い方と明らかに違う。引き金を引く瞬間に、コンマ何秒かの『迷い』が見えるんだよ。……『殺したくない』『傷つけたくない』って気持ちが、お前の反応を鈍らせてんだ」
冷たく突きつけられた指摘に、メアリーは言葉を詰まらせた。
「命を懸けた戦いなんだぞ。お前が『不殺』の考えを貫くっていうなら……それなりの本当の覚悟を持て」
「それって……『不殺を貫くなら、負けるかもしれない』ってこと……?」
不安そうに尋ねるメアリーに対し、トニーは首を横に振った。
「いや、正確には違う。……『不殺でも確実に勝てる技』を身につけてなきゃ、絶対に勝てないってことだ」
「不殺でも勝てる技……?」
「相手を殺す気で撃ち込んでくる奴を、命を奪わずに制圧する。それはな、相手を殺すことの何倍も難しくて、極限の精度が求められる修羅の道だ。相手の腕や手首、銃の撃鉄……ミリ単位の精度で狙い通りに打ち抜く、圧倒的な技術と度胸が必要なんだよ」
トニーはテーブルを拳でコンと叩き、メアリーの目を力強く見つめた。
「手加減や甘えで撃つ『不殺』は、ただの自殺行為だ。だが、相手を絶対に生かして屈服させるための『覚悟を持った不殺』なら、それはどんな殺し屋の弾丸よりも強い。……ダンを殺さずに勝つってのは、そういうことだ。お前にその覚悟はあるか?」
「……っ……!!」
メアリーはハッと目を見開いた。
「ダンおじさんだから」と、どこかで手減や躊躇をしていた自分。不殺という言葉に甘えていた自分に気づかされた。
「……あるよ。あたし、覚悟する」
メアリーはぎゅっと拳を握り締め、胸を張った。
「ダンおじさんを殺さない。でも、絶対に手加減もしない。あたしの全部をぶつけて……絶対に勝つッ!!」
「……フッ、良い顔になったじゃねぇか」
トニーは満足そうにニヤリと笑うと、煙草の灰を落とし、優しくメアリーの頭を撫でるのだった。




