父の真実
煙草の紫煙が、静まり返った廃屋の天井へゆらゆらと昇っていく。
トニーは壁に預けていた背中をゆっくりと離すと、煙草を口から外し、低く落ち着いた声で静かに語り始めた。
「……なぁ、メアリー」
「……なに、トニー?」
「俺も昔は保安官として、裏も表もそれなりに修羅場を潜ってきた。その頃……『トーマス・スペンサー』っていうガンマンの噂は、嫌ってほど耳に入ってきたぜ」
トニーの鋭い眼光が、過去の記憶を辿るように遠くを見つめる。
「確かにその銃弾で倒れた悪党は無数にいた。……だがな、噂のトーマスは『簡単に人を殺すような男』じゃ決してなかったはずだ。どれほど追い詰められても、最後に相手の息の根を止めるかどうかの線引きだけは、異常なほど慎重な男だってな」
「トニー……」
「ダンが言った『汚れた血』ってのがもし本当だったとしても……そこには絶対に、そうせざるを得なかった『やむを得ない事情』や『避けられない罠』があったはずだ。今の父親はただの冷血漢じゃねえ。それはお前が一番わかっているだろ?」
トニーは煙草の灰をトントンと落とすと、力強い目でメアリーをまっすぐ見据えた。
「だからこそ……真実を知るためにも、俺たちはトーマスに会いに行かなきゃならねえ。ダンに吹き込まれた言葉だけで親父さんを疑うのは早すぎるぜ。トーマスの口から直接、本当のことを聞くまではな」
「……ッ!」
トニーの言葉に、メアリーの瞳に再び揺るぎない光が宿る。
父が隠してきた過去から目を背けるのではなく、本当の姿を受け止めるために追いつく――その決意が、メアリーの中で固まった。
「……うん! ありがとう、トニー! あたし、父さんに直接会って、本当のことを聞く! そのためにも……三日後の勝負、絶対にダンおじさんに勝ってみせる!!」
「ふっ、それでこそ俺たちのメアリーだ」
トニーが不敵にニヤリと笑う横で、フランが熱烈な視線を送る。
「さすがメアリーちゃん! 僕も全力でサポートするよ! ダンなんて僕の愛の弾丸で……あ、いや、メアリーちゃんの特訓につきあうよッ!」
「ふふ、頼もしいわね」
アリスが万年筆をパチンと鳴らし、手帳を開く。
「さて……相手は伝説のガンマン。根性論だけでは勝てないわ。残り三日間で、ダン・ミラーの『早撃ち』を打ち破る策を立てるわよ」
「ふふ、もちろんよ」
モネが優雅にワインを飲みながら微笑む。
「……ダン・ミラーの早撃ちは確かに圧倒的だったわ」
アリスが冷徹に、だが確かな分析を込めて手帳を開いた。
「けれど、完璧な人間なんて存在しない。彼には……明確な『クセ』と『隙』があるわ。……三日後の勝負、必ず勝ちに行くわよ、メアリー」
仲間たちの温かい言葉と強い視線。顔面蒼白だったメアリーの頬に、少しずつ赤みが戻っていく。
「みんな……っ……」
メアリーは愛銃を強く握り締め、胸の奥に灯った小さな火種を感じていた。
父親の過去に惑わされるのではなく、自分の手でダンを救い出すために――三日間の猛特訓と決闘への決意を新たにした瞬間だった。
「待って、アリスさん。……勝負の対策を一緒に考えてくれるんじゃないの?」
メアリーが怪訝そうに尋ねると、アリスは手帳をパチンと閉じ、ドレスのポケットに万年筆をしまうと冷徹な笑みを浮かべた。
「いいえ、私はあなたたちの特訓には付き合わないわ。……というか、付き合っていられないのよ」
「えっ……?」
「忘れたの? 私はピンカートン探偵社および法務関係者よ」
アリスの隣で、ハーバートが分厚い六法全書を小脇に抱えてピシッと胸を張った。
「ダン・ミラーの背後には、サンダンサーの街を牛耳る裏社会の巨大シンジケートが絡んでいます。彼がなぜそこまで荒んでいるのか、その『元凶となった黒幕』の法的な尻尾を掴むのが私たちの仕事です!」
「つまり、」
アリスが冷たく、しかし頼もしい瞳でメアリーを見据える。
「ダン・ミラーを力で打ち負かすのは、あなたたち現場の仕事。けれど、彼の背負った絶望の根源――『家族を奪った真の黒幕』を法と証拠で引きずり出すのは、私たちの仕事よ」
「アリス……ハーバート……」
「そういうことです、メアリーさん」
ハーバートが眼鏡をクイッと押し上げる。
「私たちはこれより極秘裏に街の裏稼業を洗い、決闘の時には――あなたたちが喉から手が出るほど欲しい『決定的な証拠』を引っ提げて戻ってきます! それまでどうか、無事で……!」
「ふふ、あまり派手に撃たれないことね、メアリー」
アリスがフッと優しく微笑み、二人は宿屋の扉を背にして颯爽と立ち上がる。
「――というわけですので、メアリーさん!」
別れの挨拶の途中、ハーバートが突然バッと胸を張り、メアリーの手を両手で優しく包み込んだ。眼鏡の奥の瞳をキラリと輝かせ、キザかつ情熱的な笑みを浮かべる。
「どうかご安心ください! どんなに離れていても、私の心は常に貴女と共にあります! 貴女のその愛らしくも高潔な美しさを守るためなら、私はこの身を粉にしてでも完璧な勝利の証拠を持ち帰ってみせます……!
ああ、メアリーさん、貴女の存在こそが私の唯一の法律であり、正義なのです……ッ!!」
「え、あ……うん、ありがとうハーバート……?」
あまりの熱量に引き気味のメアリー。
その瞬間――!
――ギギギ……ッ!!
「おいコラ泥棒弁護士ッ!! 誰のメアリーちゃんに馴々しく触って愛を囁いてるんだよッ!?」
フランが凄まじい眼光で割り込み、ハーバートの手を強引にはがし取った。美しい顔を般若のように怒らせてハーバートの胸ぐらに詰め寄る。
「メアリーちゃんに愛を誓っていいのは、世界で僕ただ一人なんだよ!! お前の不潔な愛の言葉でメアリーちゃんの耳を汚すんじゃないッ!」
「不潔とは失敬な! 私は至って誠実に、一人の男としてメアリーさんへの愛と敬意を表現しているのですッ!」
「はぁぁぁ!? なんだとこの眼鏡ッ!!」
バチバチと火花を散らす男二人の横で――
――カチッ……カチッ……カチッ……
「ひっ……!?」
静まり返った室内で、アリスが冷徹極まりない無表情のまま、愛用の高級万年筆を一定のリズムでカチカチと鳴らしていた。
その全身から立ち上る、氷点下の殺気。
「あ、アリスさん……? な、何かお怒りでしょうか……?」
ベイルが引きつった笑いで後ずさりする。
「いいえ? 別に怒ってなどいないわ。ただ……仕事を始める前に、余計な害虫を退治しておくべきかしらと考えていただけよ」
「が、害虫!? 誰のことですかアリス!?」
当のハーバートだけがケロッとした顔で首を傾げている。
トニーは呆れたように咥えタバコの煙を吹き出し、モネは扇子で口元を隠してクスッと微笑んだ。
「……とにかく! 私たちは調査に向かうわよ、ハーバート。無駄口を叩いているヒマがあるなら足を動かしなさい」
「あ、待ってくださいアリス! メアリーさん、ではまた後ほど……ッ!」
アリスに首根っこを掴まれ、連れ去られていくハーバート。
最後までにぎやかな旋風を巻き起こしながら、二人は調査へと旅立っていったのだった。




