メアリーの決意
「メアリーちゃん!! そんな奴の言いなりになんてならなくていいよ!! お父さんだってそんなこと望んでない……!!」
フランが必死の形相で叫び、メアリーの腕を掴もうと駆け寄る。
だが、メアリーはその手を静かに押し返し、振り向きもしないまま、低く重い声を返した。
「違うの……私は……私の望みは……」
静かな、だが決して折れない強さを秘めた声。
フランが息を呑んで立ち尽くす中、メアリーはゆっくりと視線を上げ、正面に佇むダンの冷酷な瞳をまっすぐにとらえた。
「ダンおじさん。その条件、呑む。
――そのかわり、私が勝ったら……その闇社会から足を洗って、あの街に帰ってきて」
かつて皆で笑い合い、ダンが保安官として街を守っていた、あの思い出の場所へ。
「…………」
一瞬の静寂。
次の瞬間、サンダンサーの廃墟に凶悪で乾いた高笑いが響き渡った。
「ハッハッハ!! さすがトーマスの娘!! 肝が据わってるというか、無鉄砲というか……ッ!」
ダンはハットのつばを押し上げ、狂気に満ちた笑みを浮かべながらメアリーへ歩み寄る。
「お前、分かってんのか? 俺の部下になるってことは……殺しもやらせるぞ? 『不殺』なんて甘ぇ考えはすぐ捨てさせるからな! お前の父親だって殺しをやってないわけじゃないだろう!!」
「……っ!?」
「善人ぶるのもいい加減にしろ! お前は……『汚れた血の人間』から産まれた娘なんだよ!!」
突きつけられた残酷な言葉。
トーマスが決してメアリーに見せようとしなかった、銃客としての凄惨な「裏の過去」。メアリーの知らない部分。
沈黙の中、トニーが深く痛ましい眼光でメアリーを見つめた。
「……そうなのか? メアリー?」
メアリーの顔から、一瞬で血の気が引いていく。唇が震え、全身の感覚が痺れていくような絶望感。自分が信じて追い続けてきた誇り高き父親、その手に染みついた「血の匂い」を突きつけられ、視界が真っ白に染まった。
正義の味方だと思っていたお父さんも、自分も、最初から「汚れた存在」だったのか――?
揺らぐメアリーの足元と、冷酷に嘲笑うダン。
人生と誇り、そして父の真実を巡る極限のリベンジマッチは、逃げ場のない残酷な境界線へと追い込まれていくのだった。
「フン……せいぜい残り三日間の『善良な女の子』の生活を楽しむんだな」
ダンは蔑むような笑みを残すと、一度も振り返ることなくサンダンサーの砂埃の向こうへと消えていった。
「――三日後だ!! またここで会おう!!」
その背中が完全に影を潜めても、メアリーはその場に立ち尽くしたまま動けずにいた。
「メアリーちゃん……大丈夫……?」
フランが痛々しそうに声をかけるが、メアリーの耳には届かない。
『お前は汚れた血の人間から産まれた娘だ』――ダンの言葉が頭の中で激しく渦巻き、胸の奥を冷たく締め付けていた。
「……立ち話をしている場合じゃないわね。一旦、街の宿へ入りましょう」
アリスが静かに万年筆をポケットに収め、一行を促す。ベイルが砂利の中に転がっていたメアリーの愛銃を丁寧に拾い上げ、ハンカチで泥を拭き取りながらそっと差し出した。
「メアリーさん……、これはお父さんの銃、でしたよね?」
「……うん、そう。そうなの。ありがとう、ベイル」
受け取った愛銃は、いつもより酷く重く感じられた。
サンダンサーの端にある、半分崩れかけた木造の古い宿屋。
薄暗い一室のテーブルを囲み、一行は重苦しい沈黙の中にいた。メアリーはベッドの端に腰掛け、手元のアリスが淹れた温かいハーブティーの湯気をただじっと見つめている。
「……ねえ、トニー」
静寂を破ったのは、メアリーの小さな問いかけだった。
「お父さんは……本当に、殺しをやっていたの……? あたしの前では……絶対に誰も傷つけない、優しいお父さんだったのに……」
トニーは壁に背を預け、咥えタバコの煙を天井へ向けてゆっくりと吐き出した。
「……トーマスが昔、どんな引き金の引き方をしてたかは知らねえ。だがな、メアリー」
トニーの眼光が、柔らかく、けれど力強くメアリーを見つめる。
「お前が知ってるトーマス・スペンサーは……お前を命がけで愛して、一度だってお前に恥じるような生き方を見せなかった男なんだろ。血がどうだの過去がどうだの、そんなものはダンの言いがからかもしれない」
「トニーさんの言う通りですよ!」
ハーバートがテーブルをドンと叩いて立ち上がった。
「法的に見ても、親の過去の責を子が負う必要などどこにもありません! メアリーさん、あなたはご自身の正義を貫けばいいのですッ!」
「それにさ……メアリーちゃん……!」
フランが素早くメアリーの隣に腰掛け、その華奢で泥のついた手を自分の両手でそっと包み込んだ。
整いすぎた眉を痛々しそうにひそめ、誰もが見惚れるような極上のイケメン顔を、至近距離でメアリーに向けた。
「お父さんの血がどうとか、過去がどうとか……そんなのどうでもいいんだよ! 僕が恋したのは、お父さんの肩書じゃない。泥だらけになっても誰かを救おうとする、世界で一番可憐で、強くて、可愛い……僕のメアリーちゃんなんだからッ!」
「ふ、フラン……顔が近いよ……ッ」
思わず照れてしまい、顔をそらすメアリー。
「僕はね、メアリーちゃんがどんな過去を背負っていようが、たとえ世界中を敵に回したって、君の味方でいるって決めてるんだ! ダンの奴がなんだ! あんな性根のねじ曲がった親父の言葉なんて、僕のメアリーちゃんへの愛で全部吹き飛ばしてやる!!」
キリッとした眩しい笑顔で親指を立てるフラン。相変わらずのメアリーへのぞっこんぶりに、部屋の重苦しい空気が一瞬で吹き飛んでいく。
「……ハァ。相変わらずお前は、どんなシリアスな場面でもブレねえなぁ」
トニーが咥えタバコの煙を吹き出し、苦笑いしながら壁に背をあずけた。
「だが……まあ、このバカの言う通りだぜ、メアリー」
トニーの鋭い眼光が、柔らかくメアリーを見つめる。
「俺たちがついて行ってんのは『トーマスの娘』だからじゃねえ。お前自身が魅力的だからだ。過去がどうあろうと、お前が積み重ねてきた『正義』まで偽物になるわけじゃねえさ」
「……うん……っ!」




