足跡の真意
南の大港湾都市サン・セバスチャンを後にした一行は、岩肌が剥き出しになった赤茶けた荒野を進んでいた。
目的地は、かつて鉱山町として栄え、今は無法者の巣窟と化したゴーストタウン『サンダンサー』。
馬車の車輪がギシギシと音を立てる中、アリスが手帳を眺めながら静かに口を開いた。
「……不可解だわ。トーマスほどの男が、これほど分かりやすい足跡を残してサンダンサーへ向かうかしら」
「えっ……? どういうこと、アリスさん?」
メアリーが首を傾げる。
「サンダンサーを仕切っているのは、元・伝説の保安官……『ダン・ミラー』よ。彼は数年前、裏社会の権力者に家族を奪われ、正義に絶望して保安官バッジを捨てた。今や冷酷無比な用心棒として名を馳せているわ」
「ダン……おじさん……!?」
メアリーの顔からすっと血の気が引いた。
「知っているの、メアリーちゃん?」
フランが心配そうに覗き込む。
「うん……昔、お父さんと一緒に街を守っていた保安官のおじさんだよ。あたしがちっちゃい頃、よく肩車してくれたり、銃の持ち方を教えてくれたりして……すごく優しかったの。姿を消した理由は知らなかったけど……」
ショックを受けるメアリーの横で、トニーが咥えタバコを指で摘み、深い溜息をついた。
「……おいおい。トーマスさん、まさか気づいてなかったわけねえよな。この道を通れば、お前がそのダンって男に必ず出くわすってことにさ」
「え……?」
「トーマスは、あえてお前をあの男に会わせたくなかったんじゃないのか? あるいは――」
トニーの言葉を引き継ぐように、アリスが冷徹な瞳でメアリーを見つめた。
「――あえて、よ。トーマスはあなたに試練を与えたのかもしれないわ。過去の絶望に囚われた『かつての知り合い』と向かい合った時、どう出るか……『娘の覚悟』を見ようとしているんじゃないかしら」
馬車の中に、重い静寂が降り積もる。
「……父さんからの、試練……」
メアリーはぎゅっと胸元の愛銃を抱きしめた。
父さんは逃げているんじゃない。自分が本当の意味で「一人前のガンマン」として自分の足で立てるのか、問いかけているのだ。
「……行くよ。ダンおじさんに会って……なんで今、悪事に手を染めてるのか、問い詰める。そして、父さんの手がかりを手に入れる!!」
太陽が真上に昇り、影が足元に収まる正午。
静まり返ったサンダンサーのメインストリート。風に煽られた枯れ草がカラカラと転がっていく。
荒廃した酒場のスイングドアの前に、一人の男が深くハットをかぶって佇んでいた。
腰に下げた二挺の拳銃、使い古された革のホルスター。昔と変わらない構え……だが、その全身からは凍りつくような殺気が漂っていた。
「……久しぶりだな、ちびっこ保安官。いや……もう小さくはないな、メアリー」
低い、掠れた声。ハットの陰から覗く眼光は、かつての温もりを欠き、ガラスのように冷たかった。
「ダンおじさん……! なんで……なんでこんなところにいるの!? なんで保安官をやめちゃったのッ!?」
メアリーが叫ぶ。
「……保安官だと? クソ食らえだ。正義なんて言葉じゃ、目の前で殺される妻と子供たち一人も救えねえ。悪を裁けない法律も、おめでたいバッジも……全部バカバカしくなったのさ」
ダンは冷たく吐き捨てると、胸ポケットから一通の封筒――トーマスが残したメッセージカードをチラつかせた。
「トーマスから預かった『足跡』はここにある。……だが、お遊びで父親の後ろ追ってるようなお前なんぞに渡すわけにはいかねえな。ほれ、欲しけりゃ……俺を撃ち抜いてみな」
「おじさん……!!」
「やめろメアリー! 奴の気配は本物だ!」
トニーが叫ぶが、メアリーは制止を振り切り、一歩前に踏み出した。
「あたしはお父さんを追うって決めたんだ! おじさんの目を覚まして、お父さんの手がかりも絶対に持って行くッ!!」
「……言ったはずだ。ごっこ遊びは終わりだと」
――ヒュウゥゥゥ……
乾いた風が通り抜けた、その一瞬――!
――ババァァンッ!!
一斉に響いた二つの銃声!
メアリーが渾身の力で引き金を引いた瞬間、ダンの銃弾は目にも留まらぬ速さでメアリーの弾丸を叩き落とし、そのままメアリーの愛銃を遠くへ弾き飛ばした。
――ガシャンッ!
「あ……ッ!?」
手の痺れと衝撃で、泥の上に倒れ込むメアリー。
帽子のつばをかすめ取られ、愛銃は足元で空しく転がっていた。圧倒的な、ぐうの音も出ないほどの実力差。
「メアリーちゃんッ!!」
フランたちが駆け寄ろうとするが、ダンが冷たく銃口を向け、それを制した。
「動くな。……命までは取らん。トーマスへの最後の義理だ。……失せな、ちびっこ保安官。お前に父親の背中は追えねえ」
ダンが無造作に背を向け、去ろうとする。
泥だらけのまま、悔しさと恐怖で身体を震わせるメアリー。
しかし――メアリーの瞳から、炎は消えていなかった。
「……待って……ッ!」
膝を突き、必死に泥を掴みながら、メアリーは去りゆく男の背中に叫んだ。
「待ってよ、ダンおじさん……! もう一回……もう一回だけ勝負させてよッ!!」
ダンが足を止め、ゆっくりと振り返る。その顔には、酷く冷淡で、凶悪な笑みが浮かんでいた。
「ほう……いい度胸だ。だが、二度目にタダで付き合う義理はねえぞ?」
ダンはゆっくりと歩み寄り、泥に塗れたメアリーを見下ろした。
「次にお前が負けたら――お前は俺の『部下』になってもらう。一生この俺の元で、無法者の下働きとして泥水をすすらせてやる。二度と、お前を見守ってる仲間にも会えず、大好きな父親の『トーマスの娘』にも戻れねえようにしてな」
冷たく言い放たれた、命の次に重い非情な賭け。
「さあ、どうする? 自分の人生全てを賭けて……もう一度俺に挑むか?」
周りの仲間たちが息を呑む中、メアリーは泥をぬぐい、まっすぐな瞳でダンを睨み据え――力強く、愛銃へ向かって一歩を踏み出した。




