潜入捜査
一方、その隣では――
「メアリーさん! このハーバート、あなたの可憐なドレス姿に感銘を受け、薔薇の花束を用意いたしました! さあ、どうぞッ!」
ハーバートがどこから取り出したのか、真っ赤な薔薇の大きな花束をバッとメアリーへ差し出そうとした、その瞬間。
――ガシッ!!
「なっ……!?」
横から伸びてきた黒いレースの手袋に、ハーバートの首根っこが完璧な力加減で掴まれた。
振り返るとそこには――漆黒の背中が大きく開いた、息をのむほど妖艶なドレスに身を包んだアリスが立っていた。
「……私のエスコートを忘れているわよ、ハーバート」
「あ、アリス!? な、なんですかその格好はッ! 露出が多すぎますッ! だから私はあなたに――」
「……腕を組みなさい」
アリスの眼光の圧に押され、ハーバートは「うぐぐ……ッ!」と冷や汗を流しながら、大人しくアリスと腕を組まされた。
「あ、アリス、手が力任せで痛いのですが……!」
「気のせいよ。……離したら違約金を追加するわ」
アリスは、満足そうに扇子をパチンと閉じるだった。
そして馬車から最後に降りてきたのは、スリットの入った深紅のドレスを纏ったモネだった。歩くたびに覗く脚と、圧倒的な大人の色気に、エスコート役のベイルは目が完全に血走り、鼻血を吹き出さんばかりの顔で天を仰いでいた。
「モ、モネさん……っ! 色気が……色気が最高すぎて……俺、天に召されそうです……ッ!!」
「ふふ、ありがとベイル。でも召されたらエスコート役が困るから、ちゃんとおエスコートしなさいね?」
モネが妖艶にウィンクすると、ベイルは「はいッ! 喜んでぇぇッ!」と魂が抜けた顔で鼻の下を伸ばしていた。
「……ハァ。どいつもこいつも、潜入捜査だってことを分かってんのかねぇ……」
トニーは二度目の深い溜息をつき、頭を抱えながら、賑やかすぎるそしてツッコミどころ満載なペアたちの後ろをついていくのだった。
絢爛豪華なシャンデリアが輝くカジノ『グランド・ルージュ』の熱気あふれるフロア。
潜入した一行の最初の目的は、トーマスが潜伏しているとされる「最上階VIPルーム」への入場権を得ることだった。そのためには、一晩で莫大なチップを稼ぎ出し、大金持ちのフリをする必要がある。
「VIPルームへのミニマムベット(最低賭け金)は金貨百枚……。手持ちじゃ全然足りないわね」
モネが優雅にフロアを見渡す。
「へへッ、資金稼ぎなら俺に任せてくれよ!」
ベイルがニヤリと笑い、ダイスゲームのテーブルへと向かった。
ベイルは職人特有の神業的な聴覚で、カップの中で重厚なダイスがぶつかり合う微かな音の「重み」と「回転数」を完璧に聞き分け始めた。
「……出目は『双子の出目(ゾロ目)』だ」
――カタカタ、ポンッ!
「ゾロ目の6! 勝者、そちらの紳士!」
「よっしゃあッ!」
瞬く間に積み上がるチップの山。 ベイルの聴覚と計算能力の前に、カジノのダイスはただの計算可能な金属球に過ぎなかった。
しかし、調子良く勝ち進む一行のテーブルに、怪しげな髭のディーラーが静かに着く。ディーラーは不敵な笑みを浮かべ、ダイスカップをシャッフルした。
「ほほう、お若いのに強運ですな。……では、こちらはどうでしょう?」
一見、普通の手さばき。しかし、ベイルの表情がスッと曇った。
「……チッ、カップの底に極小の磁石が仕込まれてやがる。これじゃ狙った目が出せねえ……!」
「イカサマか!? 卑劣なッ!」
ハーバートが憤慨しかけたその時――
――カチャ。
「おいおい、手癖の悪いディーラーさんよ」
トニーがタバコを咥えたまま、ディーラーの手首をサッと掴んだ。その指先には、トニーがすれ違いざまにすり替えた「本物のノーマルダイス」が握られていた。さらに、トニーのもう片方の手には、ディーラーの袖口から抜き取った「磁石の遠隔スイッチ」が握られている。
「手元のスイッチで磁力を操作して、客の賭け金を全部巻き上げる寸法か? 裏社会のイカサマとしちゃ、少々手垢がつきすぎてんなぁ」
「なっ……貴様、いつの間に……ッ!?」
「騒ぎたくなきゃ、その綺麗なチップを素直にこっちへ寄越しな。……俺たちは短気なお嬢さん方を待たせてるんだよ」
トニーの冷たく鋭い眼光に圧され、ディーラーは青ざめて大量の最高額チップを差し出した。
「お見事ね、トニー」
アリスが万年筆をパチンと一回だけ鳴らして称える。
「フッ……この手のイカサマなんて10代の頃に見飽きてるさ」
こうして、ベイルの「職人技」とトニーの「イカサマ破り」のタッグにより、一行はあっという間に山のようなチップを手に入れ、VIPルームへの扉を堂々とくぐり抜けたのだった。




