南の風と賑やかな旅立ち
シルバークリークの騒動から数日。
一行を乗せた大型乗合馬車は、荒涼とした岩山を抜け、燦々と太陽が降り注ぐ広大な南の平原を駆け抜けていた。
「いやぁ、空気が温かくなってきましたね! 裁判所の手続きも無事に終わり、実に晴々とした気分です!」
馬車の御者台の隣で、ハーバートが爽やかに風を感じている。そのすぐ隣の席には――白手袋をはめた手で、完璧な姿勢のまま座るアリスの姿があった。
「……ハーバート、風で髪が流れて私の顔に当たっているわ。不快だから頭を丸刈りにしなさい」
「理不尽すぎるでしょうッ!? なぜ私がそこまで言われねばならないのですかッ!」
「なら、大人しく私の方を向いて座っていればいいでしょう」
「む……!? そ、それは……まぁ、理には叶っていますが……」
素直にアリスの方を向くハーバート。アリスは無表情のまま、ポケットの中で万年筆をカチカチカチッと満足そうに鳴らしている。
(……相変わらず手の込んだ誘導ねぇ、あの探偵さん)
(ハーバートのやつ、完全に転がされてるのに気づいてねえな……)
馬車の中で、モネとトニーが呆れ半分、感心半分でクスクスと笑い合っていた。
「ねえねえ、ベイル! 次に行く『南の大都市』ってどんなところなの!?」
メアリーが身を乗り出して、隣で銃のメンテナンスをしていたベイルに尋ねる。
「ああ、次の街は『サン・セバスチャン』……通称『南の真珠』と呼ばれる大港湾都市だ。蒸気船が行き交い、貿易と高級カジノ、それから全米から怪しい情報が集まる大都会です」
「港町……! カジノ……! すごい、見たことないものばかりだ!」
フランも目を輝かせる。
「……トーマスが向かったのも、きっとその『情報』が集まる場所だからよ」
アリスが冷徹な声で会話に加わった。
「シルバークリークの『赤硝石』を裏で買おうとしていた組織の本体……その幹部が、サン・セバスチャンの巨大カジノ『グランド・ルージュ』に潜伏している噂があるわ。トーマスは事件の元根を絶つために、そのカジノへ潜入する気ね」
「巨大カジノにお父さんが……!?」
メアリーの胸が躍る。
「へへっ、カジノなら任せときな! 俺のスリの手技があれば、スロットのコインもダイスの目も……」
「ベイル、イカサマは犯罪ですよッ!」
賑やかな歓声と怒号が響く中、馬車は小高くなった丘の頂上へと差し掛かった。目の前に広がったのは――青く輝く広大な海と、煙突から蒸気を吐き出す巨大な船、そして立ち並ぶ絢爛豪華な街並み。
「うわあぁぁぁ……すごいっ!!」
メアリーがハットを押さえながら馬車から身を乗り出す。
「父さん……待っててね! どんなに華やかな街に隠れても、あたしたちが絶対に探し出してみせるから!」
南の風が、メアリーの金色の髪を心地よく揺らしていた。
南の大港湾都市サン・セバスチャン。夜の帳が下りると、高級カジノ『グランド・ルージュ』の周囲は、色とりどりのガス灯とドレスに身を包んだ名士たちで眩いばかりに輝いていた。その豪華な馬車留めに、一台の特別仕立ての馬車が滑り込む。
扉が開き、降り立った一行の姿に、周囲の客たちが思わず息を呑んだ。
「さすが僕のメアリーちゃん!! 綺麗だよ! 可愛いよ! これ以上ない美しさだよ! まるで夜空に咲いた一輪の華だねッ!!」
純白と桃色の華やかなドレスに身を包んだメアリーに、最高級のタキシードを着こなしたフランがぴたりと寄り添い、目をハートにしてベタベタとまとわりつく。
「ちょっとフラン、ベタベタしないでよ! 離れて!」
メアリーが露骨に嫌そうな顔で肘鉄を喰らわせようとするが、フランはヘラリと笑ってメアリーの手を強引に取った。
「何言ってるんだよメアリーちゃん! こうして男女ペアで仲良く腕を組んでおかないと、入り口の警備員に怪しまれて潜入がバレちゃうんだよ!? (※嘘)」
「えッ!? そ、そうなの……!? 潜入のためなら……仕方ないのかな……」
急におとなしくなって、警戒しながら大人しくフランに腕を組まれるメアリー。
(騙されやすすぎるだろ、メアリー……)
すぐ後ろでタキシードを着たトニーが、呆れ果てて煙草の煙をふぅっと吐き出した。




