北への馬車
北へ向かうにつれて、窓から吹き込む風は徐々に冷たさを増していった。
がたごとと揺れる馬車の中で、モネがご機嫌な様子で一枚の薄いドレスのような服を広げて見せる。
「見てメアリー! 温泉街の高級仕立屋で見つけたのよ。この繊細なシルクの質感と、胸元のレース……素敵でしょう?」
「ええ……!? モネ、それ……そんなうすうすの布切れでこんなに高かったの!?」
メアリーは値札を見て目を丸くした。
「あたしなら絶対に買わないよ……! だってそんなの、風は通すし、もっと分厚い革のジャケットの方が弾も刃物も防げるのに……戦うのにふさわしくないよ!」
「防具じゃないのよ、服はファッションなの! あんたねぇ、何でもかんでも耐久性で測るんじゃないわよ……」
呆れ果てるモネと、真剣に「防御力」の低さを心配するメアリー。その横では、フランがリボルバーのシリンダーを外し、ベイルに差し出していた。
「ねえベイル、僕の銃、少しトリガーが重い気がするんだよね。お前の『神の手』で調整できるか?」
「任せとけってフラン! オイルの差しすぎでギアが渋くなってただけだ。……ほら、これで指先一つで羽みたいに軽く引けるぜ?」
「……すごいな。本当に一瞬だ。……手癖は悪いけど、お前の腕は本物だよ」
「褒め言葉として受け取っとくよ!」
そんな賑やかな馬車に揺られること数日――。
一行の視界に、黒々とした煙を上げる巨大な採掘煙突と、岩山にへばりつくように発展した過酷な街が見えてきた。
――北の鉱山都市、シルバークリーク。
活気と荒々しさが入り混じるその街の酒場に足を踏み入れた途端、冷たい視線が一行を射抜いた。
カウンターの隅、黒い革のロングコートに身を包み、グラスを傾ける一人の美女。整った容姿、氷のように鋭く青い瞳。だがその表情にはピクリとも感情が浮かんでいない。
「……おいおい、面白そうな女がいるじゃねえか」
トニーが煙草を咥えたまま、ニヤリと鼻の下を伸ばして帽子を軽く持ち上げた。
「こんな殺風景な鉱山街に、とびきりの極上品がいるとはな。なあお姉さん、俺と一杯――」
「うるさい。消えて」
抑揚の全くない、凍りつくような氷点下の声。
トニーの一撃撃沈に、モネがぷっと吹き出し、ベイルが「トニーさん一瞬でフラれたー!」と大爆笑する。
女性はトニーを一瞥もせず、テーブルの上に一枚の「探偵事務所」の銘板と、古びた手帳を置いた。
「私はピンカートン探偵社のアリス・ヴァレンタイン。無駄なお喋りをしに来たわけじゃないわ。……あなたたち、トーマス・スペンサーの行方を追っているのでしょう?」
感情を一切殺した冷徹な瞳が、メアリーの腰の銃をじっと見つめていた――。
メアリーが警戒し無言を貫いていると、アリスが静かに口を開いた。
「私もその男を探してるのよ。私に依頼してきた人物の名は明かせないけどね」
アリスが冷たくそう言い放った、まさにその時――!
――バァンッ!!
「ハァ……ハァ……! メアリーさぁぁぁんッ!!」
酒場のドアが勢いよく吹き飛び、息を切らせたハーバートが飛び込んできた。汗だくで眼鏡をずらしながら、真っ直ぐメアリーのもとへ駆け寄ってくる。
「ハーバート!? なんでここに……!?」
「アーサーの身柄引き渡しで近くの連邦裁判所へ向かう途中、あなたがたが『北の鉱山都市』へ向かったと聞きましてね! 心配のあまり馬を飛ばしてきたのですッ!」
「おいおい、去り際の感動を返せよメガネ……」
トニーが呆れ顔で煙草を揉み消す。
だが、ハーバートはメアリーの手を両手でしっかりと握りしめ、熱っぽく語りかけた。
「メアリーさん! 無事で何よりです! このハーバート、あなたの安全が確認できるまで、再び同行させていただきますよッ!」
「ふふ、ありがとうハーバート! 心強いよ!」
感動的な再会(?)の空気。
――しかし、その直後であった。
――ギィィィィィ……ッ。
酒場の中に、不穏な「木が軋む音」が響き渡った。
カウンターの隅でアリスが握りしめた木製のコップに、メキメキと亀裂が入っている。
「……? アリス……?」
ハーバートが振り返り、目を見開いた。
「なっ……アリス・ヴァレンタイン!? なぜあなたがこんなところにッ!?」
「……久しぶりね、ハーバート。相変わらずうるさい男」
アリスの表情はピクリとも動かない。相変わらず氷のように冷ややかな無表情だ。
だが――
――カチ、カチ、カチ……ッ!!
彼女の指先が、ポケットの中で愛用の万年筆のキャップを、異常な超高速連打で開閉している。
「……めちゃくちゃイライラしてるわね、あの子」
モネが煙草の煙をふぅっと吐き出しながら、ベイルと顔を見合わせた。




