家族愛
大きな岩造りの露天風呂。しっとりと肌を包み込む温かい湯気の中、ゆったりと湯船に浸かりながら、モネが静かに口を開いた。
「ねえ、あんた本当に大丈夫なの?」
「え……?」
温泉から立ちのぼる白い湯気を、細い指先でふぅっと軽く吹き払いながら、モネは言葉を続ける。
「お父さんのこと……。あんたがあんなに取り乱すの初めて見たから、ちょっと驚いちゃった……」
「うん……」
メアリーはゆらゆらと揺れるお湯を見つめ、静かに胸の内を明かし始めた。
「父さんはね、保安官だったんだけど……離れた街で事件があって、そこに手伝いに行って……そしたら、帰って来なくなったの。その街に行ってみたけど『そもそも来てない』って言われて……」
「アーサーの手にかかったから……? 目的地に行けなかったってこと?」
「……わからない。アーサーにも詳しく聞けなかったし……。でも、父さんの銃を持ってたってことは、アーサーと父さんが会ったことは本当かも……名前まで刻んでたくらいだし……」
「そうね……。遺体はなかったって言ってたのよね……」
「うん……。でも、それが『生きてる』ってわけじゃないことも、わかってる……」
「……大丈夫って言ってやりたいところだけど、私、根拠のない『大丈夫』って言うの嫌いなのよ。無責任でしょ?」
「ふふ、あなたらしいね……。でも、そっちがいいよ。無駄に希望を持ちたくないし……」
「それに――」
モネは湯船に浮かべた木桶を指先で揺らし、ふっと口元をゆるめた。
「あのバカ男たちがいるじゃない。フランなんて、あんたが泣いたら世界でも滅ぼしかねない勢いだしね」
「ふふ……本当ね」
メアリーは肩まで湯に浸かり、小さく泡を立てて息を吐いた。肌を滑る温泉の温もりが、胸の奥に残っていた冷たい恐怖を、ゆっくりと溶かしていく。
「希望を持つのが怖いのも分かるわ。……でもね、真実を確かめに行く権利は、あんたにだけあるのよ。あいつら全員、そのためにどんな試練にも拳銃を構える覚悟はできてるんだから」
「……うん。ありがと、モネ」
その時――湯気の向こう、高い木製の仕切り壁を挟んだ男湯の方から、突如として大音量の水飛沫と悲鳴が響き渡った。
『ぎゃあぁぁぁッ!? フランさんッ!! 風呂場で二挺拳銃構えないでくださいッ! 湯船に撃ち込んだら跳弾しますッ!』
『うるさいメガネ! メアリーちゃんの裸覗きに行こうとするヤツが湯船の底にいるかもしれないだろッ!! 邪魔するなッ!』
『見えねぇよバカ!! 湯気だろッ!! 潜るなバカフラン!!』
『モネさぁぁぁん! 助けてくださーい! 男湯が戦場です!!』
盛大にお湯をはね上げる音と、ベイルの情けない悲鳴。モネは呆れたように大きな溜息をつくと、湯船の縁に頭を預けて天を仰いだ。
「……はぁ。せっかくの温泉なのに、ちっとも静かにならないわね」
「ふふっ……あはは!」
メアリーは思わず声を上げて笑ってしまった。
壁の向こうの、馬鹿馬鹿しいほど騒がしい仲間たち。根拠のない気休めは言わず、静かに隣に寄り添ってくれるモネ。
父親の行方は、まだ深い霧の中だ。生きている保証なんてどこにもないし、これから先、もっと辛い現実にぶつかるかもしれない。
けれど――自分はもう、一人じゃない。
「……あたし、行ってみる。何があっても、お父さんの手がかりを全部追いかける」
水面を力強くすくい上げ、顔を洗うメアリー。
湯気の中から立ち上がったその瞳には、迷いを吹き切ったいつもの太陽のような強さが、しっかりと宿っていた。




