湯けむりの街
荒野を切り裂くように、パカパカと馬の蹄の音が軽やかに響いていた。
「はーい、みんな! こっちこっちー!」
先頭を走るメアリーは、愛馬の手綱を握りながら嬉しそうに振り返った。金髪のポニーテールが乾いた風に揺れ、その表情にはもうアーサー邸での暗い影など欠片も残っていない。
トニー、フラン、モネ、ベイル、そして(ちゃっかり馬を並べている)ハーバートが、首をかしげながらメアリーの後に続いていた。
やがて、小高い丘を越えると、目の前に不思議な景観の街が現れた。木造の美しいロッジやホテルが立ち並び、街のあちこちから、白い湯気がモクモクと空へ立ち上っている。
「……ん?」
馬を止め、周囲を見回したトニーが煙草の煙を吐き出しながら呟いた。これまでの殺伐とした荒野の無法都市とは、空気が明らかに違う。どこか穏やかで、行き交う人々もゆったりとした服を着てリラックスしている。
「なあメアリー。ここに何かお尋ね者の賞金首でもいるのか? それとも誰かから依頼でもあったのか?」
メアリーは馬の向きをくるりとみんなの方へ変えると、太陽のような満面の笑みを浮かべた。
「ふふん! うん、依頼があったの! 『私からの依頼』!!」
「……あんたからの?」
モネが不思議そうに眉をひそめる。メアリーは胸を張り、眩しい笑顔で宣言した。
「『みんなに休息を与える』って依頼! ここはね、荒野で一番有名な温泉街なのよ!」
「「「えええぇぇぇッ!?」」」
驚きの声を上げる一同。
その瞬間、フランが何かに気付き、ぱぁぁっと顔を輝かせた。
「あ! ほんとだ、ここ温泉があるね!? 硫黄と温かい湯気の匂いでわかるよ!!」
「そうなの! ここは身体の傷や疲れにもすごく効くらしいの! だからみんなにゆっくり休んでほしくて……。……だって、みんなにはあたしのせいで無茶して助けてもらって、たくさん迷惑をかけちゃったから……」
声を小さくし、申し訳なさそうに視線を落とすメアリー。
「メアリーちゃん!」
フランが素早く馬から飛び降りると、メアリーの元へ駆け寄った。
「迷惑なんてこれっぽっちも思ってないよ!! 僕たちはね、メアリーちゃんが無事に帰ってきてくれさえすれば、それだけでいいんだから!!」
「フラン……ありがとう……っ」
まっすぐな愛に、メアリーの目頭がカッと熱くなり、今にも涙が溢れ出しそうになった。
一同は馬を降り、手綱を引きながら湯煙の立ち込める木道を歩き始めた。歩きながら、メアリーの視線はチラチラとフランの右肩へと向かう。
包帯が巻かれたその肩。自分がパニックになって引き金を引いてしまった傷だ。その罪悪感で、メアリーの心がきゅっと痛む。
――その視線に、フランが気づかないはずはなかった。
「あいたたたたたっ……!!」
突如、大げさに右肩を押さえてうずくまるフラン。
「え!? フラン、どうしたの!? やっぱり肩が痛むの!?」
青ざめたメアリーが慌てて駆け寄る。
「うん……すッッッごく痛むんだ……ッ!」
フランは悲しそうな顔をしながら――ガシッ!! と、凄まじい力でメアリーの両肩を掴んだ。
「だからね!! メアリーちゃんが裸で僕と一緒に温泉に入って、優しく僕の身体を洗ってくれないと、この傷は一生治らないかもッッ!!!」
「ええええっ!?」
「おい、行くぞバカフラン」
「え! ちょっ!? トニーさんッ! あと一押しなのにぃぃぃッ!」
感動の台詞から一転、後ろからトニーに首根っこを力任せに掴まれ、ズルズルと引きずられていくフラン。
「調子に乗んじゃねぇ! お前、そんだけ力強くメアリーの肩を掴めるってことは、もうほとんど怪我は治ってんだろうが!」
「え!? ……あ、そうなの!?」
目を丸くするメアリー。
「やだーーーーっ! 治ってなーい! 治ってないよメアリーちゃん助けてぇぇぇ! 一緒にお風呂に入らないと傷口が開いて死んじゃうーーーっ!」
地響きのような情けない悲鳴を上げながら引きずられていくフラン。と、その横でベイルがすかさずモネへ向き直った。
「モネさん!! 俺もなんだか猛烈にお腹が痛いです!! モネさんとお風呂に入ったら治るかもしれません!!」
「あら〜〜いいわよ〜♡ ベイルにあたしの身体、隅々まで洗ってもらおうかしら〜♡」
「は、はいッッ!! 喜んで――」
――ベシィィィッ!!
「ぎゃんっ!?」
猛スピードで引き返してきたフランの水平チョップが、ベイルの頭頂部に炸裂した。
「お前だけいい思いさせるかよバカッ! こっち来い! 男の風呂はあっちだ!!」
「がはっ!? な、なんで俺だけ暴力……っ!?」
今度はフランがベイルの首根っこをグイグイと引っ張り、男湯の方へと連行していく。
「ちょっと待ちなさい!! あなた方は一体何を考えているのですかッ!?」
男湯へと引きずられていくフランとベイルの前へ、汗を吹き出しながら丸眼鏡をシャキーンと光らせたハーバートが立ちはだかった。
「混浴など言語道断! 当地の合衆国州法および公衆衛生法第12条において、異性の脱衣所および入浴施設への不法侵入は厳罰の対象です! 裁判になれば即座に敗訴、禁錮刑は免れませんよッ!」
「うっとうしいなメガネ! 法律なんて知るか! 僕はメアリーちゃんの背中を洗うという重大な使命が――」
「だ、だいたいですね!!」
ハーバートは急に声をひっくり返し、顔を真っ赤にしながら胸ポケットの手帳をぎゅっと握り締めた。チラチラとメアリーの方を盗み見ながら、必死に早口で捲し立てる。
「私だって……! 私だって立場や法律さえ許せば、可憐なメアリーさんと湯煙の中で背中を流し合い、甘いひとときを過ごしたい気持ちは山々……というか喉から手が出るほど一緒に入りたいんですよッ!! 法律のバカヤローッ!!」
「本音漏れすぎだろッ!!」
トニーの容赦ないツッコミと同時に、フランの冷ややかな視線がハーバートを射抜いた。
「へぇ……メガネ、お前そんな不純な動機でメアリーちゃんを見てたんだ……? 法律以前に、僕の二挺拳銃が黙ってないよ」
「ひっ……!? 違います! 私は法を遵守する紳士として、己の欲望を必死に理性のチェーンで繋ぎ止めていると言っているのですッ!」
「能書きはいいからお前も来い!」
「ああぁぁっ!? 離しなさい! 私は自分で歩けます! 引っ張らないでくださいトニーさん! メガネが曲がる――っ!!」
結局、欲望を爆発させたフランと、欲望を抑え込もうとして爆発したハーバートは、まとめてトニーの手によって男湯へと放り込まれるのであった。
ドタバタと騒がしく去っていく男たちの背中を見送りながら、モネはクスクスと楽しそうに胸を揺らした。そして、隣で呆然としているメアリーへ優しく目をやる。
「ふふ……いい仲間を持ったわね、メアリー」
「う、うん……っ」
メアリーは自分の両肩に残る、かすかな痛いほどの圧迫感をそっと確かめた。
――フランは、あえて力いっぱいに肩を掴んで見せたのだ。
「僕はこんなに元気だし、痛くもないよ。だから自分を責めないで」と、メアリーの胸のつかえを解きほぐすために。
すぐに湯煙の向こうから「こらベイル! 湯船で泳ぐな!」「フランさんこそ潜水しないでください!」という騒がしい声が聞こえてくる。
メアリーの口元に、自然と温かい笑みがこぼれた。
「……うん! 最高の仲間だよ!」
硫黄の匂いと温かい湯気に包まれながら、メアリーたちの心と身体を癒す、ささやかでかけがえのない休日が始まったのだった。




