第二十一話 「ハロウィン相撲千秋楽」
「よ…吉岡が負けた…?」
七明は信じられないと言ったような表情であった。
「ええ、所詮、ただの暴力なんてこんなもんですよ。真島の…ヒロの中に眠る狂気に比べれば、吉岡の暴の力は大したことなかったと言うことです」
晴男は思い出していた。
真島にコンビニ総合格闘技を教えたあの日のことを。真島は山下を殴り倒し、山下が気を失った後もひたすら殴り続けた。その目に宿る狂気を晴男は忘れていなかった。
真島…お前に武術を教えたのは間違いだったかもしれない…
晴男は心の中で呟いた。
「くそ…くそ…!!!吉岡は奴らに勝てるだけの逸材だと思うとったのに!!!」
七明が唇を噛み締める。
「奴ら?」
晴男が怪訝そうな表情で七明を見た。
「そうじゃ、奴らは我ら加賀一族の仇敵…晴男よ、貴様もいずれ奴らとそう遠くない未来に戦うことになるだろう…」
熱狂する観客席の中、2人を取り巻く空気だけが冷たく凍っていった。
第3試合原龍徳対琴春菊
琴春菊はそのでっぷりと脂の乗った身体に女性者の下着を身につけて、マットの上に現れた。
観客はその異様な姿を皆固唾を飲んで見守った。
琴春菊、数年前まで、大相撲で関脇まで登り詰めた豪の者だ。暴力事件で角界を去った後、彼は総合格闘家に転身、総合格闘技界でも無敗を誇り、ステゴロ最強は琴春菊なのでは?と言われるほどであった。
しかし、琴春菊は晴男の師匠であり、ネット、リアル最強の男との呼び声高い加賀八明に完膚なきまでに叩きのめされ、今日まで表舞台に姿を表すことはなかった。
琴春菊の反対側の入場口より、男が出てきた。
ガタイがいい。服の上からでもその筋肉の隆起がわかる。ただ、解せないのは何故かこの男、緑の作業着に身を包んでいらのであった。
この男こそ、琴春菊の対戦相手、ハロウィン相撲の横綱、原龍徳、その人だ。
「…な、ヤツがあの原か?」
「ただの田舎のニイちゃんじゃねえか…」
「こんな普通のヤツが横綱だと!?」
観客席がざわつく。
そう、ハロウィン相撲の力士達は皆、派手で世間知らずで人に迷惑をかけることしか知らない益荒男揃いである。その首領たる原がこんな地味な格好をしている。これいかに!?
皆の頭に疑問符が湧いた。
しかし、これはハロウィン相撲の力士達からしたら当然のことなのである。
彼らの本番はハロウィンがある10月末。
ハロウィンの日に、東京に繰り出し、街中で大暴れするのがハロウィン力士だ。
では、ハロウィンの日以外は彼らは何をしているのか?
関東の田舎で普通に働いているのだ。
彼らは何も毎日仮装して馬鹿騒ぎしているわけではない。
ハロウィンの日だけ東京に来て馬鹿騒ぎをするのだ。
その首領たる原も例外ではなく、普段は関東の農協で日々、地元の農家の為働いている。
つまり、ハロウィン以外の日にハロウィン力士を土俵にあげるなど、シャチを陸にあげるようなものなのである。
しかし、圧倒的不利な条件下でも原はこのトーナメント参加を了諾した。
それはハロウィン力士としての意地であった。
しかし、ハロウィンではないから仮装することが出来ず、原はただのガタイのいいニイちゃんとして出場することになる。
これじゃ、ハロウィンの半分の力も出ねえ!!
原は苦々しく唇を噛んだ。
両雄がマットの上で並び立った。
時間いっぱい、試合開始の合図がなった。
試合が始まり、琴春菊の脳裏に浮かんだのは、加賀八明に負けた日のことであった。
圧倒的な敗北であった、なすすべもなく、叩きのめされ、服を脱がされ、かわりにブラとパンツを履かされ、電柱に括り付けられた。
八明の事は恨んでいなかった。
何故ならば、琴春菊はあの日の敗北以来、完全に格闘家として羽化したからである。
あの敗北があったからこそ、より強い自分になれた。そう琴春菊は確信している。
逆に原は開始と同時に不安に全身を支配された。
ハロウィンでもないのに戦えるのか?
仮装もしていない、酒も入っていない、馬鹿騒ぎもしていない、周りに仲間もいない。
否、弱気になるな、いつものように!!!
軽トラックをぶっ壊した時のように!!!
そう意気込み、原は思い切り、琴春菊の身体に体当たりした。相撲のぶちかましである。
琴春菊はひらりと華麗に避けた。
避けると同時に琴春菊は口元に手を添え、恐怖に慄いた。
「きゃあ…この人、痴漢しようとしてきた!!!」
琴春菊の甲高い声が場内に響く。
琴春菊はあの日、加賀八明にぶちのめされ、女性もの下着を履かされ、電柱に吊るされたあの日、もう1人の自分。
女として羽化したのであった!!!




