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(十七)手にした剣



領都騒乱

危険エリア70%超

      

         ――城下エリア(エルヒン邸)





 ――――った。


 ランゲルの脇に入り込めたと思った直後、




 ギンッ

「くっ……」




 迷わず振るわれた横薙ぎの一閃を喰らい、受けきれずに剣ごと胸に叩き込まれ、播磨はそのまま吹き飛ばされた。

 地べたを二転三転してからうつぶせに止まる。


「……ぅ……」


 またアレだ。

 時折、背筋にゾクリとくるイヤな予感を覚える一瞬があり、それがたとえ決定機をつかんだ時でも逆転されることがある。

 今のもそうだ。

 なんとか紙一重で反応できているが、次もそうできるとはかぎらない。

 逆に相手はアレを間違いなく狙ってやっている(・・・・・・・・)

 そう、播磨には分かる。

 くらいん流なる剣術には、なにがしかの極意があり、あの剣士はそれに精通していることを。しかもだ。




「“本気の自分”か――」




 そう口にするランゲルの剣には、これまでにないあきらかな変化が現れていた。何かを吹っ切れたような剣ののび(・・・・)が、彼を次なる段階へ――目覚めさせた(・・・・・・)と告げている。


「どうやらオレは、まだ自分を信じ切れてない部分があったらしい。いや――大きすぎる“兄弟子の虚像”に目が向いてしまい、本当の意味で“己の剣”と向き合っていなかった。それを敵に気付かされるとは――」


 そうしてランゲルは剣を掲げ、みて。

 それからゆるりと播磨へ目を向けた。


「常人であるはずのオマエが今のオレ(・・・・)とここまで戦える――その『シントーリュウ』の凄さも、それを成し遂げたオマエの“剣才”も素直に認めよう」


 だが、と。


「凡夫には凡夫の意地がある。死に物狂いで探索稼業を5年続け、屍鬼にさえ呑まれなかったこのオレの意地――それらすべてをひっくるめて“オレの本気”を、今度はこちらが見せてやろう」


 言い放った途端、ランゲルのまとう空気が硬く凝集する。

 手にする得物から放たれるのは硬質なる剣気。

 切っ掛けは何であれ、確かに目の前の剣士は、先ほどよりも一段高みへと昇っていた。

 それほどの剣気を浴びせられる播磨はしかし、わずかも動じることはなく。ただ。




「――剣才、か」




 その言葉に引っ掛かりを覚え、面白くなさそうにつぶやいた。




 ◇◇◇




 播磨はなぜ不愉快に感じたか?

 それは自身が“剣才”と無縁の道を歩いてきたと分かっているからだ。

 中肉中背で何の取り柄もない若者が、規則正しい暮らしの中でかぎられた時間だけ剣に励む――あまりに平凡で地味すぎる剣の道を歩いてきたからだ。

 そうなれば当然、播磨善士という剣士に対するまわりの評価は、




 “凡庸”――これ以外にない。




 どこにでもいる真面目に修行に取り組む門人のひとりにすぎず、それでもあえて他者に自慢できることを挙げるとすれば、ひとつだけ。


 


 『剣聖』塚原卜伝(つかはらぼくでん)に師事したこと――




 あくまで剣力の衰えた晩年の卜伝にであり、受けた手ほどきも道半ばで逝去されたため、“最後の直弟子”と名乗れるほどまでに至っていない。

 それでも師卜伝の剣は目に焼き付けており、日ノ本最高の“教本”を得ていたとだけは言えようか。


 事実、目を閉じれば師の姿はそこにあった。

 「観るのも修行」との教えを生真面目に実践し、あらゆる部位をあらゆる角度で丹念に見定めた本物・・の卜伝が(・・・・)、型を演じる姿が。

 “迫力”において高弟に劣るも、“怖さ”ならばこちらが上――そう感じさせる師の動きには理外の速さがあり、未熟な播磨では真似ることさえも苦心させられる。


 それでも播磨は師の姿を理想とし、その動きを追い求めた。

 脳裏で幾百幾千と繰り返した想像だからこそ、師の動きをできるだけゆるやかにして足先指先に至るまで細かく捉え、自身のそれを重ねようとし、老いてなお深みを増した剣筋にも己の剣を添わせようと試みた。


 寸分の狂いも許さず、慎重に、丁寧に。


 そうして自分が納得できるまで基本の型だけを4年。あとから入った新入りに追い越されるほど進展は遅くなったが、その再現性の高さに「卜伝よりも卜伝」と評されるまでに至った。


 しかしだ。

 やがて皆伝を得るに至っても、ほかの皆伝者のように独自の気づきを得て流派を派生させる“才”は播磨になかった。

 むしろ「真似るだけの剣」と揶揄され、教えを請う者は子供か嗜み程度に学ぼうとする者だけで不遇な扱いを受けてしまう。

 播磨は戸惑う。


 誰もが卜伝の剣を目指したのでは――?

 師の剣にこそ真髄があるのでは――?

 それを目指さずして何が『新当流』か――


 不満と憤り。

 だがそれを口にすればするほどまわりから浮いてしまい、やがて己の剣に対する自信が揺らぎ、疑念すら覚えはじめるようになる。そうなれば、播磨が誰かに追われるかのような心境で国を出るのも必然だった。

 手にしたはずの卜伝の剣までにぶらせながら。


 それも昔の話。

 今はちがう。

 播磨は『抜刀隊』という図抜けた強者たちに揉まれることで、己の熟度がまだまだ浅かったのだと思い知っている。

 あの時のそれは、形ばかりを追った剣にすぎなかったと。

 だから剣振りひとつ捉えても、己の骨と筋の動きにささいな違和感が残らぬよう繊細な修正を重ね、真ににごりが(・・・・)なくなるまで(・・・・・・)研ぎ澄ませようとした。

 殺気渦巻く実戦を求めているのもそのためだ。

 そうして今や、席次たちに“使える”と認めさせるまでに至った。

 それがどれほどの歓喜と自負を播磨に与えたか。

 自分は今度こそモノにしたのだ――卜伝の剣を。




 ◇◇◇




 この胸に感じる確固たる“芯”。

 だからこそ播磨は言わずにおれない。


「己も“凡夫”と語るなら、よく理解しておくがいい――」


 剣を構え、にじり寄りながら。


「この仕合に、“剣才”などという戯れ言が入り込む余地は、毛ほどもないことをっ」


 刃越しに気を叩きつけてやると、



 ――――!!



 ランゲルの異形剣あたりで見えない何かが破裂した。それが互いの剣気がぶつかりあった結果だと察する間もなく、いつの間にか踏まれていたランゲルの一歩に播磨はイヤな予感を覚え、咄嗟に位置と構えを変える。

 手に届く距離だというのにランゲルは攻めず、構えを変えようとし、それに合わせて播磨も再び体勢と構えを変えた。


「――」


 ランゲルの目が細まる。

 こちらの意図に気付いて。

 気付いてからの動きが、まるで詰め将棋のような差し手という意味で鋭くなった。


「――!」

「……っ」


 左掛かりに対して右に半歩だけ退いて誘い。

 気付いたランゲルが逆張りに跳ぶのをこちらが半歩踏み込んでカマをかける。


「――」


 螺旋突きの構え――


「おうっ」


 受けて播磨が横へ跳んで首筋に殺気を飛ばすと、ランゲルもまた、全身にチカラを漲らせ、受けようとする。

 さらに鋭く細かい駆け引きが続くも、互いに決め手を打てず、打たせない。


「――」

「――」


 先ほどから播磨の首筋はひりついたまま。

 致死性の差し手に必死で対処しているが、このままではジリ貧だ。一方でこれまで以上となる危機感が、皮肉にも播磨の集中力を限界まで高め、満身創痍のカラダでありながらギリギリのところで死線をかいくぐらせる。

 ヤツの力押しによる強引な手を封じるほどに。

 だがいつまでそれが続けられる?

 その均衡を保つのは至難の業であり、事実、その瓦解は唐突に訪れる。



 ――らせんの突き!



 そうさせた(・・・・・)播磨のふらつきはこれを誘ったもの。

 踏み込んできた足のスネを狙い、斬りつける。



 ?!



 途端に視界が狂った。

 宙でぐるんと横倒しに回ったのはランゲルの強烈な足払いを食らったため。ヤツもまた、こちらの動きを封じるためにわざと(・・・)乗せられ()()()()()()()()()。だが。


「けあっ」


 播磨は真横の姿勢で刀を振るった。


 剣は叩かず斬りつけるもの。

 そして骨格を“井桁”に見立てるなら、足場などいらず宙であろうと剣は振れる。ゆえに――




 ランゲルのスネが断ち切られた。




 意表を突く斬撃に“肉締め”のガードが間に合わず、まともに喰らうも骨のみだ(・・・・)

 そこへもう一閃。

 あと一歩への執念が、播磨に捨て身の『変形跳び二閃』を放たさせる。



「なっ……」



 ランゲルの驚きは、曲芸じみた剣撃にでなく、ガッチリ硬化したはずの筋肉を断たれたため。

 しかしこれは当然の結果だ。

 これまでは肉に斬り込む途中で剣を抑えこむ形(・・・・・・・)になっていたから防げただけの話。それが硬さだけで正面から受け止める(・・・・・・・・・)となれば話は別になる。


 そう。


 実戦の中でも『三葉』を体現できる播磨の剣に抗えるほどの硬度はランゲルに実現できなかった。


(……なるほど)


 そのことは播磨も結果をみて気付く。

 無理に連撃を放ったがために受け身もとれずに地に叩きつけられ、肋骨の痛みに顔をしかめるが、その瞳には激痛を忘れさせる確信が宿る。

 勝利への道筋が。

 それでも不死性を得たランゲルだ。みすみすバランスを崩すこともなく骨肉剥き出しの切り口で踏ん張って、逆に横倒れる播磨へ剣を突き出していた。


「おおっ」

「むあっ」


 咄嗟に剣身を当て反らす播磨。剣柄を地に立て踏ん張らせ、刃に手を添えて最小の動きで防ぎきる。

 ガツンと地に刺さる剣。

 それで終わるはずのないランゲルが歯を剥いて。


「があっ」


 突き立てた剣でガリガリと地面を削りながら強引に首狩りを狙い、その手首を播磨が反射的に抑え、


「つぅっ」

「ああああっ!!!!」


 カラダごと持っていかれる。

 勢いあまって反転した際に背中を斬られるが、浅い。播磨は痛みを無視してさらに反転し、その勢いで片膝立ちの姿勢までもっていく。


 目前には鬼気迫るランゲルの姿!


 それも“後出し”を狙った突きの体勢――


 先に手を出せば剣をぶち折られながら殺られる。

 その逆もスピード勝負で敗北は必至。ならば。





「けいっ」

「――リャア!!」





 正面を避け、互いに間合いギリギリのところですれちがう。

 初手の代償は宙に飛ぶ小さいモノ。

 それがランゲルの親指(・・・・・・・)と認識する間もなく、同時に振り返ったふたりが二撃目を交差させた。




 血しぶいたのはランゲルのみ。




 宙に舞った異形の剣が地に刺さり、八割ほど断たれた首をぶら下げながら、ランゲルのカラダがドウと倒れ込んだ。


「何度も見せすぎだ――」


 それが敗因と播磨は告げる。

 必殺と呼べるほどの螺旋突きであったが、すでに細部まで動きを脳裏に描けるほどに覚えてしまっていた。その出だしからどのような軌道を描くかを手に取るように分かってしまえば、己の剣をいかようにもすべらせよう。

 それにもうひとつ。

 口にはしなかったが、播磨はわざと“肩の動き”という“偽の起こり”をエサとして撒き続けていた。いずれ“ここぞ”という機会にランゲルより速く一撃見舞うために。


「……とはいえ、だな」


 ふらつく播磨が息を吐き出し、膝折りそうになったところで。






 ――――パァァアアア!!







 一瞬だけあたりが真っ白に輝いた。

 それはランゲルが先ほど仕掛けた閃光細工と同じであると播磨はすぐに気付く。


「!」


 その光った方へ首を巡らせれば。

 庭の片隅で向かい合うふたつの影を目にする。




「風吾……?」




 影のひとつに播磨は眉をひそめる。

 何かおかしい。

 剣士にあるまじき無防備な立ち姿に違和感を感じて播磨は強い不安を覚えるのだった――。

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