(十六)我流・クライン流
領都騒乱
危険エリア70%超
――城下エリア(エルヒン邸)
(――ちっ)
ハリマと名乗る剣士から放たれる鋭い剣気に、ランゲルは一瞬、兄弟子たちの剣がチラつき眉をしかめる。
そう。
斬りつけるような鋭さに肌が粟立つ、あの感覚。
ただ向かい合うだけで、己の剣が及ばないと分からされた口惜しさ。
このままではダメだ。
アイツの通った道を、ただなぞらえるだけでは。
その焦りがランゲルを辺境に飛び込ませ、探索者の道を歩かせた。
あれから5年。
すっかり探索者としての価値観や考え方、習慣が身に染みついたランゲルであったが、とっさにとった構えはクライン流の基本形――
『隠しの構え』――。
その意図するところは、刃の出所を気付きにくくして相手の初期反応をほんのわずでも遅らせ、アドバンテージをとるのが狙い。
加えて、
屍鬼への変妖による不死性の能力取得と身体能力の大幅上昇。そこから繰り出す強攻撃“螺旋突き”による優位が自分にあると考えれば。
ザッ――
以前のランゲルには選べなかった大胆な一手。
だが今のランゲルならハリマのプレッシャーをはねのけ、まっすぐに距離を詰めきれる。詰めれば当然相手は――
「鋭っ――」
裂帛の気合いと共に一瞬、ランゲルの意識が弾き飛ばされ、気付けば肩口から胸部の半ばまでをハリマの刃に断たれていた。
「――っ」
それはランゲルにとっても想定外の一撃――誘いをかけたのは確かだが、まさか致命傷寸前の綱渡りになるとまでは思ってもいなかった――のだが。
「……ぬ?!」
表情を強張らせたのはハリマの方。
またしても“肉締め”によって刃がからめとられたと気づくも刻既に遅し。
ランゲルが剣持つハリマの手首をつかみ、同時に唸る勢いで蹴りを叩き込んでいた。
「ぐっ……」
ハリマを呻かせるも手応えは軽い。跳ばれた。
なら人外のチカラ任せに引きつけ、激突させるように蹴り込むのみ。
「……っ」
これでも――だが先よりは確実に深い。
ランゲルの強烈な前蹴りが腹に突き刺さり、たまらずハリマが胃の中身をあふれさせる。
まだだ――。
上目遣いでこちらをにらみつけるヤツの眼光は死んでおらず、だからまだ離さない。
さらに仕上げの一発!
?!
蹴る直前、急に視界がブラックアウトしてランゲルは戸惑った。そう思う間にも勝手に腕のチカラがぬけてハリマを逃がしてしまう。
なんだ、
「何をした――?!」
ランゲルは思わず叫びながらも真っ先に首と心臓をガードする。ガードした直後、首を守る腕に鋭い痛みが走る。
次が――そう考えるより先に後方へ飛び退くランゲルだったが。
間近に拍動――まさか、ついてくる?!
察して再度のバックステップを続けながら、ランゲルは残してあった『閃光瓶』を迷わず地へ叩きつけた。
――――ッパァ!!
はっきり見えずとも、弾けるような閃光の明るさだけを知覚する。それと追ってくる拍動がその場に留まったことも。
なんとか足止めできた。それにしても――
「――剣士のくせに手癖が悪い」
ようやく視力を取り戻したランゲルは、ハリマの手にする小剣を忌々しいげににらむ。それが両眼を切り裂き、腕の腱も断って捕り逃がした元凶と察したからだ。
「にしても、“お上品剣法”かと思えば中々どうしてやる。オマエも正道剣術からはみだした口か?」
そう自虐を込めて問いかければ、
「舐めるな」
口元の胃液をぬぐいながらハリマが咆える。
「我が『新当流』は平時であれ合戦であれ、戦う場も“方”も問わぬ実戦の剣。必要とあらば荒っぽいマネも厭いはせぬ」
「ハッ。意気込みはいいがそのザマではな――」
ランゲルはその場で膝をつき、荒い息を吐いているハリマに冷たく返す。どれほど威勢がよくても一方的にダメージを負っているのはハリマ。
対してこちらは無傷であり、その差は歴然。
なのに、ハリマの眼光が揺らぐことはなく。
「……その言葉、そのまま返そう」
ハリマの視線がこちらの足下に移され、誘われるようにランゲルも視線を追って。
「!」
「下がったのはおぬしだ」
攻めるときにランゲルの蹴り込んだ足痕が、一足分ほど前にくっきりと残されていた。
たかだか一足分の差。
それでもその事実がランゲルの自尊心を傷つけ、
「そんなヘリクツで誤魔化そうとするんじゃない。肝心なのは、オマエがダメージを負い、オレが無傷であるという事実。剣士なら口じゃなく剣でかかってこいっ」
苛立ちまぎれに咆え返す。
「それとも……このオレに敵わぬと悟ったか? 当然だ――そもそもオレは、オマエのような凄腕剣士に勝ちたくて、正道の剣を捨てたのだからな」
そう。
あの“才能のバケモノ”と呼ぶべき兄弟子に打ち勝つために。
その剣才のまばゆさで剣友や愛する女、実父である師からの称賛を集め、凡夫である自分が顧みられることのなかった寂しさ。
それだけならいい。
大会の実績が振るわず、人に教えることや愛想を振りまくことさえも及ばず、誰もが次代は兄弟子と思うことも構わない。
だが「跡継ぎはランゲルしかいない」そう譲り推す兄弟子の言葉にはじめて屈辱を覚えた。
あの『継承戦」で敗北したその舞台上で、門人どころか他流派の高弟や街の名士が見守る中、声高に宣言された時に。
静まり返った空気の息詰まるような痛み。
はじめてみる父の頬を強張らせた表情。
そして真顔でこちらを見つめる兄弟子の瞳。
恥辱しかなかった。
己の不甲斐なさを、愚鈍さを呪いもした。
なぜならランゲルも皆と同じく兄弟子を心から尊敬していたから。
次代は兄弟子しかいないと心の底から思っていたからだ――。
あの時からランゲルの剣に対する向き合い方は一変した。
まっとうなアプローチでは絶望的と知るがために悩み苦しんで、だからこそ様々な戦闘スタイルがあるという探索者としての道にすがりついた。そうして危険と避けられるクエストにあえて挑み続け、手にしたのが――
「今やオレのクライン流は正道に囚われないオレだけの剣闘術となり、そこに屍鬼ならではのフィジカルまで加わった。この反則級のチカラをまえに、正道の剣など無力――敵わぬと思い知り、ヤケになるのも理解できる。……オレもそうだったからな」
半妖の影響かランゲルの中で以前ほど強烈なネガティブ感情が沸き上がることはない。それでもハリマの心情を慮ることはできる。なのに、
「まさか――」
ハリマが断固と拒否するように吐き捨てて。
「思い知る? ――何を。どうして己が敵わぬと思わねばならん。この目で見たのは、おぬしを退かせた事実――“我が剣に不足なし”との確かな手応えだ」
声音に確信を、両眼に闘志をみなぎらせて。
ハリマが膝をふるわせながらも立ち上がり、ぐいと剣先を突きつけてくる。
「おぬしこそ誤魔化し、目を反らすな」
「なに?」
「剣士が強くなるには、ただ鍛錬あるのみ。師の教えを噛み砕き、己の身になじませ、自得に至るまでを繰り返す。その日々だけが唯一無二の道――」
「それが不足だから、道を変えたと言ったぞ?」
感じるはずのない激しい憤りがランゲルのこめかみに極太の青筋を浮き上がらせるが、ハリマは動じず。
「不足なのは鍛錬。遅々として進まぬと感じさせられる、地道な努力の積み上げだ」
「やめろっ」
ランゲルは重なる虚像を打ち消すように腕を振り払う。
「どれほどの思いで本流から離れたと思うっ。見知らぬ僻地で勝手の分からぬ探索者になることがっ、誰もが避けるクエストに挑み続けることがっ、着地点も分からぬ何かを求め続けることがっ、どれほどの覚悟をもって、耐えねばならぬかオマエに分かるわけがないっ」
それ以上に。
このオレに向かって。
「兄弟子と同じセリフを吐くんじゃない――!!」
ランゲルは激情のままに地を蹴った。
行くは再びハリマへの最短となるルート。小手先なしの激速ガン詰めで迫る。
瞬時に合わせて襲い来るハリマのプレッシャー。
(それでオレを止められるかっ――)
ランゲルは眼前で構えるハリマに兄弟子を重ね、打ち砕くつもりで強く踏み込んだ。
互いの剣先が届くポイントまで大胆に進み、そこから歩速をゆるめながらもさらに詰め寄って。
斬りつけ合えるが致命傷にならない位置にまで入り込む。
「――――」
「…………」
先ならどちらかが手を出している距離。
なのにふたりは見合ったまま動かない。
いや、ランゲルは互いの殺傷圏が触れ合う境界面に剣先をあて、神経を研ぎ澄ましながら必勝攻撃の『決定圏』を探りはじめている。
それはクライン流が重視する極意のひとつ。
クライン流では“武器と標的の距離”、“武器を振るう速さ”それらの要素を踏まえて『攻撃到達速度』を瞬時に推し量る訓練をする。
これが身につくと、相手の攻撃到達速度も見極められるようになり、最終的には戦っている最中のあらゆる瞬間で“どちらが先にヒットさせられるか”が感覚的に分かるようになる。ギリギリの凌ぎ合いで生死を分かつ判断に直結するのだ。
ここまで熟練した者なら戦闘においてやることはひとつ。
見定めた互いの攻撃到達力を念頭に、自分が先にヒットさせる構えや位置取りを常に狙う――その必勝位置取りを『決定圏』と呼んでいた。
無論、それは最初の一手をうかがう場合にも有効となる。
すでにランゲルはハリマの手際を十分に見た。つまり攻撃到達力を把握しており、だから――
――――ここだ。
ランゲルが足を止め、剣を構えた位置、角度。
それが見極めた『決定圏』。
だが恐るべきは、その瞬間に反応してみせたハリマ。
顔横に構えた剣柄が腰前に引き付けられ、ランゲルの『決定圏』を狂わせる。
構わず螺旋突き―― 消えた?!
そう見えるほどの唐突さ。
実際には横へ、斜め前へと移っていただけ。
それが『沈身』による動きとランゲルに分からぬまま、放たれた突きに首を振って避ける。
ダメだ。
間に合わない。
構えた時には二度目の突きが。
――――シキィ
ランゲルはあえて剣の股で受け止め、斬り結びの体勢をつくる。
これもクライン流の得意とする形。
近接戦闘の多くで必ずといっていいほど、斬り結びの状況は生まれる。ここからのせめぎ合いを研究するのは、むしろ剣術であれば自然な流れ。おそらく『シントーリュウ』とやらにも似た技術があるはず。
これはだから、ランゲル流の挑発でもあった。
斬り結びはテクニックもそうだがパワーが幅を効かせるものでもあり、絶対的な勝算あっての誘いである。
先に仕掛けたのはハリマ。
噛み合わせを支点に剣を回してカラダをこちら側にもぐりこませ――
合わせてランゲルも腰を深く落として刃を放さぬまま剣を立て、ハリマの払い斬りを抑止する。
低い姿勢で近接するふたり。
ギギッと噛み合う刃がきしみを立てるのは、互いに仕掛けようとし、察して抑え込むせめぎ合いを瞬時に数度やりあったため。
「……」
「――」
極度の集中がハリマの顔に汗の珠を浮かばせて、ランゲルにそれがないのは死人同然がため。つまりこのまま拮抗しても粘り勝てるが。
「ぬあっ」
人外のパワーを手にしたからこそ、消極姿勢を嫌ったランゲルが気張ってチカラ押しに変える。
人であり手負いであるハリマに抗うすべはない。
すんなり刃が首筋に届き、押し込まれ、
(このまま叩き切る――っ)
ランゲルが一気に決めようとした時、ハリマの抵抗が消えて勢いそのまま倒れ込む。
腹部に蹴りが――
「ちぃ」
蹴り跳ばされる寸前、ランゲルはその足をつかんで回転――渾身のチカラでハリマのカラダを振り回した。
「かはっ」
互いにカラダを入れ替え、地面に叩きつけられるハリマ。その手にまだ剣を握っているのはたいしたものだが、ここまでだ。
カラダを起こしたランゲルは、動かぬ敵を見て素早く剣を拾う。
「卑怯だと思うか? 理不尽だと? だがこれが正道に固執したオマエの限界。その枠をぶち壊し、己を高め、バケモノのチカラさえ取り込んでみせた、オレとの差だ」
こうしてみると、領都の凶事さえ運命なのかもしれないとランゲルは思う。
いや、自分の強い思いが呼び寄せたのだと。
当然、屍鬼に襲われたことや呑まれず抗い得たことも。
こうして純粋なる剣士と対峙することになったのも、すべては自分の手でたぐりよせたこと。
(そうしてオレは、今度こそ証明した――)
純粋なバインド勝負でも見劣りせず、パワーを含めた総合力では自分が圧倒。
その結果がランゲルに得も言われぬ充足感を与えていた。
自分のやってきたことは、報われた。
だからもう、ハリマが立つのを待つ必要はない。
その意識が戻るのさえも。
状況がこじれる前に手早く終わらせようとランゲルは剣を突き下ろす――
「――こいつ?!」
瞬時にカラダを横にして躱された――そう気付いた時にはジャンプしていたのに間に合わなかった。
信じがたい。
なぜに意識を保てる?!
それに寝そべった姿勢で剣を振るうなど。
だがランゲルの眼下には、確かに“斬りつけの姿勢”を象る彫像が、横倒しになったようなハリマの姿があった。
「くっ……」
ランゲルは右足首があるものとして着地したためにバランスを崩す。
機敏に起き上がったハリマが迫る。
その焦点がこちらに合ってない――半ば意識を飛ばした状態で?!
(舐めるなっ)
ランゲルは人外の筋力で強引に立て直し、バランスの悪さもパワーで抑え込んで。
「その悪あがきごと、叩きのめしてやるっ」
咆えるランゲルより先にハリマの剣が疾る。
だが察知している。
ほんのかすかな肩の動きをランゲルの目は見逃さず、
――避けて。
その切り返しも躱しての一撃。
「ふんっ」
――ギッ
反らされた。
忌々しいほどに返しが速い。だが――
――シュリィン!
ヤツの剣に刃をすり合わせての斬り結び。――からの。
シャッ――
剣の股ですべらせ、手首を狙い。
ヤツが剣をこねれば、こちらも合わせて刃をこねると同時に持ち手を瞬時に切り替え、外側から内側に入り込む。
そのまま逆さ握りで刃をハリマの首狙いに。
――消えた?!
いや、膝を曲げて仰向けに倒れ込んでいるっ。
しかもその体勢から――
「ちぃ」
キキィ――――!!
刃と刃がぶつかって硬質の音を響かせた。
打ち勝ったのはランゲル。
ハリマを地面に叩きつけ、
「二度も喰らうかっ」
素早く人外の脚力でジャンプして、そのまま宙返りして頭からハリマへと突っ込んだ。
兄弟子を思わす剣士相手に退くつもりはない。
意地でも前に出て打ち勝ってやる。
「おおっ」
螺旋突きを放とうとしたところで、ハリマの腰を浮かせリーチを伸ばした逆さ蹴りを打ち込まれ、狙いを外される。
辛うじて頭を腕でカバーして激突をまぬがれ、素早く転がり起きて。
「シッ」
ハリマが跳ね起きるところへノー・ルックで薙ぎ払い。
上体反らしで躱されたタイミングに全身を投げ出すようなショルダー・チャージをぶちかます。
「らあっ」
「……っ」
今度こそ捉えた。
ハリマの胸骨がイク手応え。
地面から足を浮かせたハリマが後方に飛び――数歩たたらを踏んでなんとか持ち堪える。
その唇の両端から垂れる血の糸。
(これでも――秘具か? いや――)
道具であれ術であれ、ヤツがどんな加護を得て、どれほどタフネスであろうと強烈なダメージを与えたのは間違いない。
すかさずトドメを刺そうとして、ランゲルは思わず手を止めた。
「――どうした?」
ランゲルに躊躇させたのは劣勢を感じさせないハリマの眼光。
むしろ先ほどより一段と増した剣気の凄み。
それに気圧されたからこそランゲルは無意識に首を振ったのかもしれない。
「――いや。オレはあんたを越えた。それを今、証明した」
オレ流の、オレのクライン流が勝っていると。
異装の剣士にダブる兄弟子の虚像にランゲルは訴える。
その切実な思いを――委細知るはずのないハリマが「いいや」と否定する。
「おぬしは何も越えていない」
「なんだと……?」
「すくなくとも、この播磨の本気は、な」
またそれか。
二度も聞かされたランゲルはしかし、嘲ることも呆れることもしないで黙り込む。
――いや、そうか。
フィジカルやテクニックではなく。
まるで魔力や戦気のように、ないはずの剣気をはっきり感じとれるその意味にランゲルははじめて意識を向けた。
そして知る。
本気を口にするその意図を。
ようやく“ハリマの本気”を理解すれば、ふと頭によぎるものがある。それこそが、自分に足りなかったモノではないのかと――。




