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(十五)播磨の剣(2)



領都騒乱

危険エリア70%超

      

         ――城下エリア(エルヒン邸)





 「ぐれげり手強し」と身構えた風吾であったが、終わってみれば“完勝”と言える短期決着。

 しかし渾身の疾風剣を敵に見舞った直後、


「……っ」


 風吾はがくりと力が抜けたように膝をつく。

 その顔や首筋にびっしりと冷や汗を浮かび上がらせるのは、背中に受けたのせい(・・・)


(っぶねえ……扇間の兄貴に『身抜き』を教えてもらってなかったら……)


 敗れていたのは自分だと。

 風吾は内臓の裏側に感じるひどい鈍痛に耐えながら、自流の極意を惜しみなく伝授してくれた先輩隊士に心から感謝する。




 『見抜き』――。

 それは己のカラダに加えられる力を機敏に察し、刹那に皮・肉・関節さらには内臓でもってやわらかく包んで受け、体内にて分散霧消せしめる『扇間流鎧組討ち』に伝えられし護りの極(・・・・)()

 これによって打・突だけでなく、極めれば斬撃すらもこする行為へと貶める(・・・・・・・・・・)別名『侍殺し』の極意。

 とはいえ、似た技であれば洞穴門にて弦矢が、砦門では鷹木が――ルアドの流派もそうだ――使っているとおり、武の道を正しく歩めば流派を問わず自然と至るものでもある。


 すなわち、力の発し方に習熟するなら、その逆もまた然り、と。


 疾風剣を開眼させた風吾であれば、その野性的な感性でもって、修行途上でありながら極意の一端なりをつかみ、実戦でそれ相応に合わせてみせても不思議なことではない。だから。




(――そうだ。ギリギリでもなんでも勝ちは勝ち。コイツを倒せたのなら、それでいい)


 風吾は目の端に屍の山を捉え、民人を救えなかった悔しさを噛みしめながら、地に転がるグレゲリの首を見やる。

 かっと見開かれたその瞳が動くことはない。

 終わったのだ。

 いや、終わらせた。

 今自分にできることは果たしたのだと。


 そこははっきりと言えるだけに、風吾はしっかと月を見上げ、




「ヤツの、これ以上の非道を止めてやった――それでいいよな?」


 


 今は亡き人物へ己の成果を伝える。

 ただそれだけ。

 それで終い。

 そうしてひと区切りつけたところで、風吾は庭の片隅へゆるりと目を向けた。




「――で、もう隠れてることもないだろ?」




 返事はない。

 それでも風吾は誰かがいると確信を込めて語りかける。


「分かんだよ。オレたちの戦いを、息をひそめて静かにタダ見(・・・)しているあんたの視線が。おかしいだろ。こんな異常な状況で、そんな風に冷静でいられるわけがねえ。なら、こんな巫山戯たマネをさせた元凶が、あんたにあると思うのが自然だろ――?」




 ◇◇◇




 風吾の戦いが終わりを迎えようという頃。

 播磨の方では。



 問答無用と迫る播磨に何を感じたか、男は後ろ手に隠していた剣をここにきて構えた。


「?!」


 播磨が思わず足を止め、眉をしかめたのは、チラと見えた剣の独特すぎる形状に戸惑ったため。


 それは刃を『し』の字に似せて象る奇怪な剣。


 森林や砦門での戦いでも見かけなかった特殊すぎる剣の異形さに、動きの予測がつけにくいことがひとつ。

 いまひとつは、こちらの目にどう映るかを理解した上で刃の向きを合わせた構えをとる術理と確かな技倆を感じて。


(やはり、こやつ……)


 己の知る、“剣士”だと。

 慎重に期すべしとあらため、播磨は右へと進み、屍の山へ身を寄せる。そうすれば障害となって右手からの攻めを潰せるからだ。

 これで互いの攻め手は“中央”か“左”に絞られる。そう思ったのだが、




 どぎゃ――!!!!




 だしぬけに屍山の一画がはじけ飛び、そこから吹き飛んでくる数体の骸を避けられず、播磨はもろに喰らってしまう。


「……っ」


 もんどりうって転がり、夢中で体勢を立て直す。

 その時には、迫る男が!

 播磨は辛うじて膝立ちの姿勢になったところ。


「シィ――」


 男による踏み込みざまの一撃に、


「けいっ――」


 播磨の切り上げが迎え討つ。 

 しの字の剣身に刃を合わせ、反らし上げて。


「むん」


 返す刀で泳いだ男の腕を狙い打つ。


 ――ギャリィ!


 しの字の股で受けられた。

 戻りが速い。それに体勢の崩れなどものともしないカラダの強さ。

 だが播磨の攻めは終わりでない。

 立ち上がりの踏み込みで“突き”へとつなげ――シュリ――男に首をかしげて躱される。


(今のは――)


 その一瞬、男が異形の剣身を回転させたのに播磨は気付く。

 先の初手ではバケモノじみた力で遺骸を弾き飛ばして“道”を強引に生み出し、今度はこちらの攻めを見極めた上で突きの狙いを反らしにきた。

 なかなかどうして、人外なる強化に早くも馴染んで使いこなしているではないか。


(いや、それだけではない)


 一連の動きには剣術への“馴れ”がある。

 こちらの剣理を熟知した者の動きを思わせる。

 つまり、それだけ“こちら側の剣術も実戦的に練り込まれている”ことを差す。



「――おもしろい」



 播磨のつぶやきに、



「ああ、同意だな――」



 男も応じて。


「以前のオレでは愉しめなかったろうが、今はちがう。オマエのおそろしいほどキレのある剣もよく見え、感じ――反応できる。ふふ……今なら、届かぬと諦めた兄弟子たちとも、渡り合えそうだっ」


 先ほどまでの“やる気のなさ”がウソのように男は声を昂ぶらせて。


「剣士であることを思い出させてくれた礼に名乗っておこう。オレはランゲル。『アウスト・クライン流』のランゲルだっ」


 言うや無造作に播磨へ向かって踏み込んでくる。

 同時に放たれる、ビュオと風巻くほどのひねり突きを見るなり播磨は直感的に悟る。

 それを受けてはダメだ。


「……くっ」


 構えを解いて大きく避ける播磨。

 突風が過ぎ、播磨の頬をふるわせる。

 ヘタに触れれば弾き、あるいは巻き込んで破壊すると確信させる“合わせ技殺し”ともいうべき一撃に、さしもの播磨も手は出せぬ。

 しかしそれは相手にはりまの限界を知らしめることと同じ。

 攻防の主軸が“いかに螺旋突きを当てるか、かいくぐるか”に限定されてしまい、相手側の土俵に乗せられて戦うことになる。

 事実、ランゲルの構えは突きの体勢をとり、播磨はそれを常に警戒せざるを得ない。


(主導権をにぎられたか……)


 そう播磨が感じとったところで。

 ランゲルがわずかに腰を沈ませ、突っ込んで来るかと思いきや右へ蹴り、


 ――ジャッ


 転じて左へ跳ぶ。


「――む」


 応じて播磨は冷静に向きを変えるが、瞬時にランゲルは逆をつく。


 右、左――左!


 さらに虚実を交え、その上、一足の移動距離や拍子までも変えはじめて。


「――」


 気付けば土を跳ね上げる音も短くなり、合わせて左右への切り返しが速く、なめらかになってゆく。

 つかんできている。

 バケモノとなったカラダの使い方をランゲルはおそるべき速さで学んでいる。



   ――!


        ――!

    ――!!



 並みの剣士であれば、あまりに忙しない方向転換に体勢を崩してしまっているだろうが、播磨はぶれずについてゆく。

 それにも限界がある。

 位置替えの揺さぶり程度が攻め手としてしまえるランゲルに初手の軍配が上がる。


「――っ」


 播磨の動きが一拍子ズレた。


 ――――ッ


 直後にランゲルの蹴りが一段増し――加速。


 播磨は追わず脇構えに。


 そのため完全に横を盗ったランゲルが、


「シィッ」


 踏み込んで螺旋突きを放った。


 狙いは遠めの頭でなく近くの左腕。それに届く寸前で播磨が動く。


 まるで狙い打ちするように。

 事実、追いきれないと見せかけつつ、実際は最速の迎撃をとるための予備動作だったのだ。ゆえに。




「――?!」




 播磨が目を見開く。

 ランゲルの腕に刃が食い込んだまま、止まってしまったからだ。


「悪いな――」


 ランゲルが播磨の胴に打ち下ろす感じで拳を叩き込む。


 めきり、と。


 いやな音を立てながら播磨が尻餅をつかされた。

 だが痛みよりも驚きの方が強い。

 今のは会心の一撃だ。なのに――

 初めて顔色を変えた播磨の様子にランゲルが、


「今のオレは、剣士じゃなくて探索者でな(・・・・・)――」


 そう勝ち誇ったように告げる。

 つまり、彼なりにこの展開を読んでいた。いや、筋肉を締めれば腕を切られないと分かっていたからこそ、こうなるように仕向けたのではないか? 

 おそらくは剣士を名乗ったときから。


「……っ」


 肋骨が何本かやられているが、耐えられる。

 まだやれるぞと播磨が顔中に脂汗をにじませながら睨みつければ、ランゲルは鼻を鳴らす。


「ふん。気に食わないか? だから剣士はコマとしか思われないんだよっ」


 思い切り顔を蹴りつけてくるのを、なにげない感じで播磨が避けて。


「!」

「ふっ」


 手を添えて蹴り足を掲げつつ、播磨はさらに肩をあて立ち上がる。

 痛みをこらえながら、渾身の力でっ。


「むおっ」

「――!」


 幸いランゲルのカラダに柔軟性はなく、簡単に重心を崩して倒れ込む。その際、播磨は敵の腕に食い込んだままの刀を奪い返す。

 合戦術もある新当流だが、膂力に差がありすぎて組みにはいかず、剣で挑む。どのみち首を切り離すしかヤツは倒せない。とはいえ。


「意外と器用なヤツだ。ただもう……時間の問題だが」


 これみよがしに腕をみせるランゲルのそこには傷跡ひとつ残されていない。

 対して播磨は咽奥からにじみでる鉄の味を感じながら、「バカを云うな」と返す。


「これしきのケガで勝敗がつくものか」


 播磨に負け惜しみを口にしたつもりはない。

 戦場経験があるからこその当然だ。

 だからこう続けるのだ。





「『鹿島新当流』播磨善士――ここからは本気で(・・・)、相手してやろう」






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