(十四)剣士VS軽戦士
領都騒乱
危険エリア70%超
――城下エリア(エルヒン邸)
話戻って風吾の方では。
「ほらな」と両手を広げてみせるグレゲリの面貌にビシリと幾筋もの血管が浮かび上がる。
それが心臓の鼓動に合わせるかのように浮かんでは消えを繰り返し――
その律動に合わせて肌から色素が、そして体毛のすべてがゆるりと抜けていく。
そうして両の瞳だけを真っ赤に充血させる姿に、
「――その程度で」
風吾は低く吐き捨てる。
「その程度のために、あんな腐れたマネをしくさったのか?」
怒りにまかせてはいけないと分かっているのに、腹の底からふくれ上がる激情をどうしても抑えられず、つい煽るような言葉を口にしてしまう。
当然、眉をピクリと動かすグレゲリ。
「――強がるなよ」
「強がりじゃない。現に、あんたは今から――オレに斬られる」
それはこれまで仲間とともに磨き上げた己の剣に対する自負が言わしめたもの。そしてまた、“己が侍”を貫くために為さねばならぬことでもある。
だが相手にとっては、ただ不愉快なだけ。
「たかが“人レベル”の強さで舐めてくれる。同朋にと思ったが、クソ生意気なガキは不要だ。さっさと“肉”になれ――」
一度鋭く剣を振り払ったあと、グレゲリがここにきてはじめて剣を構えた。
顔の脇から風吾へ向かって剣を突き出す独特の構え――ただの格好ツケではない――それで風吾の目線から、剣がほぼ点になって見えにくくなってしまったのだから。
「――!」
明らかに実戦向けとして練られたその構えから、なにかの剣術流派をうかがわせるが、風吾に逡巡させたのは一瞬。
(いくぞ――!)
思い切りよく風吾が地を蹴り飛び出した。
それは剣術と異なる、“野性の勘”に裏打ちされた回避力あっての飛び込み。
少年期に山暮らしで磨きぬいた彼ならではの詰め方だ。
ゆえに絶対的な自負をもって風吾は一歩、相手の間合いに入り込む。
そこは相手が迎え討つに最高の位置。
風吾でなければ最悪に危険な瞬間。
――なのにこない。
それなら二足目で相手の懐へ――。
――――ギィッ
いきなり猛烈な衝撃を左方から受けて風吾は右へへ倒された。
何が?
グレゲリの剣撃だ。
風吾の回避力手強しと認め、避けようのない位置にまで呼び込んでみせた。
それでも変妖による反応力や速さが段違いに増していなければ――それにあの構えによる剣への認識低下が重なることがなければ、触らせもしなかったろう。
そう。
グレゲリの真の狙いはそこにあった。
“受け”に回らせ、風吾の刀を折ることに――。
「――っ」
しかしそれは剛馬との仕合によって経験済み。
風吾は気張らず、それでいてカラダの芯で受け、刀を押し込まれた衝撃に胸を詰まらせながらも、自ら倒れつつ地を蹴ることで力を逃がす。
その離れゆく風吾目がけて、グレゲリが次撃を放つ。
しかし半歩分足りない。
そうさせる意図も込めた地を蹴る動き。なのに。
「――!」
しっかと刃が届き、咄嗟に風吾は半身に捻った。
ぎり躱す。
夢中で片手を地に着け、全身のしなりを利かせて回転――さらに後方宙返りを噛まして一気に距離をとる。
ババッ――――
「なっ――」
ケモノじみた風吾の動きに、剣を振ろうとしたグレゲリが呆気にとられて動きを止めてしまう。
「…………サルかよ」
あっという間に攻撃が届かぬ位置にまで逃げられて苦々しい表情でつぶやくグレゲリ。そこでふと気付いたように自分の手首に視線を落とし、
「……クソッ、バケ猿だったな」
忌々しげに言い直す。
一方的と思われた攻勢の合間に風吾は一撃を返していたのだ。
そうは言っても小さな切り傷だ。すぐに治る。
対して風吾は今の攻防だけで動悸が高まり息を乱されてしまい、脳裏では必死に刹那の攻防を思い返していた。
そう。今の一撃――
「――手の位置取りか」
「なんだ、探索者と戦るのは初めてか? なのに初見で見切りやがるとは、このクソ猿めっ」
耳聡いグレゲリが吐き捨て、そのくせあっさりと種明かしとなる剣の柄をみせてくる。
ヤツが使っているのは直刀だ。
剣身は和刀より長く、それとの比率でみても違和感を抱くほどに柄が長い。それが剣の間合いを伸ばした秘密だった。
「怪物も人も相手にする商売だからな。臨機応変に持ち手を変えて武器の調整をするのは必須なのさ」「認めちまうのか」
「何が変わるかよ」
グレゲリもまた自身の勝利を疑わず笑い飛ばす。
「気が引けるなら、あっちでシグレイに会った時の伝言でも頼めるか? こっちでよろしくやるとグレゲリが言ってた、てな」
「そいつは自分で言ってくれ。手伝ってやるから」
強気に風吾が前に出て、グレゲリは先の型に戻して待ち構える。それと対峙してあらためて風吾は思う。
――やりにくい。
独特の構えで剣身を把握しずらい上に、和刀以上の長さがグレゲリの懐を深くさせていた。
それでいて、反応力は互角。
速さも互角。
獣並みに鍛えられた風吾の身体能力に余裕でヤツはついてくる。
いや、腕力では圧倒されているし、多少のケガをなかったものとできるバケモノ力は風吾にない。その上、戦いの引き出しの多さも相手が勝ると感じられれば。
(――そうかよ。オレの方が分が悪いってか……)
やりあって感じる、想像を越えたグレゲリの強化ぶりに。
(認めねえ。あんな強さはぜったいに、認めてたまるかっ。だから、鍛えたんだ。理不尽に抗えるように。いっそ止めるために。こうゆうクソ野郎を否定するための――)
「――オレの剣だっ」
風吾は半身でやや前屈みとなって下段に構え、その変則的と思える体勢で前に出る。
実は股関節で折り曲げているため重心は崩れず、むしろ突き出た頭部を差し出すことで相手の攻め手を限定させ、誘うが狙い。
それは鷹木が砦門で仕掛けた型の変形。
抜刀隊では共有された戦法のひとつ。
『鹿威し』――
◇◇◇
――なんだ?
一見、でたらめに思える少年剣士の体勢にグレゲリは警戒心を抱いた。
探索者としての“経験”が危険だと発する。
そして剣士としての“経験”も、しっかり身についた“構え”であると断言する。
ならば迂闊に手を出すのは愚か――。
(――なんて思うかよっ)
オレはグレゲリ。
身に付けたるは『アウスト・クライン流』の剣。
愚直に励み『認可』を得るも剣で大成できぬと思い知り、同朋と共に公都を出、この辺境であらたに探索者のトップに立とうと根を下ろした。
それから10年。
今やトップクラスの探索者パーティにまで登り詰め、そのメンバーに相応しい『軽戦士』として名を知らしめた。
無論、実力でだ。
そのオレを支える対人・対怪物の実戦で磨き抜いたクライン流は、もはや『グレゲリ流』と言えるほどに昇華されている。
あのクライン流の高弟たちでさえ、手の届く存在だと断言できるほどに。
(そのオレが、辺境の頂点が――ガキ相手に様子見などできるかよっ)
一度は挫かれているからこそ、再び火を灯させた剣への自負はゆるぎなく、グレゲリに足を踏み出させる。
はじめは剣士としての足運び。
次いで、人外フィジカルによるダッシュ――からの刺突!
――ブレた!
それは成り立ての落とし穴。
初体験の出力に身体の操り精度が追いつかず、本来は“点”としか見せないはずの剣身がわずかにあらわになる。
それだけで少年剣士は反応してみせる!
――シャリィッ
下から掬い上げられた片刃の剣が、ギリギリのところでグレゲリの剣を右へ反らす。
そう思った時には、振り上げ姿勢を構えとして、刃をすべらせ踏み込んでこようとしていた。
(させんっ)
グレゲリは剣を引き付けながらパワー任せに押し下げるのと、ワンステップで避ける行為を同時に行う。
「……っ」
パワー負けした少年剣士が踏み込みきれずに足を止め、刃で受けながら器用にカラダをひねる。
シュリィ――と。
逃げられ、ぬけてしまった剣。
やや前掛かりに崩れる体勢。
だからと、そこで終わりじゃない。
グレゲリの攻め手はまだ残るっ。
「おらぁっ」
踏み込んで肩を振り、叩きつけるショルダー・チャージ。
ヤツは極近接に弱い。
“戦い方を知らない”というのが正しいか。
だからさっきも無様にケリを喰らった。
今度はバケモノのフルパワーによる一撃で地面に叩きつけ、逃げ場を封じてトドメを刺す。そのつもりが、
――――ふわ、んと。
藁山をなぐりつけたように手応えを感じず、少年剣士の小柄なカラダはそこに留まった。
「?!」
訳も分からず一瞬だけ思考停止するグレゲリへ、
「――隙あり」
少年剣士がつぶやき、手元から閃きが放たれた。
ピピゥ――――
これにグレゲリは間違いなく反応した。
鋭い口笛の音と共に閃く白刃を、ふたつほど目で捉え、受けようとしたのだ。
だが。
バケモノの目をもってしても霞んでしまう剣先の軌道までは確実に見極められず。
キンッ!――ひとつ目を辛うじて流し、
「……っ」――ふたつ目で首筋を浅く切られ、
「……ぁ……」
目測しきれぬみっつ目が、利き腕を斬り飛ばしていた。
致命的なミス。
いや、ミスなどしていない。
ヤツは正義感熱いだけの田舎剣士を装いながら、護符の秘具か何かを隠し持っていたにちがいない。
「くっ……」
グレゲリは探索者としての本能で、エサを捜す。
まだだ。
喰えば振り出しに戻せるっ。
それに万一の場合にはアイツが――
「それは悪手だろ――」
急所でなければ死なず、喰えば元に戻る。
不死身と勘違いさせる能力が、グレゲリの判断を誤らせ、少年剣士の指摘でハッとさせられた。
そうだ。この状況でよそ見など――
――――っ
その時には、グレゲリの首は落ちていた――。




