(十三)播磨の剣
領都騒乱
危険エリア70%超
――城下エリア(エルヒン邸)
疾風のごとき速さで迫る少年剣士に、
「バカが――」
大槌振りかぶって迎え討つのは重戦士のデグラート。
彼は領都で1、2を争う前衛職のベテランでスピード自慢の相手を料理できるテクニックがあり、その上、大槌を片手で扱えるほどの変容を遂げている――もはや全方位で隙のない怪物相手に、ただ拍動が強いだけの若輩剣士が何をできるはずもない。
(いいとも。肉はくれてやる――)
終わりの見えた戦いにグレゲリが興味を失ったのも当然、あらたな肉を食もうと足下の白い骸へ手を伸ばしたところで。
ぴぴぅ――――
指笛の響きにあわせた剣風一閃。
ただそれだけで、立ちはだかる“壁”となるはずの重戦士デグラートが、あっけなくくずおれてグレゲリは目をみはらせる。いや、驚かされたのはそれだけではない。
(刃が見えん?!)
「このガキ、スキルを使うぞ――」
理由はそれしか考えられず、だからグレゲリは驚きを押し殺して仲間へ警告する。
そして発した時には、両足にチカラを込めてその場から大きく離脱していた。
一瞬遅れで両足のあったところを剣閃が走る。
足場の悪さをものともせず一気に迫った少年剣士の放つ斬撃に、
――――!
グレゲリは変異で五感が薄れたはずの背筋にはっきりとした冷たさを感じる。
しかも次の瞬間には少年剣士の身が、こちらを追って宙に躍っているとは!
「――舐めすぎだ、ガキっ」
ジャンプ力ならこちらが上。
より遠くへ着地と同時にグレゲリは少年剣士の落下点へと踏み込んで、横殴りの剣を見舞った。
――躱した?!
「――がぁっ」
だけでなく、腹が裂かれていた。
無視して離脱時にむしりとっていた“足”で殴りつけて。
「?!」
驚いて仰け反る少年剣士に、
「ビビったな?!」
ここぞ攻め時とおもいきりケリをぶち込む。
「――っ」
「っこお」
少年剣士を下がらせるも蹴り込んだ感触が浅い。
それにまた、一撃返してくるなんて。
「……いちいち、ウザいマネをしてくれる」
腹を裂くラインがふたつに増えていると察してグレゲリは忌々しげにつぶやく。
いつもなら、探索活動で鍛えられた対怪物戦闘術は、対人戦に馴れた者ほど戸惑わせ、その実力を発揮させなくするものだ。
なのに少年剣士はぎこちないどころか、
(――噛み合いすぎる)
動きに躍動感があり、伸びやかに剣を振る。
レベル3――いや、変妖によってレベル4に踏み込んだグレゲリの目測を誤らせるほどのキレ味で。
とはいえ、以前だったらリキが入らなくなる傷でもこのカラダなら問題ない。不思議と動けるし、
「喰えば治る」
「!」
グレゲリが、これみよがしに“足”に歯を立てると少年剣士のゲジ眉がピクリと反応した。
それは“嫌悪と怒り”か?
そうと気付いた彼は嘲りの表情をつくる。
「おかしなガキだ。人斬りには馴れてるくせに、こういうので――」
もう一度肉にかじりついてみせ、
「笑えるくらいにおたつく」
呆れた風に眉尻を下げてやれば、少年剣士は狙いどおりに反発する。
「それのどこが、おかしい――」
「おかしいとも。死肉を食べるのと、斬って命を奪うコト――どちらが“悪行”と言うつもりだ?」
「……」
「言っちまえば、武器を手にした時点で誰かを断じる資格なんてない。武器を手にすることは攻撃の意思表示。それは他人を傷つけようとする“悪行”――そうだ、オレもオマエもただの“悪”なんだよ」
そうグレゲリが指摘して揺さぶってやるのだが、
「ごたくはいいって――」
少年剣士は取り合いもせず、睨み返して。
「待ってるんだろ?」
「……」
「ごちゃごちゃしゃべってるのも、さらに力がつくのを待ってるからだろ――?」
「――」
グレゲリが目を細めたのは、その指摘が正しいから。
どうやら相手を舐めていたのはグレゲリの方であり、少年剣士の場数は思う以上に多く踏んでいるようだ。とはいえ。
「……気付いてるなら、話など聞かずに攻めるべきだったな。もう遅いが。肉は十分に採り込んだ。そろそろ来るぞ――あるいは今すぐにでも」
今度は時間稼ぎじゃないし、はったりでもない。
確かに腹の奥底にて言い表せぬ“兆し”をグレゲリは得る。
「――ほらな?」
ドクリ、と。
それはもう予兆ではなかった。
まるで別の心臓があるかのようにチカラの源泉が力強く拍動する。
その振動をグレゲリは感じとっていた――。
◇◇◇
一方、播磨の方では。
「おおう!!」
播磨が威勢良く飛び出したのは、相手の注意を引き付け、風吾にかかる数を減らすのが狙い。
だから思惑どおりに兵士風の目が、自身のそれと合わされたところで眼力を強め、釘付けにして。
「――」
「――」
わずかな睨み合いの刻で互いの間合いぎりぎりにまで詰め寄せ、一瞬、足を止める。
「――!」
ここで思わず兵が反応した時点で勝負は決した。
反応した直後のわずかな硬直に、播磨が『沈身』によって瞬時に間合いを潰し――
「きぃえええええあ!!」
裂帛の気合いと共に兵を袈裟に――首筋から心臓へかけて斬り裂いた。
ささいな抗いも許さず、
ただ一太刀で。
いともあっさり斬られたと見えたのには、理由がある。斬りつけるその一瞬、兵の身が硬直して大きな隙をみせたから。
そう、播磨の鬼気こもる剣気に当てられて。
播磨の『烈剣』――。
それは鹿島新当流においては修得必須の剣。
技と体を練るだけでなく剣に気を乗せるのは、誰もが認める実戦剣術ならではの理合いによるもの。
すなわち――相手に意志あるのなら、それもまた攻めるべき要所である、と。
ゆえに新当流の練者は正しき呼吸による実戦さながらの組太刀を行い、心をも養って、氣を感知するまでに磨き、なお練り上げ――やがて実を伴う殺気や覇気にて相手を制するほどの剣を熟む。
とはいえ、皆伝者であっても実を伴う剣に至るは至難、それがために多くの門人の間で、あくまで心法のひとつに留められてきた。
しかしその解釈こそが道半ばの証。
『剣聖』とまで謳われた創始者卜伝が至った境地はその先にある。
そう、播磨もまた。
多くの門人が踏み止まった凡庸の域を越え、実を伴うばかりか『想練』の積み上げによって強度に練られた『烈気』を熟み、当人さえそうと気付かず、転化者に効かせるほどの剣気へと至っていた。そうして今――
想像を超える手応えに内心驚きながらも、だからと彼は驕ることもせず。
「――それで。次はおぬしか?」
かるく血振りをして、播磨が目を向けるのは山骸の向こうに佇む黒い影。
先ほどと異なり彼に自重をうながすのは、“新当流の教え”ばかりではない。
ヤツは他の連中とちがうのだ。
ここから見てもわかる。
(あの“白いヤツ”より、よほど……)
強いと。
強者の気配なら、風吾の相手の方がよほど強く感じられるが、怖いのはこちらだ。こうして見ても“隙”がないのだ。
背筋の伸びと腰の立ち。
そこから生まれる重心の置き。
ケモノの皮をなめしたような軽鎧を着込んでいても播磨には掴み取れる。
相手が何らかの“術”を嗜んでおり、その熟度も申し分ないことが。
(初めて会うたな。こちらの剣士に――)
これまで相対した敵の“強さ”は“場馴れ”にあった。だから実戦で磨き抜いた“技”を使う播磨の敵には成り得ない。
斬る、避けるの動きに離世の差があるためだ。
しかしこの敵は、あきらかにこちら側。それもおそらく確かな技を身に付けているはず。
(しかも後ろ手か……)
手にした剣をさりげなく背後へ隠している手管に場馴れ感がある。
先ほどまではそうじゃなかった。目先だけでなく場の全体を捉える剣術家だからこそ気付く。
ますます侮れぬ相手と知り――――昂揚もする。
そんな自身に、
(抑えろ。“熱”はいらぬ――)
播磨が意識を向けていたところで。
「……“どうしても”というのなら」
「――?!」
ハッとする播磨。
“次は?”の問いに相手が応えたのだと気づき、
すぐに「どうしても」とのやる気を感じさせない返事に思わず聞き返す。
「……なんだと?」
「なんだもなにも」
あくまで相手は淡々と、
「これはオレも望んだものじゃない。グレゲリだってそうだ」
風吾とやりあっている兵をアゴで差して。
「だが、こうなった。最後まで戦い抜いたがチカラ及ばず……。もうここには守るべき者もいない。なら、戦う理由があるか?」
その言葉には哀しみも怒りも、そして諦めも感じられない。すべてが終わった者のそれが本音なのだろう。
しかし播磨にとってそうではない。
だから声を大にして応じる。
「ある」
「……どこに?」
声を荒げはしないが疑心たっぷりな剣士に、播磨は笑止千万と返す。
「相棒がうぬらを“敵”とした――」
しっかと相手を見据えて歩を進め。
「――それに尽きる」
刀を顔のそば――右八相に構え剣士と対峙する。
躊躇などない。
風吾は“敵”を誤らず、事実、剣士の口元に生々しい黒い液がこびりついているのだから。
●注釈
念のため注釈記載します。
作中『鹿島新当流』を出させていただいてますが、当然ながら、こちらはあくまでフィクションです。ネットで収集した情報にアレンジを加えたりしてる感じで、参考にした文献ないため、このような注釈記載となってます。今後、情報を活かした戦い方を描写するかもしれませんが、本物とは別であるとご承知ください。
最後に、古流武術を絶やさず継承されてる皆様に敬意と感謝を。あくまでファンレベルですが、自分なりに学びを得、楽しまさせていただいてます。ありがとうございます。
まずはきっかけとして、伝統武術の存在が少しでも誰かに伝わることを願って。




